『春と私の小さな宇宙』 その49
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第四章
1
二日後の朝。
ハルとアキはユウスケに会いに行った。産休に入る前に最後の予習をするためである。
今日は祝日で幼稚園が休みなため、朝から勉強ができた。父親の宮野はいつも早朝から出勤するので、家にいない。
「・・・大体、理解できているわね。その調子で頑張りなさい」
「うん、ハルおねえちゃん、ありがとうございました!」
ユウスケは教わった通り、礼儀正しく頭を下げて、礼を言った。
「ちょっと、あたしにお礼は無いの!」
アキが不満をぶつける。
「アキおねえちゃんは、よこでさわいでただけじゃんか」
「なにおー! 最後まで可愛くないわねー。まあ、ハルの妊娠と子育てが落ち着くまでは、 時々あたしが見に来てあげるわ。」
「アキおねえちゃんにおそわることなんてないよーだ。ベー!」
「こ、このガキャー!」
にんまり笑いながらアキはユウスケをくすぐった。ユウスケはそうしてくるのがわかっていたのか、暴れながらもこころよさそうにしていた。
アキが付き添うようになってから、ユウスケの表情は元に戻っていた。 無駄な表情筋運動を取り除いた顔と合理的な思考展開になるように洗脳したはずだった。
だが、それをアキは瞬く間に解いてしまったらしい。はたしてユウスケはどっちの方が将来的によかったのだろう。ハルはそう思いながら、いっときの別れを告げ、アキと共に大学へと向かった。
大学に着くと、携帯電話が鳴った。呼び出し人は伊藤。話があるから、すぐ来てほしいという内容だった。
アキと別れ、教授室に向かった。
「ここまでご足労だったね、ハル君。内密の話だからここまで来てもらった」
教授室まで来ると伊藤がコーヒーを飲みながら、くつろいでいた。当然、宮野はいない。 彼の講義の時間を見計らって呼び出したのだ。
「鑑定の件ですね?」
「さすが、ハル君。話が早いね~。その通り、鑑定結果が出た」
伊藤は一枚の紙をハルに手渡した。DNAが一致したという内容が書かれた診断書だった。
「ハル君の読み通りだったよ。宮野君は違法にクローン研究をしている。これは大学としても由々しき事態だよ」
「そうですね。何らかの対処が必要になりますね」
ハルは用意していたセリフを並べる。
「そこで教授の方から助教授に言ってもらえませんか? 我々に手を出すなと」
「なぜ、わしが言わねばならんのかね? 君が言えば済むことだろう?」
「最初はそう思いましたが、あの後、彼が私に研究の協力を求めてきたのです。その際、 クローンに関する情報を仄めかしてきました。勿論、断りましたが、なかなか話を聞いて もらえませんでした」
伊藤は要領を得ないようだった。
「ですから、私がその事実を話したところで彼にはほとんど被害がありません。それどころか私の情報を外部に漏らすと脅してくる危険さえあるのです」
「なるほど、それでわしが宮野君を問い詰めろと」
説明に納得したのか伊藤はうなずいた。ハルは最後の一押しをする。
「ですが、秘密を知られた彼が危害を加えてくる可能性があります。万が一に備えてこれを持っていて下さい」
ハルはバッグからあるものを渡した。
「これは、注射器かね? 何が入っている?」
「トリカブトの毒が入っています。もし、襲ってきたらこれを使ってください。検体され ても、そう簡単に検出されないのはご存知でしょう?」
「・・・君の考えはわかった。事故に見せかけて殺せと言っているわけだ。今のわしの立場なら容易に偽装できるからと」
「ご理解頂きありがとうございます。危険因子は確実に排除すべきです。それに、妊娠している私では成功確率が極めて低いですから」
「わかった。今日は出張で帰りが夜になる。深夜に決行しよう。人目がなくて丁度いい」
「了解しました。助教授に伝えておきます」
一通りの打ち合わせをして、伊藤は出張に出かけていった。
ハルはこのまま教授室に留まり、静かに宮野を待った。
続く…
前の小説↓
第1話↓
書いた人↓