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『春と私の小さな宇宙』 その60

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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バスから降りたハルはR神社の階段を見上げた。雪が溶け、冷たい水が小さな川のように流れている。

高くそびえる選別の階段を再び、ハルは登った。一歩一歩が重く、身体が悲鳴を上げていた。長い階段が続いている。荷重の増した身では登頂は困難だった。

積まれた不安定な足場が濡れている。気を抜けば、転倒するのは間違いない。

中腹まで来た時だった。足が滑り、体勢を崩した。後方によろめき、目線が青い空をとらえた。視界の両側に木々が生えており、枝が伸びていた。太陽に照らされた葉や枝からは細い影が降り注いでいる。木陰の隙間から覗く日光がまぶしく、ハルは顔をしかめた。

それは当然の出来事だったのだろうか。ハルの後方から突風が吹き、傾いていた背を力強く押した。決められたことのようにハルは窮地を脱した。

神が生き残る人間の後押したのだろうか。ハルはそう考えたが、すぐにその考えをかき消した。

神などいない。

体勢を立て直したハルは引き続き、階段を登る。冷たい空気が見えない壁を何重にもつくり出していた。進む速度を落としながら、慎重に登る。

荒い呼吸を鎮めつつ、ハルは境内にたどり着いた。

神社の前に誰かが立っていた。一見ではその人物を特定できない。

「ハルさん、待っていたよ」

聞き覚えのある声だった。間違いなく助教授、宮野の声だ。顔を包帯でぐるぐる巻きにしており、見た目では誰かわからない。
服も所どころ擦り切れていて、切れ目から血が赤黒く固まっている。包帯の上にメガネをかけていた。

「やはり生きていたのですね」

ハルは宮野の反応を窺いながら問いかけた。

「・・・君の仕業だね。伊藤が注射器を僕に刺そうとしてきた。君がくれた注射器と全く同じタイプだったよ」

宮野は静かに受け応えた。ハルにはそれが妙に感じた。予想では、激昂して襲ってくる
ものだと考えていた。ここを指定したのもこちらの体力を削る作戦だとも考えていたのに、なぜだ?

「あれは君からの試練だったんだね」

「は?」

宮野の想定外の言葉に、ハルは思わず間の抜けた声を出す。

何を言っている? こいつ?

「選別したんだろ? 僕と伊藤のどっちが自分にふさわしいか」

全く持って意味がわからない。どっちも処分するつもりだ。生き残らせるつもりなど毛
頭ない。頭を打っておかしくなったのか?

「僕は生き残ったよ。ハル」

止めろ。お前ごときの命など、私はどうでもいい。

「あなたは思い違いをしているわ!」

「僕は選ばれた人間だ。君と同じだ」

止めろ、止めろ、止めろ。私をこんな下等生物と一緒にするな!

「生き残ったよ。ハルゥゥゥ」

明らかに宮野の様子が変わった。その目に冷静さはなく、純粋にハルだけを見ていた。

ハルは命の危険を察知する。

足を引きずりながら宮野は歩いてきた。ボロボロの衣服も相まって、その様はまるでゾ
ンビのようだった。ハルは彼を刺激しない速度で距離をとった。

「話を聞きなさい!」

声を掛けても反応は無かった。彼はゆっくり近寄ってくる。何かを求めるように。

「君は僕のものだあぁぁ」

途端に宮野の歩調が早まる。痛みを感じていないようだった。身体の限界を超えて宮野はハルを追いかける。

後ずさりしたハルのかかとが宙を感じた。振り返ると後ろは階段だった。

今、下りれば確実に転倒するだろう。絶体絶命だ。ハルは右ポケットに手を入れようとする。

「さあ、僕の元に来なさい、ハル~」

宮野はハルの右手を掴む。凄い力である。身体をかがめたハルは力を振り絞り、細身の助教授に体当たりした。

抵抗された反動で宮野は手を離し、よろめく。その隙にハルは神社の裏手に逃げた。以前、ここに訪れた時に通った裏参道である。そこへ重い身体を押して走る。

後ろから足音がする。宮野が追いかけてきた。早い。階段を登ってきた為、体力は尽きかけてきた。みるみる走る速度が落ち、ほとんど走ることができなくなった。早歩きが精一杯である。

ものの数秒で追いつかれそうだった。


続く…


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