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『春と私の小さな宇宙』 その6

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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二十分ほど遅れてハルは研究所に到着した。入ると既に一人、先客がいた。

ひょろ長い 体型が目立つ男だった。ありふれた顔立ちをしており、かけている黒縁眼鏡が印象的である。腰にはなぜか鳥居のキーホルダーをぶら下げている。

ハルが所属する生物学部の助教授、宮野だった。 あまりにも黒縁眼鏡の存在感が平凡な顔に勝っているため、生徒たちからは存在がメガネとだと囁かれている。

「やあ、ハルくん、今日は遅いね。いつもは真っ先にここに来るのに」

気迫が無く、おっとりとした口調でハルに話しかけてきた。ハルと同じく、真っ白な白衣を着ている。

「ええ、少し用がありまして・・・。パソコンを使用してもよろしいですか?」

「勿論だよ。存分に使いたまえ」

「ありがとうございます・・・」

席に着こうと椅子を下げる。電源が点いておらず、画面は真っ暗だった。 背後に宮野の視線を感じた。邪魔だ。一刻も早く実験データを入力したいのに。ハルは苛立ちを覚えながらにも、冷静に対処法を考えることに努めた。

「今日はどうかされたのですか? この時間はいつも、講義の準備で教授室に戻っておられますよね?」

椅子に腰かける直前に――さも、思い出したかのように――ハルは宮野に話し掛けた。 いきなり話し掛け、相手の本心を探る狙いである。

先ほど、アキが無意識にやっていた戦法だ。 目論見通り、彼のとった行動に策略の成功を見る。 宮野の表情が一瞬、固まったのをハルは見逃さなかった。 何か、隠している?

「あ、いや、講義に使う資料を探していてね。少し手間取って・・・そうか、もうそんな時間か。僕としたことがうっかりしていたよ」

宮野は落ち着きなく頭をボリボリ掻いて答えた。 明らかなウソだった。彼は時間にうるさいことで有名だ。五分おきに腕時計を確認し、 正確に行動している。その彼が時間確認を怠るわけがない。さらにもう一つ、ウソをついている明確な根拠があった。

「そ、そういえば、体調の方はどうかな? 無理は禁物だよ」

「・・・はい、重々承知しています。今のところ問題はありませんので、今日も訪問させていただきます」

「そうですか? 本当に気をつけなさい。もし、辛いようならユウスケに言っておきますから」

「・・・お気遣いありがとうございます」

宮野は再び頭を掻く。寝起きのように髪がボサボサだ。

「あ、ああ~、こんなところに資料があった。そろそろ講義が始まってしまう。それでは 失礼するよ」

今日もよろしく。そう言って宮野は研究所から出て行った。 資料はウソだな。ハルは確信した。彼はウソの発言をする時、必ず頭を掻く。 証拠に彼が持って行ったのは講義とは全く関係のない資料だった。

適当に近くの資料を手に取ったのだろう。わかりやすい人間だから把握しやすかった。 さすがに、ウソをついた理由まではわからないが。

ハル、一人だけになった。パソコンの前に座る。マウスが前回、使用した時より三ミリずれていたのが気になった。電源を点け、パスワードを入力し、画面を開く。青い画面に幾つものファイルが映し出される。

迷わず「研究報告書」と書かれたファイルをクリックす る。すると、膨大な量のファイルが縦一列に並んで表示された。 耳を澄ませて人の気配がないことを確認する。部屋の外からは風の吹く音だけがかすか に聞こえた。

近くに人は存在しない。 確認を終えると、無数のファイルに目もくれず、下へスクロールする。最下層までたどり着くと、一番下から三番目のファイルにカーソルを合わせる。

「第三世代」と書かれたファイルである。開くとこれまでの実験データが大量に記録されていた。これは論文で発表するものとは別に研究している実験記録である。

持ってきたバッグを見つめる。球体のカゴでモルモットが元気に動きまわっていた。カゴを持ち上げ、机の上に置いた。

実験体を確認する。特に異常はなく、通常の個体と変わりはないように思えた。 実験体は動き疲れたのか横になって眠り始めた。実験開始時よりやや腹部が出てきてい る。

「餌をやりすぎたかしら。少しだけ減らした方が良いわね」

実験データに餌の調整について入力する。その他に健康面、生理行動などの様子をまとめる。 これ以上は失敗できない。ハルは慎重に実験体を取り扱った。

当初、二匹飼育していたのだが、実験後、その内の一匹がたったの三日で死んでしまった。拒否反応を起こしたらしかった。

もう一匹はそれから二週間経っているが、活力にあふれていた。好奇心旺盛で、板の下が液体のためかトランポリンのように跳ね回っている。順調に適合できているようだった。

この実験体は前から研究室で飼育・観察していた。ただ、前代未聞の実験のため、いつでも観察できるように持ち運び可能なカゴが必要だった。

先日、技術工学科に依頼してい たカゴが完成し、ようやく持ち歩けるようになったのだ。

観察経過を書き終えたハルはすぐにファイルを閉じる。

見られてはいけない。

この「第三世代」のファイルは極秘である。ハルは細心の注意を払っていた。

この世界は多数派の意見が優遇される。自分のような少数派は疎まれ、はじかれる。差別が氾濫した世界で彼らに馴染まなければ。いかに優秀であっても偏見の対象になるだけなのだ。この生物実験は新たな進化を成し遂げた者のために必須なのだ。

この世界のどこかにいる「第三世代」たちが生きていくために・・・。


続く…


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