『春と私の小さな宇宙』 その35
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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今日の講義は助教授の宮野だった。
いつもと変わらない退屈で無駄な時間だった。講義が終わり、講堂を出ようとするとハルは宮野に呼び止められた。
あとで研究室に来てほしい。
宮野はそう言った。ハルは乗り気ではなかったが従うことにした。 アキとの昼食を早めに終えて、ハルは研究室へ向かった。
部屋に入ると先に宮野が待っ ていた。他に誰もいない。彼が顔を向けた。存在感の薄い彼が縁の濃い眼鏡をかけている様は、透明人間が眼鏡をかけているように見えた。
「やあ、ハルさん。呼び出してしまってすまないね。君にちょっと聞きたいことがあって来てもらったんだ。どのみち昼はここに来るから大丈夫だよね?」
宮野は特徴のない顔でにっこり笑い、ハルに近づく。 宙に浮いた眼鏡の方が正しいかもしれない。ハルは真面目にそう考えていた。眼鏡が上下に揺れながら、低い周波数を描くように向かってくる。
「ええ、問題ないです。何かご用ですか?」
「ミハエル」
その言葉を聞き、ハルはこの日、初めて宮野の顔を見た。
「・・・一体、何の話でしょう?」
ハルの心臓が早鐘を打つ。
見られていた?
あの場面を。
裏参道の出来事を。
「とぼけなくていいよ。偶然、見てしまったんだ。神社で会っているところを」
確定だ。こいつはあの日、R神社にいた!
「・・・何が、お望みですか?」
「察しがいいね」
宮野は笑みを浮かべてハルに顔を寄せる。
すると耳元で「ハルさん、ボクの養子になっ てくれないかい? 悪いようにはしない。協力してくれたらばらしたりしないよ」と囁いた。
顔を離し、彼はハルを見つめる。
「検討します・・・」
「いい返事を期待しているよ」
満足そうに宮野は研究室を出ていった。 彼のことを侮っていたかもしれない。ハルの心臓は通常の鼓動に戻っていた。
思い返してみれば。あの神社をアキに紹介したのは宮野だった。口の軽いアキなら出発する日時までしゃべっていても不思議ではない。
ならば事前に待ち伏せして、こちらの動向を見張っ ていた可能性は十分にあり得えた。
なぜ、自分を養子にさせようとするのか。なぜ、自分やミハエルが第三世代だと知って いたのか。ハルの思考が高速で回転し解答を求めたが、納得のいく答えは出なかった。
もしも、計画を知ってしまったのなら……。
ハルはいつも使っているパソコンのキーボードが二ミリ動いているのを見て、早急に彼の目的を探ることを決めた。
すぐに研究室を後にしたハルは、宮野の家へ行くことにした。大学はいつでも自由に出入りできるため、怪しまれることはない。
彼の部屋に忍び込み、何か目的に関する物やデータを手に入れたい。
あの言いようは、 自分たちが知り合いだと確信している証拠だ。余計な詮索や妨害を防止するには、彼の弱みも握っておきたい。
でなければ、計画の一部、または、その全てが外部に漏れてしまう。 それを防ぐためには前者か後者のうち、どちらかひとつは明らかにする必要がある。
彼の目的か弱みの物証か。できれば後者が望ましい。 これ以上、計画と過去の出来事を知る者を増やすわけにはいかない。
ハルは宮野の家へ急いだ。
十五分ほどで宮野の家に着いた。現在は午後一時。この時間、ユウスケは幼稚園に、ミチコは買い物に行っている。誰もいないはずである。
玄関の扉の前に立つ。ドアノブを回してみたが案の定、鍵がかかっていた。念のため、 インターホンを押し、在宅の是非を確かめる。
反応はない。留守のようだった。確認を終 えるとハルはバッグから針金とヘアピンを取り出して、鍵穴に差し込んだ。鍵はものの数秒で開いた。
以前、アキが自宅の鍵を無くしたことがあった。鍵は一つしかなく、新たな鍵が届くのに五日かかる事態になった。その際、家に入る手段としてピッキングを活用した。
スーパ ーで針金とヘアピンを買い、鍵を開けたのだ。開錠方法は子供の頃に読んだピッキング関係の本で知っていた。それ以来、鍵の紛失対策として常に持ち歩いている。
すんなり潜入に成功したハルは、鍵をかけて廊下を進んだ。家の中は薄暗く、深い闇が隅々に広がっていた。廊下の壁に飾ってあるプラナリアの絵が静かにこちらを見つめている。
光が無いため、今は床に分裂していないようだった。 間取りは記憶しているので、わざわざ電気を点ける必要はない。台所の入り口を右に曲がった所に宮野の部屋はある。
当然、鍵がかかっていた。玄関の鍵と同様に開錠する。
ゆっくり扉を開けると、すっきりと整理整頓された部屋が現れた。
続く…
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