『春と私の小さな宇宙』 その23
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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3
○ 小さな宇宙
調査を開始して二ヶ月の月日が過ぎた。
漆黒の世界から抜け出すために様々な情報を知った。
外の様子、ニンゲンの存在、世界 のルール、そして、言葉……。
それらは私にとって未知で壮大なものだった。知らなけれ ば想像にすら浮かばなかっただろう。その中でも私の価値観をひっくり返すほどの情報があった。
それはこの世界から脱出できるくらいの重大な情報だった。
ハルが妊娠していた。妊娠とは生物が自分の子孫をその身に宿すことで、動物ではメス、 ニンゲンでは女に起こる現象だ。
母親は、自分の身体の中で子供をつくるらしい。そして、子供が大きくなると体外に出して育てる。
光の無い世界、柔らかい壁、ずっと聞こえるハルの声、ニンゲンの体内、子供をつくり出す、この情報を得た私はある仮説を導き出した。
私はハルの子供なのでは?
とんでもない妄想だった。でも、可能性はゼロじゃない。ハルの声はつねに聞こえるし、 すぐ近くにいることは明らかだ。
アキの声もよく聞こえるけど、彼女が妊娠しているという情報は得ていない。
もし、万が一、私がハルの子供だったなら……。
考えるだけで胸が躍り狂ってしまう。 なぜか顔の口角が吊り上ってしまう。 私がハルの血を引いている。ハルの遺伝子を受け継いでいる。
なんて素晴らしいのだろう。なんて幸福なのだろう。 それに私が妊娠中の子供なら、時が経てば外に出られるかもしれない。
この一人きりで暗くて狭い世界から明るくて広い外の世界を見られる。
大きく波打った鼓動を鎮めるのに苦労した。
もうすぐハルに会える。言葉を交えて話せる。名前をつけてくれる。ずっと抱えていた夢がかなう。 再び胸が激しく高鳴った。
その時、私はあることに気がついた。
ハルはニンゲンだ。ニンゲンの子供はニンゲンだ。 すると、私はハルの子供だから……。 以前、反芻して覚えた情報を掘り起こす。
ニンゲンとは人間。人間とは人。
私は人間だったのか! 私も人だった! なんてことだ! 私は人間をどこか、自分とは違う生物だと思っていた。私もその「ニンゲン」だったのだ。
そうならハルと対等に接してもらえる。敬語を使わなくてもいいかもしれない。ハルの子供だから嫌われたりしない。
人間は自分の子供に名前をつける風習がある、きっと特別で意味のこもった名前を考えてくれるにちがいない。
想像が膨らみ、温くて不思議な何かが、私の精神や身体全体を満している。 得も言えぬ心地だった。
それは、突然の出来事だった。いつも通り、外の音へ聞き耳を立てていると見たこともない映像が突如、脳内に映った。
円形の物体だった。色がついている。私は黒以外の色を初めて見た。私の顔についている二つの目は、暗闇がすべてのこの世界では意味を成さない。
それなのに見えた。
私に色の概念が生まれた瞬間だった。 あとでわかったことだが、あの映像で見えた色は白色と茶色らしい。
「皿」と呼ばれる白い円形の容器に半分ずつ白と茶の物体が乗っている。 「カレー」といわれる食べ物らしい。それを「スプーン」ですくって食べるのだそうだ。 私も食べてみたいと思った。
外の映像はそれから度々見えるようになった。頭の中に直接、様々な景色や人間が映し出される。
よく映像に登場するのはアキだった。茶色の肌をしていて短い髪をよく揺らしている。 映像に声や音をなかったが、外から聞こえる音と見えたものの動きが一致しているため、 今、そこで起こっている映像なのだとわかった。
だからあの下品な声を出す女性がアキだとすぐに認識できた。 残念ながらハルの姿は映らなかった。声は確かに聞こえる。静かで美しい声だ。
イトウ やミヤノやユウスケは見えるのに。ハルだけが見えなかった。
ハルの軌跡を探っていると、あることに気がついた。映像の視点は固定されておらず、 常に動いている。
つまり、これはだれかが見ている映像なのだ。 それがだれか、おおよその見当はついていた。
これは今、ハルが見ている景色なのだ。そう考えると、ハルだけ登場しない理由が説明できる。
自分で自分を見られないからだ。 理屈は分からないが、ハルの目に映った事柄は私の脳内に送られてくるようだった。
いつ見られるかわからない。だけど、私はその瞬間をつねに待ち望んでいた。見逃すわけにはいかない。それだけハルの映像は私にとって刺激的だった。
途切れ途切れの景色が黒で染まった世界を変えてくれた。いたる所から聞こえてくる音 の源をはっきりと伝えてくれる。
いままで聞いたイメージでしかなかった物体や文字が形あるものとして正解を教えてくれる。色彩を纏って動き出す世界にもう漆黒なんて存在しなか った。
私はおなかにくっついている管をそっと撫でた。
私は現在、ハルの体内にいる。この管はハルとつながっているわけだ。きっとこれはハルの情報を送ってくれるコードにちがいない。
あの映像は私がハルの子供だという証なのだ。ハルからのプレゼントなのだ。
もっと知りたい。ハルの見たもの、聞いたもの、感じていること全部、知りたい。 外に出た時、もっとあなたを感じたい。
顔を見つめて、手に触れて、声を聴いて、同じものを食べて、一緒に感覚を共有したい。
待っててね、ハル。
もう少しだから。
ハルも早く私に会いたいよね。
だって、あなたは私の……。
続く…
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