生徒会長選挙
このおっさんは虚無感のある笑顔を60分間永続できるという点で不気味だ
もはやこいつに人間性を見いだせない
こいつの作るテストは長文に穴が開いただけのシンプルなつくりになっている
学校を離れたこいつが本性を現すとどんな感じなんだろうと思わなくはない
世界史の先生は学校に二人しかいなくて、一年の時もこのおじさんだった
額を机にくっつけて両手で頭を囲う
みんなの猫背が教室という森林でタケノコのように偏在するこの時間
僕は割と好きだ
恋愛と部活と通知表の数字にしか興味がない浅はかなクラスメイト達が気づくはずもないが、この機械的な声が語る歴史的な事実はおもしろい
このことを知っているのは文系クラスで学力トップの僕と、”女子に嫌われてそう美少女夏鈴”と”極細眼鏡男ハヤト”くらいだろう
歴史的事実に加え、教科書には載ってない知られざる逸話や陰謀論を程よく挟んだこの授業は、こいつがまだ人間性を持ってた新米教師の頃に完成されたテンプレートなのかもしれない
窓の外ではパラパラと小雨が降ってきた
浅はかクラスメイトどもはまだ気づいてないようだ
こっから数分先に教室がどんな状態になるのかは大体予想がつく
…
部活の外練がないとか、小雨だからあるとか、次の体育はできるとかできないとか
いつものパターンだ
授業が聞こえないから黙れクズども
”僕”と”女子に嫌われてそう美少女夏鈴”と”極細眼鏡男ハヤト”の間では合意が採れる意見だろう
でもだれも意見しないのはどこの学校にもあることではないだろうか
これが社会の縮図であり、大人になる前に理不尽さを学ぶところとしてはいい学び舎である
これでも進学校だ
進学校を、
”自由な校風でみんなが肩を組みながら校歌を歌うような方”
と、
”規則が厳格でイエローカードが二枚たまったら親呼び出しするような方”
に分けたときの、
後者の方である
今では文系トップ真面目キャラの僕だが、一年の時に校内でのスマホ使用が見つかってイエローカードが一枚ついている
あの時は昼ごはんの時間が終わって音楽室の掃除に向かってた時だった
3階から4階に上がる東階段の踊り場を通り過ぎたあたりで、僕はぱっとスマホを背後に隠した
サッカー部の顧問でイエローカードを切る枚数では校内トップ、規則やぶりは決して見逃さない生徒指導部の
”偽善日焼け体育教師”だ
没収された
放課後に生徒指導室に取りに行くはめになった
が、意外とあっさり返してもらった
家に帰った
それとなくほのめかす母の様子にすぐ気づいた
「電話来たんでしょ」と生意気にも言い放ったのを覚えている
僕の両親はそんなことで叱りつけるような大人ではないと分かっていた
小さいころからやりたい事をさせてくれて、僕の意見を尊重してくれて、一言でいえばリベラル
学校の規則なんか気にしていないんだろうと思っていたけど、やっぱり僕を叱ったりはしなかった
ひとつだけ意外だった
電話で担任の先生が「そんなに悪いことしてないんですけど学校としての規則がありまして…」と申し訳なさそうに話していたらしい
二か月後の三者面談、冷や汗をかくほど緊張したがスマホ事件の話題は一切出なかった
相変わらずの監視社会
”三学期ではない、受験生ゼロ学期だ”とかいう、いかにもエセ進学校っぽい言葉が錯綜する
この時期には生徒会長選挙が始まる
わが校の生徒会など日本の官僚制度を模写したような組織
前生徒会長は絵にかいたような”従順真面目人間”
そんな従順真面目人間に代わって、先生と生徒の板挟み的立場に自ら立候補するような奴はよほどの変態だ
それか、数少ない有名私立大学の指定校推薦枠をねらっているか
そんなことを考えていたのだけれど、誰も名乗り上げなかった
火曜日の朝会で”髪が少ない校長”が「これは学校としての危機です!」と警鐘を鳴らした
そのあと各クラスの学級委員長に担任から立候補の打診があった
それでも誰も手を挙げなかった
学力トップ真面目キャラの僕に話がまわってきたのだ
そうか
…
でもそういうんじゃない
丁重に断った
こうなると学校もむきになったのだろう
とにかく誰かを立候補者に仕立て上げないといけない
しばらくして僕が半強制的に立候補させられた
同時に正義感の強そうな2組の学級委員長とバスケ部の部長も
