『春と私の小さな宇宙』 その31
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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第三章
1
○ 小さな宇宙
ハルの視界が見えるようになって、しばらく経った。
その頃になると私は、随分、外の状況に詳しくなっていた。色も動物も天候も理解できるようになった。
だけど、いまだに ハルの姿だけがわからない。 惜しいところはあった。人間は食事をするとき、食べ物を皿に乗せる。その皿をしまう食器棚には、ガラスというものが嵌められている。ガラスは光を反射させ、目の前の物体を映し出す。 私はその場面に遭遇した。
映像には食器棚のガラスに人間の姿が映っていた。それは間違いなくハルだった。家にはハルとアキの二人しかいないのだ。明らかにアキではないシルエットがガラスの表面に射影されている。
白い服を着た女性。しかし、輪郭はぼやけて いてはっきり見えなかった。見えたのは一瞬で、顔を確認できないまま暗闇に引き戻されてしまった。
映像は場面を連続して映し出す。止まっている光景が少し違う光景に切り替わる。それ を繰り返すことで、映像になる。その時間は短く、見終わるといつもの暗い世界が私の前に戻って来る。
ひとときの夢のようだった。
外の世界でも同じ現象があるようで、写真と動画がそれに当たるらしい。「カメラ」と呼ばれる機械で風景を撮ると、一枚の紙にその光景が絵となって写し出される。それが写真になる。一方、動画はその写真が連続したようなもので、写真を重ねてぱらぱらとめくっていくのに近い感じだった。テレビや映画なども同じ原理で動いているようだ。
映像は毎回、不定期に現れる。頭のスクリーンにいきなり上映されるのだ。色のついた世界が私を出迎えてくれる。それを待っていた私は映像が映し出されるたびに「いらっしゃい」と念じる。口が開いたら、声が出せたら、言葉にして言えるのに。それが少しもどかしかった。
いつものように、名残惜しく夢の映像にさよならを告げていると声が聞こえた。
いや、 正確には声でない。映像と同じく頭に直接、音声が入ってきた。鼓膜は一切、揺れていない。なのに、声が聞こえる。不思議だった音声はハルの声質と同じで、私の脳内にこれまで以上にはっきり響いている。
壁による遮へい物の影響を受けていないようだった。どうやらその声は本当に頭の中で発生してい るらしい。
『イイカゲン、カレーイガイノリョウリヲツクッテホシイワ』
もしかしてこれはハルの思っていること?
だとしたら、映像だけじゃない。ハルの思 考まで知ることができるようになったのだ。
凄いぞ、私!
突然のサプライズに私は舞い上がってしまった。 これでもっとハルのことを知ることができる。私の願いが通じたのだろうか。
もしかしたらハルが私の為にまた、プレゼントをしてくれたのかもしれない。 ありがとう、ハル。私、もっと頑張ってハルにふさわしい子供になるね。
ハルの思考はいろいろな情報や知識を教えてくれた。ハルは頭がいいので頻繁に難しいことを考えていた。私が理解できる狭量を超えているため、もっと頑張らなきゃと思った。
様々な思考の流れの中でとりわけ、「第三世代」という言葉がよく聞こえた。
どうやら、第三世代とは人間の種類らしらしかった。ハルはその第三世代に分類するよ うだ。ちなみにアキは第二世代だった。外の世界ではほとんどの人間が第二世代らしく、 第三世代は指で数えられるくらいしかいないという。
第三世代は通常の人間に比べて知能指数や身体能力が高く、病気にもかかりづらくなり、 寿命も長いのだそうだ。
さらに、第三世代には特有の能力があり、「テレパシー」と呼ばれる会話が可能になるようなのだ。ただ、テレパシーができるのは第三世代同士だけらしい。
私はその情報を得てある事実に気がついた。私はハルの子。つまり、ハルの遺伝子を受け継いだ第三世代なのだ。
これでようやく謎が解けた。私の脳内に湧き出した映像や声はテレパシーによるものだったのだ。
やっぱり、ハルからの贈り物だったんだ。私は胸が温かくなった。 日が経つにつれて、不規則に出現するテレパシーに、私は法則を見出した。 どうやらハルが強く思った時、考えた時にその感覚が私に伝わって来るようだった。
テレパシーはお互いに思考を伝える能力だ。だったら、私からハルにも思いを伝えることができるはず。
私は強く念じた。
ハル、イッショニハナソウ
しかし、何度、どんなに念じても応答は来なかった。一方的にハルの思考が送信されるだけだった。
私が未熟なせいなのか、このテレパシーは不完全のようだった。
それでも私は満足だった。ハルの思考が私に流れ込んでくるのが、幸福でたまらなかった。
続く…
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