『春と私の小さな宇宙』 その24
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4
定期を見せ、バスを下りると人通りは少なく、出発前に晴れていた空が今は薄暗い雲に覆われていた。
かすかな光に当てられた山が暗く、黒い塊のようであった。その山に目的のR神社がある。
ハルたちが目指していたR神社は安産祈願のご利益が有名であり、昔は多くの妊婦が足を運んでいた。
その神社は山の高く、深い場所にあり、出産に近い人ほど神の加護を授かると信じられている。
現在は妊婦がその山に登るのは危ないと参拝客が激減していた。そのせいか神社の入り口である鳥居付近には、ハルたち以外の人影はなかった。
「おっかしいな~。ここが一番、ご利益があるってメガネから聞いてたのにー。あのメガネ野郎、こんなさびれた神社を紹介しやがって!」
アキは想像していた神社と違ったのか目を吊り上げ、地団駄を踏んでいた。地面に穴ができる勢いである。
「・・・別にいいわ。それよりなぜ、助教授に聞いたの?」
「え? ハル知らなかったの? メガネは神社オタクなの。結構、マニアックな神社まで 知ってるらしいよ」
知らなかった。宮野とは毎日、研究所で顔を合わせているが、彼がそんな話をしてきた記憶はない。ハルは宮野の意外な一面を知った。
「ふうん。ハルの学部の先生だから、てっきり知ってると思ってた。学内じゃあまあまあ有名だけど、知らなかったかー。うふ、うふふ」
「何? 変な笑い方して。気持ち悪いわ」
「ごめん、ごめん。ハルってなんでも知ってるでしょ? だから、ハルの知らないことを あたしが知ってるなんて、ちょっと優越感」
アキはご機嫌になったのか地団駄を止めて、ぱっと笑った。地面を踏みすぎた足が痛かったのか、手でさすっている。
二人は鳥居をくぐり、神社へ向かった。R神社の階段は長く、急だった。とても妊婦向けの神社とは思えない。
切り石を組み合わせて作られた階段は足場が悪く、来る者を拒絶していた。壁のごとく険しい勾配がハルの歩みを妨げる。手摺が無く、歩きづらい。
「大丈夫? やっぱりそのバッグ持とうか?」
さすが陸上部だけあって、アキは息一つ乱れていなかった。ハルもこの程度の階段で息を上がることはない。
しかし、今は腹部に重りをつけているような状態のため、荷物を持ちながらの参拝は少々きつかった。それでも、荷物を渡す必要性は絶対に無い。
「問題ないわ。いいから早くいきましょう」
階段が続く。無造作に積み上げられた石が、不安定な足場を次々に作り出していた。遠近法で遠くの景色が小さくなり、頂上と思われる石段が点に見える。
肩で息をしながら、ハルはこの神社を作った者の真意に気付いた。
これは試練だ。
余分に生えた小枝を枝打ちするように、ふるいにかけて不要なものを振り落とすように、安全に子供を産める人間だけを選別しているのだ。
「いっぱいお願いして、無事に赤ちゃんが生まれるようにしようね」
アキが声を掛ける。ハルを気遣っているようだった。
逆だ。
参拝するから安全に出産できるのではない。無事に産める身体の持ち主にしか、 登れないように設計されているのだ。
だから、急な階段にもかかわらず手摺が設置されて いないのである。ハルはそう思いながら、笑みを向けてくるアキを見た。
なぜ、宮野が彼女にR神社を勧めたのかわかった。
彼は試している。
私が生き残る側の人間かどうか。
最後の石段を上ると、無事に境内へ辿り着いた。その奥に立派な造りをした神社が姿を現す。幽かな日光がスポットライトのように神社だけを照らしていた。
石畳を歩き、賽銭箱の前に立つ。古びた賽銭箱が無警戒に口を開け、金銭を要求していた。区切りの中には闇がたまっている。その上にある鈴の紐が所々ほつれており、紅白の糸を散らしながら力なく垂れていた。
「お賽銭は百・・・五百円にしようかな。そうだよね。ハルのため!」
アキは名残惜しそうに五百円玉を賽銭箱の口へ投げた。硬貨は闇に吸い込まれ、カラン、 と乾いた音が響く。
「ほら、ハルもお金を入れて」
「・・・貸してくれる?」
ハルはお金を持っていなかった。主にカードで支払いを済ましているため、現金を携帯する習慣がない。
効率化を重視するハルにとって、現金を持ち歩く行為は、無駄に荷物を重くするばかりか、支払いの時間を増やすだけだった。その点、カードなら軽くて支払い も一瞬だ。
「うう、しょうがない。五百円は・・・ない、か。でも、ハルのお願いであたしより少ないのはおかしいし・・・。ええい! 千円だ!」
よれよれの千円札をアキはハルに渡した。
ハルは受け取ろうとしたが、なかなかアキは手を離してくれなかった。 ようやく貸してもらった千円札を賽銭箱に入れる。五百円玉と違い、空虚な闇に音も無く消えた。
横にいたアキは泣きそうな顔をしていた。
鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をした。勿論、ハルはその動作を記憶していたので、特に支障もなく、作法を済ませることができた。その横にいるアキはハルの作法をちらちら見ながら頭を下げた。
手を合わせて目を閉じた。ハルはその間、何も考えなかった。祈りや願いは不幸な者による、ただの気休めだと思っていたからだ。
神など存在しない。宗教は、神や仏という人間に都合のいい存在を売りにしたビジネス。
より多くの人間に浸透させる教えを広め、刷り込ませ、実在しないものを崇拝させる。そうすることで、多くの人間を虜にし、誰も責任を負わずに済む夢のシステムが完成する。
だから、楽をして成果を上げたい人間から金銭を巻き取っても正当化され、たとえ願いがかなわなくても許されるのだ。
ハルが願い事をしないのは参拝する作業が、茶番にしか思えなかったからだった。
五秒ほど閉じていた目を開ける。アキを見るとまだ目を瞑ったまま願い事をしていた。 何かぶつぶつ言って、手のひらをすり合わせて何度も頭を下げていた。
手を合わせながらお辞儀するのは、仏壇や墓にお参りするときの作法だが、ハルは放っておくことにした。
続く…
前の小説↓
第1話↓
書いた人↓