それぞれ”ロマンチスト”と”先生に好かれがち高身長文武両道男”とでもしておく
これは予想していなかった展開だ
無理やり立候補させるなど、学校として最低だと思ったが、
いないのだからしょうがない気もする
票を集めないように静かにしていようと決めた
まあそんなに目立たない限り”先生に好かれがち高身長文武両道男”が当選するだろう
それっぽい文章を書いて形式的に話すだけだと自分に暗示をかけた
そうじゃないと乗り越えられない気がした
とにかく目立たない
これに徹しようと決めた
この物語は絶対に当選したくない三人の立候補者が、それぞれ誰よりも目立たないようにふるまうレースを如実に記したものだ
来週火曜の五時間目に体育館で立候補者演説
三週間後に投票
その日の放課後に開票され体育館前に公示
各候補者は政策を掲げなければならない
「朝の登校時間に正門の前で呼びかけをするかどうかは任意である」
と生徒規約にかいている
が、全く当選する気もない三人を見かねた教師が毎朝の呼びかけを義務化した
どんなコミュニティでもルールの外で理不尽な義務が強要されることがある
もし僕が朝の呼びかけをしないという形で理不尽な義務に対して抗議をしたらどうなるのだろう
思うのだが、三人の中で誰が一番、統制主君としての資質があるか、と考えるとそれは僕だと思う
他人に流されず、コミュニティを客観的に見てきたし、
チャーチルやレーニン、ヒットラー、小泉純一郎などの統制者をよく知っている
ただこの学校の生徒会長に求められているのはリーダーシップではない
忖度と妥協、保守的で従順であることが求められている
なんだか楽しい気もしてきた
ほかの二人の政策も気になるがまずは自分の政策を決めなければならない
そのために学校の生徒規約くらいは読んでおこうと思った
「彼を知り己を知れば百戦危うからず」と孫氏は言ったが
それを実践する日がこんなに早く来るとは思わなかった
生徒規約は学校のホームページに載っていた
第一章
第4条
本会に顧問として本校職員をおく。
第5条
本会の決定は学校長の承認を得て効力を発する。
第七章(選挙管理について)
第三条 立候補者演説ではいかなる言論の拘束も許されない
第四条 当選者は生徒の投票によってのみ決められなければならない
いくら生徒のみで構成される生徒会とはいっても、最終的な決定が学校長の判断に任せられているとは初めて知った
アメリカ的大統領制に近い感じだ
数日まえに目立たない戦略を立てた自分が、ルールに基づいた綿密な論理を組み立てようとしているその変容ぶり
楽しくなってきた
今まで学んできたことが実体験として覆いかぶさろうとしている
こうなってみると国家の統治も、生徒会長的役割も規模は違えど、本質的に同じ部分が多いなと気づいた
ただ一つ
僕の目的は何なのか
目立たずに落選すること
学校組織を破壊するような統率者になること
まだ心は揺れていた
土曜日はよい
明日は休みだ
でもこうやって4時を回りそうになってもだらだらとしていると罪悪感に見舞われるので、土曜日の僕は大体この時間から散歩をする
家は住宅地にあり、一列の住宅レーンの向こう側は大通り
僕は大通りとは反対側の運動公園に行く
見慣れすぎてうざったらしい光景
夕日なんて特に
運動公園にはプールが併設されている
たまには一人で泳ぎに行く
地元割で300円だ
今日も外まで塩素のにおいが漏れている
見古してきたこの区域にいると
新しいものや新鮮なものには絶対に出会えない
ランニングをしている人も
犬の散歩をしている人も
狭い箱の中に存在している
箱を壊そうとはしない
夏目漱石は坊ちゃんで「向上心のない奴はバカだ」といったが
よくわかる
考えない大衆が悪いとは言わない
単純に僕が僕と同類の人種に出会えていないだけであろう
だからまあまあ勉強してきた
おもしろい「人」や「こと」に出会えることを大学に期待というか思い込みをしている
夕日はもう四分の一しか見えなくなっている
運動公園にある体育館を見て虹色の記憶が気まぐれに降ってきた
僕は部活が嫌いな中学生であった
特にそこの体育館で大会があったときのことはよく覚えている
夏の新人戦だ
メンバーに選ばれなかった人間は二階のギャラリーで応援をする
