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『春と私の小さな宇宙』 その5

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルの通うT大はA棟からE棟まであり、A棟は講義を、それ以外の棟は様々な学科が研究に使っている。

校門から正面に見える建物がA棟である。その後ろからアルファベッ ト順に棟が建っている。A棟は南側を向いており、各棟の東側には非常階段と自転車置き場が設置されている。

構内は広く、校門から校舎までの道はコンクリ―トで舗装され、A棟前の広場には巨大 な噴水が設置されている。道の左右には桜の木が植えられており、春には鮮やかな花を咲かせる。その下に休憩用のベンチが設置され、各々が食事や雑談、昼寝など好きに利用できるスペースとなっている。

しかし、この冬の時期に座ろうとする者はいない。ガランとしていて貸し切り状態になっていた。 ハルとアキは購買近くの休憩所内で昼食を取った。講義を終えた学生たちが賑わっている。

絶対音感を持つハルには、人や物から発生する雑音が耳障りで仕方ない。ハルはアキ に外の休憩スペースで食事するように提案したが、却下されてしまった。

理由は単純。寒いから。 ハルなら寒さよりも断然、静かさをとる。加えて、外の休憩所を希望したのにはもう一 つ明確な理由があった。

潔癖症でもあるハルは人の多い場所を嫌う。空気の汚れが目に見えるかのように、敏感に感じ取ってしまうからだ。 特に意味もなく二酸化炭素を吐き出し、汚い唾を飛び散らす者が大勢いるこの空間に一秒たりとも居たくないのが本心で、どうすればアキを説得してここから脱出できるか、全神経がその解決策だけを模索していた。

アキを見る。アイスクリームを食べた後にも関わらず、アンパンとメロンパンを買ってきていた。しかも、デザートを買うか買わないかで検討している始末だった。

先日、ダイエットを開始したと宣言したばかりである。失敗するのは火を見るより明らかだった。

「・・・それでね、あの男、何て言ったと思う? お前みたいな目聡い女は嫌いだから別れるっていったのよ! ひどくない?」

アキの話しはヒートアップしていた。彼女の口はしゃべるにも食べるにもよく動いていた。

「ん? そのバッグの中、何が入ってるの?」

不意にアキは話が変えた。アンパンの粒が口にくっついていて汚い。

アキが興味を示したのは、ハルの横に置いてあったバッグだった。大きめの手さげバッグが大きく膨らんでいる。そのなかには、つい先日、携帯し始めたばかりの重要品が入っていた。

まずい。

これは、ばれてはいけない。ハルの警戒心が跳ね上がった。退席方法ばかりに脳を使っていたため、一瞬、思考が停止する。

―――が、ハルの優秀な頭脳はすぐに事態の収束に向かって働いた。

「これのこと? たいしたものではないわ」

バッグから取り出したのは透明な球体だった。直径二十五センチはあり、その中で何かが動いている。

「うわ、可愛い~。えっと、ハムスター?」

「モルモットよ。最近、飼っているの」

ハルが導き出した答えは真実を隠しつつ、事実のみで誤魔化すことであった。 経験上、彼女にはあまりウソをついてはいけないと知っていた。

「意外だな~。ハルがペットを飼うなんて」

「どんな行動を取るか観察しているの」

厳密にはペットではないが、勝手に勘違いしているなら都合が良かった。

「これはカゴ、なの? ゴムボールにしか見えないけど」

カゴは透明なゴムで出来ており、完全な球体をしている。下部には安定して置けるための小さな突起物が三つ、飛び出ていた。上部に動物を入れるためのチャックがついている。

「これは私が設計した特別製のカゴよ。内部に特殊な液体を二分の一程入れて、その上に別の液体を少量だけ加える。すると、液面だけが固まって丈夫な板になるの。動物が乗れるぐらいにね」

「へえ~、面白い! でもなんでそんな面倒なことしたの? 普通のカゴにすればいいじ ゃん」

「それだと持ち運ぶ時、大変でしょ。少し傾けたら、餌が溢れかえるわ。このカゴを回してご覧なさい」

ハルの言う通り、アキは球状のカゴをぐるぐる回す。板の上にいるモルモットは平然と していた。

「すっごーい。こんなに回しても中身が傾かない!」 「下部は液体で液面が板だから常に水平になるの。それと、呼吸が出来るようにゴムの表 面にはマイクロレベルの小さな穴が開いてあるわ」

興味深そうにアキはカゴの底を覗き見る。透明なカゴに蛍光灯の光が注ぎ込まれ、液体の影が床にゆらゆらと投影される。

「表面張力ってやつね。めっちゃ小さい穴なら体積が無い気体は通れるけど、分子が結ばれた液体は通せん坊ってことかぁ。でも、どうやって作ったの? ハルは生物学部でしょ?」

「技術工学部に頼んだの。カゴの設計図を見せたら二つ返事で製作してくれたわ。液体は研究の過程で偶然できたから利用した」

「さすがハル。これは特許が取れる・・・ってなんで、そこまでしてモルモットと一緒に居たいの?」

急にアキは話題を変え、話の本質を突いた。 ハルがさっきから誤魔化していたことである。

やはり、手強い。
ハルは内心、彼女に懸念を覚えていた。 昔から表情がコロコロ変わるせいなのか、態度や話題もよく変わる。さすがのハルでも 相手にするのは骨が折れていた。

おまけに彼女は、勘がいい。知られたくない事を的確に見抜いてしまうのだ。 これ以上ここにいるのは危険だと、ハルの脳が警鐘を鳴らしていた。

仕方ない。無理やり席を外そう。早々に焼きそばパンを胃に収めたハルは、席を立ち上がる。

「悪いけど、そろそろ行くわ。時間がないの」

一緒に昼食を摂るという約束は十分に果たしている。

「え、もう? まだ、メロンパン食べてないのにー」

突然の親友の離脱にタピオカミルクティーを飲んでいたアキが目を丸くする。

「・・・そのメロンパン、捨てるか誰かにあげた方が良いわよ」


続く…


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