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『春と私の小さな宇宙』 その30

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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「そうだね。君の考えは正しいと思うよ、でも、こうは考えられないかな。これはあくまでボクの仮説だけど、無を満たしているものが質量やエネルギーのない、全く別のものだったとしたら。説明ができると思うんだ」

「意味がわからない」

ハルは身体の奥底で、マグマのような何かが噴き出す感覚を感じた。

「例えば、この世界が、この宇宙が、誰かによる想像の産物だとしたら、その矛盾が解決するんだ。そうだな、ボクが君に何かを教えるとする。それを聞いた君の情報量は増える。 だけど、ボクの持っている情報や知識は減らない。無限に人へと分け与えることができる」

理解不能な推論をハルは静かに聞いた。冷えた表情とは裏腹に、ハルの精神は赤黒い焔で燃え上がっていた。

「パソコンのデータやファイルだって、際限なくコピーできる。その分、無限に容量が増える。この神社だって同じさ。日本の神は分霊っていう特殊な性質を持っているらしいね。 分社や家の神棚にも、その神霊をいくつでも宿らせられる。でも、本体である神霊の力は変わらない。何分割しても細胞分裂みたいに、ご利益と加護はそのままの力で平等に分け 与えられる」

「それが、宇宙と何の関係があるのよ?」

やはり話の本筋が見えない。ハルの苛立ちは最高潮に達した。

「いいかい? この宇宙を創造した者が実体のない、神のような思念体だったら。それはまさしく『無』だ。質量もエネルギーもない。その思念体が想像を膨らませれば世界はさらに広がる。『無』が無限に空想の物体をつくりだす」

「有り得ない。現に私たちには質量がある。物質として存在している」

「本当にそうかな? もし、実在してように思い込んでいるとしたら? 自分が錯覚して いないと言い切れるかい? 時間も空間も重力も今、感じている感覚も無意識にあると信じている。神がそういう設定にしているのかもしれない」

ハルは反論できなかった。確かに無意識の内に両親の名前が消去されていたことがあった。ミハエルの言い分に、どこか、納得してしまう自分がいた。

「神などいない!」

ようやく出せた言葉は、それだけだった。

「そうだね。でも、そのいない存在を人々は無から想像でつくり上げた。実在しないはずなのに神として祀られる。やはり、無から生まれたことになる」

ハルの叫びを受け流し、ミハエルは結論を出す。

「まとめると、神と呼ばれる質量を持たない思念体が、認知すらされない情報の塊のような『無』の存在が、無限に想像して無の空間を満たしたものが宇宙になった。ボクたちはその想像の一部だとは思わず、今日も生きている。よって、無が無限になる。だから、質量保存の法則も無視できる。面白い仮説だろ?」

「・・・興味ないわ。私はわけのわからない事象より、実用的で明確な事柄を解明したい。 そもそも、なぜ今、そんな関係のない話を持ち出すのかしら?」

「ん? 関係はあるよ。恐らく、君がこの先やろうとしていることにね」

「どういう意味?」

ハルの質問を無視し、ミハエルは話を続ける。

「想像が加速すればその宇宙は膨張し、やめれば安定する。もし、忘れ去られれば収縮していき、やがて消える。ボクたちはその程度の儚い存在なんだ」

ミハエルは諭すように、 ハルに語った。

「ボクらは神じゃない、ただの人間だ・・・」

「私はただの人間ではない! 特別で完璧な人間だ!」

ハルは声を荒げた。

「やっぱり、駄目か。君は意外に頑固だね。だけど、いずれわかる時が来るよ。最初は無知な子供でも、それ故に無限の可能性を秘めている。侮らない方がいい。特にそのおなかの子、とかね」

「・・・肝に銘じておくわ」

私はただ、自分と対等に話せる人間を増やしたいだけだ。

ハルは計画を止める気はなかった。それが不法な手段だったとしても……。

ハルの信念は固かった。


「ちょっと、ちょっと! なに勝手に話、盛り上がってるのよ! あたしも混ぜなさいよ!」

アキがしびれを切らしたのか話に割って入った。ロシア語で話しているため、完全に蚊帳の外であった。放って置かれたのがよほど不満なのか、目くじらを立てている。

「ハルったら全然、通訳してくれないじゃん! 自分だけイケメンと話すなんてずるい!」

「仕返しよ。今度は私があなたを置いて行ったの。話で、ね」

「うまい! ってそうじゃない! その、なんというかね、心遣い、というかご慈悲みたいなものは、なさらいのかなーって」

「無いわ。今日の食事代はあなたが出しなさい」

「うわーん。そんなー」

ハルの容赦ない意趣返しにアキはうなだれてしまう。

その二人の見ていたミハエルはハルに近づき、アキに聞かれないよう、日本語で耳元に囁いた。

「君の親友、アキちゃんだったね。大切にしなよ。ハルにとってかけがえのない存在になるから」

彼は最後にそう言ってその場を立ち去った。


裏参道はすでに薄暗い闇に包まれていた。 短い昼が終わりを告げ、冷たく長い夜が降りてくる。カラスの鳴き声が遠くまで響いていた。

ハルとミハエル。第三世代である二人の接触。 目撃したのはアキともう一人……。


続く…


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