メガホンをもち、太鼓に合わせて予定調和な数曲を繰り返し歌う
その時の大会でも弊バスケ部の特色がみられた
一試合目、僕たちはいつものように二階で応援をしていた
一階にいるレギュラーメンバーの保護者さんが僕に向かって何か言っている
明らかに僕に向かって言っている
太鼓や笛の音に勝っ去られて聞こえない
結局その保護者さんが呆れた顔をして言うのを辞めた様子だった
試合終了後、その人とは別の保護者さんに「ちょっときて」と手招きを受けた
部の保護者組織のボスである
ボス「試合中に~~~さんの言ってること無視したでしょう」
僕「いや、聞こえなかったんです」
こっからはあまり覚えていないが
結局、言いくるめられてあの保護者さんに直接謝った。
まず
立場的に弱い生徒を言いくるめるという理不尽さ
次に
ある保護者さんからボスに僕情報が伝えられたということ
最後に
保護者組織にはレギュラーメンバーの親しかいないということ
そういう部活だった
ただ部活のメンバーもそれに関しては閉口
試合で活躍するメンバーは皆の憧れだし、友達だったので、その親については何も言わなかった
学校の先生なら敵としての共通認識がとれるのだが、親についてはタブー案件である
嫌いだった
それからこの体育館を見ると思い出す
夏のある日の一戦を
ある中学生の感情のうねりを
家に帰ると母がご飯を作っていた
今日が日曜日じゃなくてよかったと思った
家族で食卓を囲むのは久しぶりだ
僕は言おうか迷ったが
迷ったときは大体言うようにしている
「生徒会長選挙に出させられた」
母からはどういうつもりなのかと聞かれた
弟はにやにやしていた
父は黙っていた
僕は正直に「目立たないようにするか、学校に革命を起こすのか迷っている」と言った
革命という言葉を使っても、バカにされない、
母は
まあどっちでもいいんじゃない
という反応だった
父は
言いたいことが言えるチャンスなんてそうないと思うけどな
といった
父は僕が学校に不満があることを見てきたので、それをみんなの前でお披露目してほしいそうだった
僕は大抵、寝床についても寝れない
考えてしまうのである
夕飯の時に父に言われたことのエッセンス
言いたいことが言えるチャンスはそうそうない
それは確かだ
しかし
先を考えてしまうのが人間の常
言い放った後に何が起こるのか
アメリカやヨーロッパだったらいい
しかし、ここは日本
同調圧力帝国ニッポンである
あと一年ちょっと残っている高校生活。
なにかと視線を感じるかもしれない
会長選挙でイキってたやつだよなと後ろ指さされるかもしれない
やっぱり振り切れない人間とはそういうこと考えるのである
起業家や政治家の成功本を何冊読んでも一歩を踏み出すのには勇気がいる
ただどうだろうか
みんな心の奥では不満はあるだろう
意味のない校則
理不尽な指導
親の介入
教師にだってあるはずだ
虚無感のある世界史の先生に反抗心のかけらが残っているかはわからない
でも比較的若い先生なら
少なくとも、倫理を教えている先生なら
反抗する生徒を理解してくれるかもしれない
ポイントなのは
制度の中で反抗するということである
選挙という仕組みの中で民主的に革命を起こす
当選するということは民意に支持されたということであるから文句は言えない
生徒をなめている理不尽な大人の行為とは本質的に違うのである
月曜の朝はつらい
ああまたか
校門に機械人間が吸い込まれていくのをみながら
僕もその一人となる
それでも最低限できる抵抗
できるだけ人の少ないルートで教室へと向かう
手を洗う
窓際に座っているあの子におはようと言うか言わないか
ああめんどくさい
学校とは平常の自分でいられない場所である
多様性のジレンマとでもいおうか
多様性
多様性は現代社会に必要だ
分断は歴史的に見ると悲惨な出来事で結末をむかえる
いろんな人が一か所に集まるのは必然であり不可避
ただひとつ希望を持つなら
テクノロジーの発展と社会実装か
すくなくとも今は
教室という物理的制約により協調性を育めるのなら、それを完全否定はしにくい
ただ協調性とは嫌な言葉である
協調しなくてもよい
お互いが素直でいられる社会が目指されるべきなのだ
つまり、各個人が一点に合わせにいくというより、
