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『春と私の小さな宇宙』 その14

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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次に数字を知った。これも言葉の一種のようだった。物を数えるための記号だと学んだ。

いままで私は数の概念が無かった。漠然に物を数える考え自体はあったが、表現できるとは知らなかった。

以前、私はニンゲンの数を一人、二人と数えていた。あれも数字だったのだ。 これはとても有益な情報だった。 数字を理解すれば、具体的なニンゲンの数や物の量も認識できる。ぜひ、覚えなくてはいけない。

聞く限りそう難しくはなさそうだった。同じ発音、筆音が聞こえる。数字は他の文字に比べて、書く量が少ないみたいだ。

簡単、簡単。 ニンゲンたちが使う言葉は多い。莫大な数の言葉が行き交っている。全て覚えるのは難しかった。中には数字とそれ以外の文字を組み合わせる言葉もあった。

それだけで発音が変わった。様々な言葉が入り交じることで無限に及ぶ数の言葉と読み方が生まれる。

とても難しいことばかりだけど、ハルと友達になるためにがんばった。つねに聞き耳を立てて言葉を拾った。意味もいろんな言葉を照らし合わせ、同じ言葉なのか確かめた。

形の無かった思考を言葉や文字にしようと頭が痛くなるまで思考した。 幸い、埋もれた記憶はすぐに取り出せたので学習しやすかった。

大好きなハルの声が聞こえた。壁に耳をくっつける。あの静かで心地いい音が壁越しでもすんなり伝ってくる。

鼓膜を震わせる音が頭の中で声に変わる。ハルがしゃべっている。 おそらく相手はユウスケだろう。 真っ暗なこの世界で唯一の幸福だった。

今回、ハルが教えていたのは『敬語』だった。 敬語は目上のニンゲンに使うものらしい。

過去に得た情報を脳内で照合する。目上は「自分より年齢が大きい者」だった。つまり、長く生きた者は偉く、それ以下の者は言葉に敬意を払わなければいけないようだ。

すると、思考の途中で疑問が生まれた。



私は?

私はどのくらい生きているのだろう?


数を覚えた。だから、年齢の概念も生まれた。生物が生きている年単位の数である。

かなり前にハルは「ハタチ」と言ってい た。当時の私は言葉を理解できなかったため、別の名前か何かだと思っていた。その記憶が消えずに残っていた。

今の私なら意味は分かる。「ハタチ」は「二十歳」。ハルの年齢だったのだ。数と言葉の 組み合わせで読み方が変わる。 つまり、ハルは二十年の間、生きているという意味だ。

ハルは二十歳。なら、私は何歳?

ハルより年上なのかな? それとも年下なのかな?

年下だったら敬語を使った方がいいのかな?

私は年齢のことで頭がいっぱいになった。 まだわからないけど、自分の歳が判明した時に年下だったら敬語を使わないといけない。

ちゃんと言えなかったらハルに嫌われる!

それだけは回避しなければならない。よく聞いて敬語を覚えよう。いつかハルの前でし ゃべれるように。

どうやら敬語は、三種類に分かれているようだった。 ソンケイゴ、ケンジョウゴ、テイネイゴ。

なるほど、なるほど、聞いたことがあるぞ。確か、ミヤノとイトウというニンゲンにハルが使っていた。

なら、この二人はハルより年上だろうか? ハルの説明によるとソンケイゴは相手を良く、ケンジョウゴは自分を控えめに、テイネイゴはそのまま丁寧に言う言葉らしい。

テイネイゴは楽勝だ。「です」、「ます」をつけるだけでいいのだ。それと目上のヒトには名前の後、「さん」をつけて呼ぶらしい。

だだ、ソンケイゴとケンジョウゴの違いがいまいちわからないなかった。 解説を注意深く聞く。 ハルの淡々とした口調が、疑問で熱くなった私の頭を冷ましてくれた。

どうやら目上の相手のことを言う時に使うのがソンケイゴ、自分のことを言う時に使うのはケンジョウゴなのだそうだ。

さすがハルだ! 説明がすんなり頭に入ってくる。無知な私にわかりやすく物事の本質 を伝えてくれる。おかげで言葉をたくさん覚えることが出来た。

こんなに頭が良くて物知りなら、ハルは年上にちがいない。 そう思った。絶対にそうだ。こんな無知な私がハルより年上なわけがない。

だったら、 「ハルさん」と呼ぶべきだ。そう思った時だった。 突如、胸が苦しくなる。

嫌だ!

その思いが溢れだした。 ハルさんなんて言いたくない。ちゃんと「ハル」って呼びたい。 年上だとか年下だとかどうでもいい。対等に名前を呼びたい。呼び合いたい。

ナマエ?

激しく錯綜する思考の最中、私は衝撃の事実に気がついた。

私の名前?私の名前は何?

大変だ! 名前が無い!

これではハルに名前を呼んでもらえない。どうしよう。名前が無い私なんか相手にしてくれないに決まっている。

緊急事態だ。とんでもない事実が浮上した。 いままで言葉の概念がなかったから気づかなかった。こんなすぐ近くに重大な問題が潜んでいたなんて……。

なんて呼んでもらえばいい? アキの時みたいに「あなた」なんて呼ばれるのは絶対に 嫌! 何かいい方法は……。

そのとき、私の脳内である名案が閃いた。

そうだ! ハルに名前をつけてもらおう! これはいい考えだ。大好きなハルが私に名前をつけてくれる。私のためだけに時間を使 って考えてくれる。

素敵だ。どんな名前をつけてくれるかなあ。 さっきまで苦しかった胸が、今度は温かく波打っている。

自分の命名に想いを馳せていると、ユウスケがハルに何か聞いていた。私としたことが聞き逃すところだった。

「ワタシハアナタタチトチガッテ、『バグ』ガナイカラヨ」

バグ? バグって何だ? 意識を集中させて耳を傾ける。 ハルいわく、バグとは感情のことらしい。ほとんどのニンゲンはそれがあるようだ。

感情というのは生きるのに不要なものらしく、そのバグがハルには無いというのだ。

私は感激した。 凄い! ハルは完璧なニンゲンなんだ! 私は感情のことがよくわからないけど、あっても欲しくない。あればハルに嫌われてしまう。

でも、大丈夫。きっと私にはそんなもの無いに決まっている。だって、笑ったり、泣い たりしたことないから。バグは無いにちがいないのだ。

私の胸は依然、高鳴っている。

早く会いたい。早くおしゃべりしたい。ハルはどんな姿をしているのだろう。 まだ見ぬハルの輪郭を想像した。


きっと、綺麗なんだろうな。

完璧なんだろうな。

早くハルの姿を見たい。


私のその望みがかなったのは、もう少し後のことだった。


続く…


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