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『春と私の小さな宇宙』 その38

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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自宅に戻ったハルは、二階の自室に入った。それからすぐにネットであるものを注文し た。届くのに三日かかるようだった。

丸く膨れたおなかに手を当てる。中身の生き物が力強く蠢いているのを感じた。

計画は何があっても続行する。

ハルの意思は固かった。 ひとしきり考えをまとめていると、玄関から激しい物音がした。

その直後、何者かがドタドタと階段を駆け上がってくる。

「ハル! 先に帰るなら連絡してよ! ハア、いつまで経っても待ち合わせに来ないし、 ヒュー、何回電話しても出ないから、ゼエゼエ、心配したでしょ!」

現れたのは血相を抱えた顔のアキだった。ここまで全力で走ってきたらしく、息が絶え絶えになっている。

ハルは窓の外を見た。すでに日が暮れており、夕日が生き生きと輝いていた。問題解決の計画に長時間集中していたため、いつの間にか夕方になっていたらしい。携帯電話を見るとおびただしい数の着信履歴が残っていた。

「ごめんなさい。気づかなかったわ。少し疲れて眠っていたの」

「ええ! 大丈夫? しばらく休んだほうがいいんじゃないの? 確か今日は家庭教師の日でしょ? あたしが連絡しとくからもう少し・・・」

「問題ないわ。予定に変更はない。邪魔しないで」

ここで休んでしまえば、ついさっき立てた計画が水の泡になってしまう。自身の目的を達成ためにも休むわけにはいかない。

その考えが先走り、ハルの言い放った言葉は、アキに対して――

「はあ? 何言ってんの! あたしはあんたのためを思って言ってんのよ! もう少し母親としての自覚を持ちなさい! 大体それ、一体誰との赤ちゃんなのよ! いっつもあたしに隠し事して! ちょっとは信頼してよ!」

完全に逆効果だった。

アキは何がなんでもハルを家から出す気はないようであった。早くも椅子や台を積み上げて、自室の扉を塞ぎにかかっている。

このままではまずい。そろそろ出なくては間に合わない。ハルは脳内で『アキ取扱い説明書』を急いでめくる。しかし、どれだけ探しても今回の対処法が見つからない。

「わかったわ。だから、それを片付けて」

「ワカッタ? 何が? 何で行かないとは言わないの? ハルは意外に頑固だから、絶対に自分の意見を変えないの、あたし知ってるわ!」

家具を次々に積み上げながらアキは叫ぶ。今度ばかりは許す気はないようである。ハルは窓に目を向ける。二階のため、そこからの脱出は不可能だった。

妊娠する前のハルならば、窓から飛び降りて外に出られただろう。だが、今のハルはただ頼むことしかできなかった。

「アキ! 私が悪かったわ。でも、行かなければならないの。そこを通して」

「・・・なんで?」

「行きたいと思ったからよ」

「・・・どうして?」

「そうしないと私の気が済まないからよ」

「そんな・・・そんな理由で行くって言うの? 自分の身体がどうなるかわからないのに? 冗談言わないでよ!」

アキは激昂していた。しわくちゃになった顔から涙が伝う。

「信用できない」アキの言葉にハルは動けなかった。

「話は終わりよ。今日は絶対にここから出さないから。一食、抜いたぐらいは大丈夫でしょ? あたしもいいダイエットになるわ」

バリケードの前にアキは座り込んだ。ハルは立ち尽くしていた。この状況を打開する起死回生の一手は存在しないのか。高速で思考の豪流が脳内を巡る。その激流の片隅にわずかな飛沫が光った。

ついにハルは熟考の末、答えを見出した。それは苦渋の決断だった。

「折衷案よ。あなた、私について来て。それなら私に何かあった時、対応できるでしょ? 悪いけどこれで引くつもり、ないから」

「・・・本当に頑固ね、ハルは。わかった。でもあたしから絶対、離れないでね。約束できる?」

「恩に着るわ」

張りつめた空間が一気に弛緩し、空気がなごやかさを取り戻す。苦肉の策は無事、成功した。

窓から差し込んでいた夕日が終焉を迎えようといた。


続く…


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