『春と私の小さな宇宙』 その61
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルの足は止まった。
そこはあの時、熊に遭遇した場所だった。ミハエルと再開した場所。落としかけた命を救ってくれた……。
ハルの首筋に痛みが走った。何かが身体を走り抜ける。視界が傾く。腹部をかばい、横向きに倒れた。
ジジジジ。
奇妙な音がする。宮野の手にはスタンガンが握られていた。伊藤と潰し合わせるために渡しておいたものだった。
「ハル、君は両親がいないんだってね~。僕が養子にもらってあげよう。君は僕の子供になるんだぁ」
冗談ではない。こんな男の子供などまっぴらごめんだ。ハルの嫌悪感は頂点に達していた。ハルは右ポケットに入っているものを握りしめる。
「ユウスケは失敗作だった。だから君に教育させれば少しはましになると思っていたが、もうどうでもいい。君が僕の子供になればいいんだ!」
頭がいかれている。自分より優秀な人間を取り入れたところで、使いこなせるわけがないだろう。無能に持たせる人材は無い。
「これから一緒に実験しようね~。実験体になるって言ったよね?」
確かに言った。だが、それはあくまで伊藤を殺させる誘導にすぎないのだ。真に受ける方がどうかしている。ハルは近くの草むらに手を伸ばす。
「ほら、動かない」
宮野はハルの前にしゃがむ。それと同時にハルは首から強烈な痛みを感じた。宮野はハルの首筋にスタンガンを押し続けていた。スイッチを押したまま大量の電気が身体中に流れる。
宮野の顔は実験体を見つめる研究者そのものだった。痙攣した身体が激しく揺れ動
く。草むらにあったハルの左手の指先があるものが当たった。
「君をここに呼んだのは確かめるためなんだ。このR神社は『間引き神社』とも呼ばれていてね、丈夫な身体の妊婦を選別する場所なんだよ。ハルは二度もここに来られた。間違いなく選ばれた人間だ。そして、僕も君の選別に生き残った。これはもう運命なのだよ。さあ、一緒に暮らそう」
宮野はハルの頭を撫でる。
「あなたは馬鹿な、人間ね。私は、二人とも殺す予定だった。生きているのは、偶然でしかないわ。あなたは、今日、死ぬ」
「ああ、ハル。そんな事を言わないで。僕はハルが好きだ。君と僕は似ている。だか
らきっとハルは僕を好きになる」
「意味がわからない!」
「最初はわからないかもしれないけど、大丈夫、僕に従えば・・・」
「お前のような下等生物には従わない!」
ハルの放った言葉は宮野にとって、禁句だった。
「ウソだ。なんで・・・。ウソだ! 僕は下等生物じゃない! 僕は優秀だー!」
彼はある物を取り出した。それをハルの首に刺した。
「はは、君が悪いんだ。僕を馬鹿にするから・・・」
持っていたのは注射器だった。ハルの首から皮膚を突き抜け、冷たい液体が流れ込んでくる。
伊藤に渡した注射器だった。
宮野はあの夜、伊藤の注射器を拾っていたのだ。ハルはすぐに気付いたが、針はすでに体内へ刺さっていた。
「・・・あなたは、勘違いをしている。」
ハルは石畳につけた顔で宮野を見る。静かに目だけを動かす。
注射器の液体が無くなった。
「もうあきらめなさい。君は死ぬ。そう、決まっていたことだったんだ」
「・・・私は私の考えで動く。生きるのも死ぬのもね」
ハルは右ポケットに入っているものを彼の足首に突き出した。宮野は悲鳴を上げ、石畳の上に転がった。持っていたスタンガンを放り投げ、足を押さえて暴れた。
顔に巻いていた包帯が徐々にはだけていく。かけていたメガネは外れて宙へ飛ぶ。フレームと石畳が当たり、カランと硬質音が響く。相当顔面を強く打ちつけたのだろう。赤く腫れた顔が包帯の隙間から見える。
彼は自分に何が起きた理解できていないようだった。
ハルはゆっくり立ち上がる。それから悶える宮野に近づいた。右手にはさっきまで宮野が持っていたものが握られていた。スタンガンである。
「そういえば言ってなかったわね。私、スタンガンを二つ持っているの。あなたに渡したのは、そのうちの一つ」
R神社に行く前、ハルは自室の机に入れていた、予備のスタンガンを取り出した。それを白衣の右ポケットに入れておいたのだ。万が一に備えて。
「なん・・・で?」死んでいないんだ。宮野はそう言いようだった。
「あなた、知らないの? 私たち第三世代に電気や毒は効かないわ。それに、子供の時から散々浴びたり飲んだりしていたから、自身の致死量は把握済みよ」
ハルは淡々と説明する。
「その量の毒では私を殺せない」
説明を終えると、首に刺さっていた注射器を外す。ハルはスタンガンを捨て、先ほどの草むらに向かった。
続く…
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