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『春と私の小さな宇宙』 その32

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ある日、ハルはアキと一緒に神社なる場所に行くようだった。

その神社は生まれてくる子供を祝福する場所らしいのだ。ハルが私の誕生を祝ってくれる。身体の奥底でバクンバクンと、心拍が激しく波打っているのを感じた。

そこには『バス』という乗り物に乗っていくようだった。バスの中はたくさんの人間が詰まっている。

アキが男に怒鳴っていた。相変わらずうるさかった。すると、それよりもうる さく、高い音が肉の壁越しでもはっきり聞こえた。

とがった音が私の鼓膜をつんざく。不愉快極まれない。 途端に映像が映る。見えたのは小さな子供だった。

音の正体はその子供の泣き声だった。 生まれたばかりのようである。私も生まれたらあんな感じなのだろうか。

そうだとしたら嫌だな。あんな大きな声で泣いて、ハルを困らせるなんて。

突如、言葉ではない何かが私の脳内になだれ込んできた。真っ黒でドロドロした何か。

私のいる漆黒の世界とは全く異質の黒さ。それがとても冷たくて、ひどく静かに私を侵食する。身体が震えた。背筋が凍りつき、邪悪な闇に深く沈んでいくようだった。

混乱して私は指一つ動かせなかった。 湧き出す闇からハルの言葉が響いた。


『ハヤク、ショブンシナケレバ』


これまでで一番強く、大きい声だった。

すると、暗闇の中から白い線が出現した。横に引かれた長く細い一本の線。白い光りの筋が凝縮し、高濃度の束を思わせる。

身体は依然、動かない。それが薄く鋭い刃のように闇を切り裂き、私の方に向かっている。

やはり身体は動かない。凄まじい速度で迫った線が、私の喉元に達しようとしていた。

モウヤメテ!

私は必死に願った。

瞬間。


線は目前で止まり、徐々に太くなっていった。縄くらいの大きさになった後、線は一気に広がった。光の線が周囲に放たれ、白い空間に変わる。

私を侵食していた闇が吹き飛び、光に包まれた。明るい光が私に差し込む。柔らかくて温かい何かが私を満たした。

ほどなくして、いつもの暗闇に戻った。 太陽の光を十分に浴びたあおい草原に、大小さまざまな蝶が羽ばたき回り、ウサギたち が元気に飛び跳ねる。そんなイメージだった。


さっきの感覚は何だったのだろう。 再び、映像が映る。ハルが子供を泣き止ませていた。子供は静かに寝ている。

うまく言えないが、あれはハルの奥底にある思考にちがいない。しかし、なぜいきなり変わったのかはわからない。そうさせる何かがあったのだろうか。 晴れない疑問に頭を悩ませていると、バスが目的地に到着したようだった。


神社の階段は長く、ハルは登るのに苦労していた。私が入っていて身体が重いのに、身体を押して懸命に登ってくれている。それがとても申し訳なく、それでいて幸せだった。

ハルは神社の前に立つと、お辞儀をして手を合わせた。目を閉じたらしく、映像が途切れた。 その意味を私は知っていた。アキがしゃべっていたからだ。 目を閉じている間、お願い事をする。自分の願いがかなってほしい出来事を強く念じるそうのだ。

そうすれば本当かどうかわからないが、かなうらしい。 私はこの時を待っていた。強く念じるということは、ハルが私に対してどう思っているのか、どうなってほしいのかを知ることができるのだ。

期待に胸を膨らませてテレパシーを待っていると、映像が流れた。賽銭箱が見える。

どうやら目を開けたようだった。私の胸はしぼんでしまった。ハルの願い事を聞けなかった。 とても残念だった。ハルは何も思っていなかったのだろうか。有り得ない。私はハルの子だ。その子供に何も思わないはずがない。

きっと、私の信号が届かないように、たまたま願い事のときだけ、受信できなかったの だ。きっと、そうだ。

参拝が終わるとハルたちはなぜか、神社の裏に行き、別の道を歩いた。帰りは、あの急な階段を下りるのが危ないからかもしれない。

道は奥まで続いた。太陽はだいぶ傾いていた。すると突然、奇妙な影が映像に映った。 影が近づいていき、現れたのは巨大な動物だった。

テレビで見た覚えがある。この動物の名前は熊だ。獰猛で人間を襲うこともあるらしい。 危険な動物だ。

どうしよう。このままではハルが食べられてしまう。でも、おなかの中にいる私には祈ることしかできない。何もできない自分が歯がゆかった。

映像にとんでもない光景が映る。あろうことかアキがハルを置いて逃げて行ったのだ。

なんてひどいやつだ! 最低だ! 親友ではなかったのか? 私はアキに失望した。

ますます、ハルがアキと一緒にいる意味がわからなくなった。


続く…


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