『春と私の小さな宇宙』 その68
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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11
数日が経ち、伊藤を殺した犯人が見つかった。犯人は伊藤と同じ生物学部で助教授をしている宮野だと判明した。
調査が進み、宮野は見つかった。しかし、警察が発見したのは、とある神社の裏参道で絶命していた宮野だった。
遺体のそばに注射器が落ちていた。伊藤が刺された注射器と同一のものだった。首に注射した痕があり、苦しんだのか喉を掴み、口を大きく開けていた。
警察は自殺だと断定した。
動機は教授の伊藤が宮野の妻、ミチコと浮気していたからである。それがきっかけで宮野は伊藤を殺害した。
殺害後、急いで現場を離れるため、非常階段を使ったが雪で滑り、負傷した。力を振り絞って神社に行き、夜を明かした。
神社に詳しい宮野は神社で身を隠す可能性が高かった。病院に行けないため、神社の中にあった包帯を巻いて応急処置をした。実際、使いかけの包帯が神社内で発見された。
浮気相手の伊藤に殺意を覚え、殺したものの罪悪感に勝てず、自殺した。警察はそう発表した。
その事件の裏にいるハルとミハエルについては全く言明されなかった。彼女らが事件の糸を引いていたとは思ってもみないだろう。
ただ一人の、哀れな男が引き起こした出来事として、世間に報道された。
事件が収束し、ハルは教授室で警察官から荷物を受け取った。事件の夜、置いたままになったバッグである。犯人が見つかり事件と関係ないと判断され、ようやく返してもらえたのだ。
バッグを覗き込む。カゴの中にいるモルモットはぐったりして元気がなかった。数日間、餌を貰えていないのが原因だと推測される。
目的の物を手に入れたハルは宮野の家に向かった。アキと一緒に向かう。家の前ではミチコとユウスケの姿があった。喪服を身に包み、親戚らしき人々とあいさつをしていた。
「あら、ハルちゃんとアキちゃんも来てくれたの?」
ミチコがハルたちを認め、話しかけた。
「ご愁傷様です」
ハルは事務的に答える。
「大丈夫ですか? メガ・・・ご主人が亡くなって大変じゃないですか? こんなことになるなんて、ユウスケ君が可哀そうです」
アキが曇った顔でミチコたちの様子を聞いた。
「そうなの・・・。主人はとてもいい人なのに、何であんなこと・・・」
ミチコは泣き出してしまった。言葉を発しているとき、耳に手を触っていたことから、ハルはそれが嘘泣きだと看破した。ミチコはウソをつくとき、耳を触る癖があるのだ。
本当に夫婦そろってわかりやすい。
「伊藤教授まで亡くなったのは残念ですね」
核心をつくようにハルは聞いた。茶番に付き合う気はなかった。
「本当にそうよ。殺されないといけない理由がわからない・・・」
今度は耳を触っていなかった。これは本心のようだった。誰も本人の前では言わなかったが、その理由は浮気をしたミチコ自身だと言いたそうにしていた。
「おねえちゃんたち、なかにはいっていいよ」
ユウスケが家に入るよう勧める。その表情は暗く沈んでいた。
幾度となく上がった玄関に入る。廊下には拝みに来た人が何人か歩いていた。リビング入ると仏壇があり、ハルとアキは手を合わせて拝んだ。神社の時と同じく目を瞑る。
もう安らかに眠れ、とハルは念じた。
五秒ほど閉じていた目を開ける。アキを見るとまだ目を瞑ったまま拝んでいた。
「なむあみだぶつ、なむみょうほうれんげきょう、アーメン・・・」
アキは念仏を唱え、手のひらをすり合わせて何度も頭を下げていた。この場合は正解だった。ただし、唱えている念仏を除いて。めちゃくちゃに宗派が入り混じっていたが、ハルは放っておくことにした。
礼拝が終わり、玄関に向かった。廊下の壁に飾られたプラナリアの絵が床に反射し、分裂している。ハルはプラナリアの絵画とユウスケの姿を重ねた。
ユウスケは宮野のクローン。
親元の宮野が死んでもコピーされた存在は死んでいない。厳密にいえば宮野ノブユキは生きているのだ。分裂したプラナリアのように。
彼の遺伝子はこの世にそのままの情報を宿して、今日も成長を続けている。
ふと思い立ち、ハルは宮野の部屋に向かった。扉には鍵がかかっており、開かない。扉の下を確認する。そこには生前の宮野ノブユキが外出前に仕掛けたであろう、彼の髪の毛が挟まれていた。
もう戻らない主人の帰りを待ちわびているように見えた。
続く…
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