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『春と私の小さな宇宙』 その53

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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アキは無事なようだった。気絶していただけで、軽傷で済んだらしい。

私は安堵した。 アキの行動は少なからず私の精神に響いていた。ハルに対しての配慮や心遣いが、所どころ見て取れたからだ。

なんとなく、ハルがアキと一緒にいるのがわかる気がした。身を挺してまでハルを守ったのだ。嫌いから苦手くらいにはしてやろう。私はアキに対する評価をワンランク上げることにした。

それにしてもハルは何も感じなかったのだろうか。否、それは無い。私は断言できる。 なぜなら、送られてきたハルの精神映像は、いろんな色が迷子にでもなったように飛び交 っていたからだ。

ひどく頼りなく、不安定な印象だった。 倒れたアキを見て、一瞬でも動揺した証拠だった。

ならば、なぜハルはあんな不可解な行動をしたのだろう。アキよりも重要なことがあっ たのだろうか。私には到底理解できなかった。

 

3


ハルとアキは夕食をとっていた。当然、メニューはカレーである。ハルは不満を言うのを諦め、黙々と茶色い料理を摂取した。

妊娠していない頃の自分なら好きな料理を作っておけるのに。ハルは憂鬱な気分だったが、アキが満面の笑みでこちらを見ていたため、文句が言えなかった。

「ハル、おいしい?」

「え、ええ、美味しいわ・・・」

「よかった! 元気な子が産まれるように野菜をたっぷり入れておいたの! これで大丈 夫よ!」

出産する前に、私が大丈夫でなくなる。ハルはアキの手料理を最高レベルで警戒した。

夕食を済ませ、風呂に入る。湯気を纏った身体に付いた水滴を、タオルで拭き取る。そして歯を磨く。それがハルの習慣だった。リビングに戻ると、アキが大きなあくびをしていた。目が細くなり、まどろんでいる。

「ふあ、眠くなってきちゃった」

「早く寝た方がいいわよ。明日も朝練をするのでしょう?」

「うん。雪が降ってるし、明日、早めに出るから。朝、気をつけて来てね」

「わかっているわ」

「じゃ、おやすみ~」

「ええ、おやすみ」

アキは自室に入っていった。ハルはアキを見送り、時計を見る。時刻を確認すると、針は午後九時を差していた。

アキの飲み物に仕込んでいた睡眠薬が効果を発揮したようだった。邪魔者の処分は大詰めを迎えている。アキがいる状況では最後の一押しができなかった。

ハルはポケットに入れてあった睡眠薬を自室にしまって、出かける支度をした。


外は一段と寒かった。吐いた息が白く凝固して、地面に落下しそうだった。今年に入り、 初めての雪が降りだしていた。頬に当たるたびに、透明な結晶が液体に変化する。

バスに乗り、再三、大学に向かう。 車内は明るく、人は少なかった。ハルは座席に座り、シートベルトを着用する。目的地に着くまで窓を眺めた。

外との温度差で窓が白く曇っている。手で拭き取ると、黒い世界が広がっていた。 外が暗いため、室内の蛍光灯の光だけが反射して、鏡のようになっていた。映し出された自身の身体が醜く見えた。

ハルは特異なかたちになった自身の腹部を触った。成長途中の幼虫が醜いのと同じなのだろうか。ハルはぼんやりそんな事を考えていた。

バスが揺れる。腹部が弾んで、体内から胎動を感じた。未知数の塊がいまにも腹を突き破って出てきそうだった。

自分のような突然変異ではなく、意図的に生まれる純粋な第三世代。その生物は必ず世界を大きく変えるだろう。仲間を増やし、より効率よく世界を回すに違いない。

ハルは確信していた。 人間は新たなステージに進化する。最終的に肉体を捨て、生物のスペックをはるかに超える生き方さえ確立するのだ。 無限の可能性を秘めた腹の子は素晴らしき未来の第一歩だった。

ハルはその邪魔をする者を許す気など微塵もなかった。


続く…


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