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『春と私の小さな宇宙』 その39

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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支度を済ませ、ハルとアキは宮野家に向かった。バスに乗り、目的地に一番近い、T大 のバス停で降りる。

辺りは刻々と暗くなり、太陽の残光がわずかに闇へ溶け込んでいる。 うっすらと藍色に染まった空が、オレンジの外灯に照らされ、むらさきの夜をつくり出す。 薄く見える星明りや月明かりが今か今かと出番を待ち望んでいた。

「ん~、夜の道を歩くのも悪くないわ~」

アキは両手をめいっぱい広げ、冷たい夜風を満喫していた。そのとなりを歩いていたハ ルは次の展開を推測していた。 

恐らく、アキはユウスケの部屋に入るだろう。そうなれば計画の遂行は困難を極める。 何とか彼女から離脱する必要がある。

しかし、あの条件付けのせいでほとんどの行動は監視、制限されている。お手上げ状態だった。

「ハル、いい? あたしたちは親友なんだから、悩みとか苦しいことがあったら、はんぶんこするの。その分、楽しいことは倍にすればいいんだからね!」

アキは言い聞かせるようにハルに言った。

ハルはその意味が理解できないでいた。人は一人。一人の不幸や幸福は一人分に決まっている。わざわざ他人と共有する必要は無い。

「そうね、よろしくお願いするわ、アキ」

ただ、否定できなかったのは、ハルにとってアキの存在が大きなものになっていたからだった。

ハルは未だ気付いていない。

その精神を揺さぶる何かを。

アキが明るい笑顔を向ける。まぶしく輝く彼女をハルは直視できないでいた。ボロボロだった自分を助けた彼女が最初に見せてくれた笑顔は、何一つ色褪せていなかった。

ハルはそれがなぜか少しだけうらやましく思った。 たとえ平凡でも、優秀でなくとも、ハルにも劣らない何かをアキも持っていることに違いないのだから。

ついと昔の出来事がハルの頭に再生された。


アキが泣いていた。 いつも元気で天真爛漫な彼女が唯一、影に落ちたのは高校に入って間もなくの頃だった。

アキの祖父母が交通事故で亡くなった。アキが自分たちに気にせず、ゆっくり楽しんでほしいと祖父母に温泉券をプレゼントしたのだ。近場の温泉宿泊券だ。二人は遠慮しながらも大事そうに券を握り絞めていた。

これが不幸の始まりだった。彼らが車で出掛けて行ったその日の翌日、電話がかかってきた。

警察からだった。受話器を手に取っていたアキは固まったまま泣いていた。声はなく、ただ静かに塩分を含んだ液体を流していた。目の焦点があっておらず、それは眼球をくり抜かれた人形のように真っ黒だった。

後から聞いた話では、彼らが信号で止まっている最中、信号無視で走ってきた車が正面にぶつかってきたらしい。二人は即死だった。かなりの速度だったようで、現場の写真を見せてもらうと二つの車は一つのオブジェと化していた。

安置所に行った。祖父母の遺体は原型をとどめておらず、その肉の塊を見たハルは別の生き物の死骸に思えた。その横でアキが泣き崩れていた。

隣の部屋に事故を起こした運転手の遺体があるらしいが、アキはどうでもいいようだった。

祖父と祖母もアキと同じく、いつも笑顔を絶やさない人たちだった。 ハルが小学二年生の時、学校のペースについていけず、暇を持て余していた時だった。

それを見かねた祖父はどこからともなく、アインシュタインの相対性理論が書かれた学問書を手渡してくれた。

以前から漠然に感じていた時間という概念が詳細に言葉として書かれていた。この世の事象が意味を持って動きだし、身近にある水や風が流れる様を描いたかのような理論は、実に美しかった。

その学問書を夢中になって読んでいるハルを見て、幸せそうにしわを刻ましていた彼の姿が、ハルの視界の端に記憶として残っていた。

祖母はアキとケンカしたとき、いつも寄り添ってくれた。

「アキは本気でハルちゃんを嫌いになったわけじゃないのよ」

彼女は優しく声を掛けて、ケンカ中のアキとの橋渡しをしてくれた。仲直りすると目を細めて微笑んでいた。

二人ともハルとアキの頬を撫でて、笑顔を向けていた……。

彼らの死はアキにとって重大な出来事のようだった。彼女の両親も交通事故で亡くなっ ているのが、さらに大きく影響を与えているのだろう。過去のトラウマが蘇ったに違いな かった。

アキは行動力があり、コミュニケーション能力が高い人間だった。頭脳明晰、才色兼備のハルと常に行動していたため、ハルアキコンビと呼ばれ、学校では人気者だった。

しかし、事故の後は誰とも話さなくなった。クラスの活気は無くなり、皆は太陽を失ったよう に表情が沈んでいた。 周りの存在や自分自身を見失っているらしかった。

そんなアキを見て、人間はここまで変わるのかとハルは思った。それを興味深いと考えるのと同時に、なぜか胸が痛かった。


続く…


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