『春と私の小さな宇宙』 その22
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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脱出に成功したハルとミハエルは山を下った。
研究所を出ると外はすでに夜だった。 幼い身体で夜の山を走り抜ける。
「これでやっと故郷に帰れる。ありがとう」
「別に私も出たかったからいいわよ。この後だけど、私も一緒に・・・」
「君も家族の元に帰れるね!」
ミハエルは笑ってハルを見る。
「・・・そうね。帰れるわ」
ふもとに到着すると、二人はそれぞれの自宅に戻るため別れた。
ミハエルは最後までハルが一人で帰れるか心配していたが、ハルは「大丈夫」と言って、彼から立ち去った。
家が無いハルは当てもなく町を歩いた。まだ小さな身体には整備された道が大きく、長く見えた。
公園を見つける。喉が渇いていた。公園内にある水道の蛇口を思い切りひねった。人の目に触れる昼は、公園の木陰に身を隠して寝た。夜になると公園を出て、次の公園を目指した。
食糧も得られず二週間が過ぎた。身体も精神もボロボロだった。ハルの体力は限界に近づいていた。
そんな時だった。いつも通り公園の草むらを布団に眠っていたハルは、一人の人間に見つかってしまった。
日は暮れており、夕方になっていた。
「こんなところで、なにしてるの?」
話しかけてきたのは、ハルと同じくらいの少女だった。辺りには他の人間の姿は無く、 彼女だけだった。
殺そうと考えた。
幼い自分が一人でいることが知られたら面倒だ。やがて、自分のやったことが明らかになるだろう。しかし思いに反して、身体はもう動かなかった。 全てを覚悟したその時だった。
グウー。
おなかが鳴った。
それを聞いた少女は声を出して笑った。 「おなかがすいていたのね! うちにきて! おばあちゃんがおいしいごはんをつくって くれるの!」
それからハルは少女の家に住むことになった。親に捨てられたと説明すると少女は涙を浮かべ、部屋を貸してくれた。
少女の名はアキといった。両親を交通事故で無くしており、祖父と祖母の三人で暮ら していた。
アキはハルに興味津々で常に付きまとった。いつも一人で遊んでいた彼女にとって、ハルは人生で最初の友だちだったのだ。
教師をしていた彼女の祖父の好意で、ハルはアキと同じ幼稚園に入り、小学校、中学校、 高校と一緒に入学と卒業を繰り返した。
アキはハルと一緒にいるのが好きだった。
ハルが難関校のT大に進学しようと決めたとき、ハルと離れるのが嫌だったアキは、必死に勉強して合格を勝ち取ったぐらいである。
その後、学部は違うものの講義や研究のとき以外、ハルとアキはほぼ毎日、一緒にいた。
ハルはなぜか疎ましく感じなかった。
そして、現在に至る――ー
「よーしよーし、怖くないでちゅよー」
アキは懸命に泣き叫ぶ赤子をあやしていた。その奮闘むなしく赤子の号泣は増すばかりだった。
「・・・」
ハルは静かに赤子へ近づいた。アキを退けて正面に立ち、幼い目線に合わせてしゃがむ。
赤子を見つめると、突っ込んでいた右手を右ポケットから取り出す。
その瞬間、白く、細長いものを赤子の目の前に突き出した。
母親はハルが何をやっているのかわからなかった。
突き出したのは人差し指だった。人形のように白くて折れそうなほど細い、美しい指である。
立てた指を左右に揺らした。ゆっくり右へ、左へ往復する。赤子の眼球が指の動きに合わせて動く。 だんだんと泣き声は小さくなっていき、やがて虚ろになった赤子は深い眠りに落ちた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
母親はハルに感謝して、何度もお辞儀を繰り返した。
「すっごーい、これ催眠術? ハル、こんなこともできたの?」
別に催眠術でも魔術でもない。眠気を誘う波長を出して眠らせただけである。口と舌を動かして特定の空気の震えを作り、人間には聞こえない超音波を発生させる。指の動きはそれを手助けしたに過ぎない。
ただ……。
ハルは自身の行動に衝撃を受けた。さっきまで自分はあれを処分しようと考えていたのに、 今の自分は真逆の行動をしている。
何がそうさせたのか全く理解できなかった。ただ誰かが精神の奥底で止めるように叫んでいるように感じた。
ハルは気のせいだと解釈し、深く考えないことにした。
騒動のおかげか、バスはいつの間にか目的地に到着しようとしていた。
続く…
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