みんなが違うことを各個人が認めることが意識されるべきなのだ
そもそも合わせに行くものなど、どこにもない幻想である
日本的組織が多様性に対する誤解をしているところである
本来、
多様性は多様のままであることを支持する。
個人が多様の理解に努めることを理想とする。
0校時の数学が終わった。
朝の会では級長が黒板に38個のブロックを書いた
書記係が小さい紙に番号を書いて折りたたんだ
残りの36名がくじを引いた
前から三列目の一番端っこ(窓側)
一番いい位置だった
月曜日の一校時は世界史
ほとんどの人が寝過ごす時間である
席替え終わりのチャイムとともにおっさんがはいってきた
今日もそうだ
世界史のおっさんは月曜日は同じシャツを着ている
興味はない
いつもの決まり文句から授業が始まった
東西冷戦時代の終わりらへんである
この時間だからこそ気づいた
僕のとなりは美鈴だった
今日は窓側に3本のタケノコがあるのみである
おっさんがプリントを配り終えた
東西冷戦時代は、人類滅亡論が本気で語られていた
核兵器は日本に落とされた時よりも威力を増しているだろうし、
もっと恐ろしいことは、核分裂が連鎖的におき、幾何級数的なエネルギー
の増大がおきることでもあり、
核を保有している人が連鎖的にボタンを押してしまうことでもある。
当時のリーダーたちは幸いにもそれをちゃんと認識していたのか、もしくは幸いにも人間の破壊思想が真実ではなかったのか、人類は滅亡しなかった
最後の最後で人間が踏みとどまれるのなら世界は平和に収束するはずである
真実、核兵器ができて以降、戦死者は減った
自殺者がそれを上回ることにはなったが…
フロイトはアインシュタインへの手紙を、
”文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる!”
と締めくくっている。
つまり核ができて人は見かけ上の幸せを手に入れた
しかもフロイトによればそれが必然だったのかもしれない
人類は外部環境にあるエコシステムを変形させることで生存戦略を図ってきた
思った以上にエコシステムは複雑で、それによる弊害もあったのだが種としての生存競争には勝った。
こんどはわれわれの精神世界に手を付け始めた
人間に特徴的な”意識”に目を向けて、
その思ったより複雑であろうエコシステムを可能な限り理解しながら、人類の心をリストラクチャーする
人類のユートピアが完成する
ちょっと楽観的すぎたか
世界史の授業とは妄想を促してくれる
おっさんの声が人間的でないから実現できることだ
右となりを見ると
美鈴の横顔も何か妄想しているようだった
この子は”女子に嫌われていそう美少女美鈴”であり、確かに嫌われている。
しかし、嫌われるようなことをしているからではない。
こんなにも純粋な視線を黒板に向けている。
無口で大人しい。
そんな子が裏では…
ありえない
僕が女子社会を知らないからではない
どの社会にも往々にして
敵にしやすい存在はいる
別にその個体が害を生んでいなくとも、
大衆にとってのコミュニケーションツールとして利用されるのだ。
その敵にされやすい性質を美鈴はもっている
とおもう
純粋なのだ
他の多くがそうなれない純粋
自分の生活を振り返っても友達に素直に伝えられないことはあるはずだ
それがほかの誰でもない自分であり、純粋な姿なのに。
そのまま伝えられることはなく、自我がブレーキをかけ、周りにあわせにいく
別に悪いことをしているわけでもないのに突発的に嘘をついたり、
あとから、何であんな嘘をついたんだろ
何で嘘をつく必要があったんだろ
何で自分が”嘘をつく”という判断をしたんだろう
と思う
たちが悪いのは、ほとんどの場合、思い悩むわけではないことだ
考えるのがめんどくさくなって
忘れて
また、意味もない嘘をつく
思う
忘れる
嘘をつく
ごくまれに、そういう世界観を知らないまま
そういう世界観を必死に拒絶して17歳を迎えた人種がいる
そのひとりが美鈴なのだ
チャイムが鳴った
おっさんは世界地図を丸め込み、どたすたと教室を出ていった
眠っていたものはチャイムが鳴った瞬間、元気になる
脊髄反射である
我々も、鐘がなると唾液を垂らすパドロフの犬と同じ ”動物”だ
