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『春と私の小さな宇宙』 その25

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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参拝が終わり、階段に向かう。

その途中、アキが何かを発見した。神社の右奥にうっすら道が見えたらしかった。

探検してみよう。
アキの提案に半ば強制的に付き合わされたハルは、仕方なく神社の裏側に向かった。

その道は参道と同じく石畳が敷いてあり、山の奥まで続いていた。表の階段とは別の参道であった。

日が暮れ始めており、先は薄暗い。木に止まっていたカラスが鳴き声をあげて飛ぶ。薄気味悪さを纏った森が、道の両側にあり。その先の通行を拒絶しているようだった。

ハルは躊躇なくその裏参道を進んだ。せっかくだから、その先の光景を記録してしまおうと思った。しばらく歩いて、後ろにいたアキが手を握ってきた。

「やっぱり、やめようよぅ。ここ、なんだか怖くなってきたぁ」

「あなたが言い出したのでしょう? よくそんなこと言えるわね」

「うう、でもぉ・・・」

アキは泣き出しそうだった。身体が震えている。彼女の足からは、これ以上進もうという意思が微塵にも感じられない。

やはり引き返すか。そう思った、矢先だった。

ガサッ。

参道の端に続いている森から音がした。誰かが草むらを掻き分けてハルたちの方へ向かってきている。

音に反応したアキがさらに強く、ハルの手を握る。呼吸も荒くな っていた。ハルは静かにその影を観察する。

影は近づくたびに大きくなった。ガサガサと一定の速度で向かってくる。それに合わせて影もみるみる大きくなる。

大きくなった影はハルの背丈を優に超えた。とても人間には見えないシルエットから殺意を感じる。

ついに影が森から出た。現れたのは巨大な熊だった。その巨体に似合わない小さな瞳には貪欲さを秘めており、間違いなく捕食者を語っていた。

これは「穴持たず」だな。ハルは冷静に分析する。熊は本来、三月ぐらいまで冬眠する。

二月になったばかりの現在に、活動しているのは冬眠に失敗した個体だと考えられた。

ハルは熊の顔をじっと見た。熊に遭った時の対処法は顔を向けた状態でゆっくり後ずさりするのが一番である。

熊は死体も食べるため、死んだふりは通用しない場合もある。背を向けて走るなど、もってのほか。余計に狩りの本能を掻き立ててしまう結果になる。

ハルは前を見たまま、慎重に足を後方へずらす。 すると、手に感じていた圧力が無くなった。

振り向くとアキが手を離していた。身体が ガタガタ震え、目の焦点が合っていなかった。

「あっ、ある日、クマさんに、出会っ・・・」

意味不明な言葉を言い残し、アキは一目散にこの場から逃げ出した。表参道の方角へ走る。さすが陸上部だけあって参道を駆け抜ける姿は、まさに脱兎のごとしであった。

その行動が熊を刺激したのか、暴力を具現化したかのような巨体が突如、動き出した。 熊が標的にしたのはアキではなかった。

すぐ近くにいたハルを狙っていた。ハルは全く以てその通りだと思った。逃げ足の速い獲物よりも動きが鈍く、しかも子持ちで栄養価の高い獲物を狙うのは、効率的で理のかなった行動に思えたからだ。

弱肉強食。自然の摂理に抗うことはできない。種族的に弱い自分は食べられるのを待つしかない。

ふと、ハルは階段を登っていた時の、神社の仕組みに気付いた時のことを思い出した。

選別。弱い者は生き残れない。私は勿論、生き残る側の人間。生を受けた時から決まっている宿命。

ハルは身をかがめた。 死ぬならそれはそれでよかった。仕方ないことだとハルは考えていた。

だが、生き残る確率が数パーセントでもあるのなら、その可能性を選択する。

荷物を置き、右ポケットに入っているものを強く握る。熊がハルめがけて突進した。

目の前まで来ると立ちあがり、巨大な影がハルを覆う。熊は右前脚を振り上げ、ハルの顔面へ叩きつけた。

その動きを見たハルは、最小限の動きで後方に身体をスライドさせて避けた。空ぶりに終わった熊は、次にハルの足を狙う。左前脚が石畳を沿い、細い足に襲いか かる。

そうなる事を予測していたハルは右足を上げ、走り高跳びのはさみ跳びの要領で死線を飛び越えた。

熊は何が起こったのか理解できず、動きを止めた。ハルは無傷で地面に着地する。 重く膨らんだ腹部であっても、彼女の身体は機能的に動き、獰猛で凶悪な攻撃を回避したのである。

いっときの静寂が訪れる。熊の動きに注意しつつ、再び、対峙する。

ハルは右ポケットから、ゆっくり手を取り出す。握り締めていたのは、注射器だった。 その容器には透明な液体が入っている。青酸カリである。

中には、人間の致死量の、およそ五十倍の量が入っている。いくら巨大な熊でも、この量を打ち込めば確実に死に至る。

しかし、頑丈な体を覆っている硬い皮膚と、無数に生えている剛毛が遮り、注射器を刺せそうにない。

無理に刺せば、この細い針は簡単に折れてしまうだろう。 熊の動きに注意を払う。 熊の身体能力は大体、把握した。やりようなら、まだある。

ハルは機を窺う。


続く…


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