『春と私の小さな宇宙』 その42
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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3
宮野ノブユキが帰宅していると、我が家の方角が何やら騒がしかった。
自宅からT大までの道のりはそう遠くないため、彼は自転車で通勤している。真っ暗な闇に赤い光りが発光していた。
自宅から光っているように見えた。近づくにつれ、それが 救急車のランプだと知った。家族の身に何かあったのだろうか。彼は漕ぐ足を速めた。
自宅から運ばれていたのはアキだった。少し離れたところでハルが見守っている。
なぜ、彼女が自宅に?
何があった?
宮野はハルにこうなるまでの経緯を聞いた。ハルの話だと、妊娠した身体では危険だと、アキがくっついてきたらしい。
途中でハルがトイレに行くとき、アキも付き添った。階段を下りる最中にハルは足を踏み外し、それをかばった拍子に転落したようだ。
そのおかげか、幸いハルはけがを負っていなかった。宮野は安堵した。ハルは選ばれた人間だ。こんなことで死なれては困る。この時ばかりはおせっかいな彼女に感謝した。
玄関の中で、妻のミチコと息子のユウスケが外の様子を窺っていた。不安そうな顔をしている。だが、ミチコは迷惑そうにもしていた。自宅で面倒事が起きたからだろう。ユウスケはすでに泣いていた。
宮野の姿を確認したミチコは、耳を触り、そそくさと奥に引っ込んだ。それにユウスケが続く。
ミチコは何かを隠している。彼は察知した。彼女が耳を触る時はウソや隠し事をしている時だからだ。心当たりはある。最近、やけに化粧をしているのだ。恐らく不倫でもしているのだろう。
だが、宮野は正直、どうでもよかった。彼女はユウスケを産ませるための器にすぎない。これ以上、ともに暮らす意味はないのだ。さっさと、離婚したかった。
「ハルさん、ユウスケの教育は順調かな? そろそろ受験日が近いけど」
彼は息子の近況を、ハルに尋ねた。不謹慎だとは思っていない。ハルという人間は、至って合理的な考えに特化した人間だ。アキとはあくまで友人としての表面上の関わりだろう。本心は何とも思っていないはずだ。
「問題ありません。彼の知能は合格ラインまで、すでに達しています」
ハルは迅速に答えた。ロボットを連想させる正確な返答だった。ただ、気のせいかも知れなかったが、彼女がわずかに顔を曇らせたようにも見えた。
ユウスケが自ら進んで勉強をしている。その話を聞き、宮野は信じられなかった。産後から観察していたが、まわりの子供と変わらない平凡な個体だった。どうやってあれをそこまでさせたのか、彼は不思議で仕方なかった。
自分は優秀だ。だからこそ、自分の遺伝子を持った人間が欲しかった。その子供は自身と同じく優秀に決まっている。そう信じて疑わなかった。 それが誤算だった……。
二年前、どうしてもユウスケを優秀にしたいと焦った宮野は、ユウスケを私立の小学校 に入学させようとした。しかし、息子は自由奔放で勉強が苦手だった。
わがままで親の言うことを聞かず、駄々をこねるばかりだった。 宮野は出来の悪い子供を嫌う傾向にあった。ユウスケの行動に心底、失望した。売れる ならどこかに売り飛ばしたかった。
だが、このご時世で売るわけにも捨てるわけにもいかない。助教授の立場もある。ミチコも教育をあきらめていた。ユウスケは完全に宮野家の目の上のたんこぶだった。
彼はこの事態に切羽詰まっていた。このままではレベルの高い小学校に入らせるのは困難だ。自身の子が一般の学校など有り得ない。ここで落ちたら自分の顔に泥がかかるばかりか、失敗作の完成が決定的になってしまう。
学習させるよう、何とかしなければならな い。 そんな折、我がT大にとんでもない生徒が入学してきたと話題になった。
その生徒は難関であるこのT大を首席で合格し、その美貌は他を容易に魅了させてしまう、まさに絵に描いたような、完璧な女性だった。
それに加えて彼女はIQ二〇〇の頭脳を持ち、完全体感記憶能力なる固有の才能を持っていた。一度見たり感じたりしたことは絶対に忘れないのだそうだ。
これだ!
彼は歓喜に満ち溢れた。これこそ自身の求めていた子供の将来像そのものだった。
続く…
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