”あらゆるものが脊髄反射で解けると人間に脳はいらない”
ふと脳内で僕の好きな科学者が言った
こんな思考を巡らせるのも教室が騒がしくなってからはできない
それも脊髄反射である。
学校生活も入学した直後に比べるとかなり慣れた
わからないものが多いとストレスがたまる。
慣れて、大体わかってくるともうこのままが続けばいいのになと思う。
一方で、何かが変わってほしいとも思う。
不変というのはホモサピエンスが無意識に求めるものだが、不変が不変だとそれが怠惰になってくる。
そして時に人は、変わりたいけど変われないというジレンマで苦しむ。
変わるとはわからないことに直面することで、とっても怖い。
わからないものは、わからないものなのに自分に危害を与えるものだと思い込んでしまう。
じっさいに、精神的にはストレスという形で危害を与える。
でも、それを乗り越えて、挑戦して、できないことができるようになったり、わからないことがわかるようになると、成長した気がして最高な気分になる。
変われなかった人はそれを見て嫉妬する。
社会の根底にある力学はほとんどそれを軸に構成されている
変われなかった人が嫉妬する力学は社会を大きく規定している
しかし、挑戦を終えた人も本質的に成長しているかはわからない
成長ということばそのものがあいまいな概念だ。
多分、成長とはその人自身にとってのみ重要で、自己納得感のかたまりなのだ
学校を改革できたら僕はとっても満足するだろう。
学校制度を破壊して教師の権威を下げる
みんなは何となく学校制度が変わったのを目撃して、僕をヒーローと認識する
しかし、みんなの学校生活は大して変わらない
反抗したという現象に沸くのみで、実態はほとんどない
確かに理不尽なことは溢れているけど、それは教師と生徒にとっての自由を尊重した結果の最適解かもしれない。
学校に革命を起こすなど僕のエゴに過ぎないのではないか。
みんなは慣れているからこのままでもあまり困らないだろう。
あなたたちは本当に変革を望んでいるのだろうか。
学校に、親に、友達に、政府に、理不尽な世界に、文句を言う。
でも心の奥底で本当に変わってほしいと思っているのだろうか
じっさいに変わったら何を思うのだろう
例えば、
朝会はなくてもいいけど、あってもいい
みんなが何となく話を聞いて過ごす。多分そこまで苦痛に感じている人はいない。
次に、最近は生徒が教師に意見できるようになった。ちょっと前だと、竹刀で叩かれたり、廊下に立たされたりしたのだろうが、なくなった。
もちろん感情で威圧的な態度をとる教師はいるが、それはどの社会にもいるし、無視すればよい
そもそも生徒規約に”教師と生徒は同等に意見を交わせる”
とかいたところで感情的な人とちゃんとした合意形成はできない
生徒会長とは形式的な存在でしかないのか
なるほど、今までを見ても生徒会長は特別なことをしているわけではない。
とりあえずは今日の4時間目。
総合の時間。
体育館。
スピーチは、
”ロマンチスト”
”僕”
”先生に好かれがち高身長文武両道男”の順
僕はテスト前に勉強はしないし、今日のスピーチも何か文章を用意しているわけではない。
考えているわけでもない。
でも、いつものことだから、舞台にたてば適当に言葉がでてくるだろう、くらいに思っている。
5分前には体育館にいなければならない。
どの学年が最初に列を作れたかを観測される軍隊のようなことをまだやっている。
僕は体育館の舞台に立ったことがない。
大体、立つのは、校長、生徒指導部、生徒会長だ。
スピーチめんどくさいなと素直に思った。
生徒会長となってしまったら事あるごとにスピーチしなくちゃならない
しゃべること自体は僕にとって問題ではないとなると
舞台に行ってまた戻ってくる労力と、校内において一般生徒ではなく生徒会長として認識されることがめんどくさい。
”ロマンチスト”が当たり障りのないスピーチを終えた。
その孤独な背中からは絶対に当選したくないという意思が伺えた。
僕の紹介がなされた。
僕はできるだけ飄々と壇上へ上がり、なんの原稿も出さず、適当な一礼をした。
多分僕は強がりだ。
大丈夫、緊張はしていない。
舞台上からのライト。
三次関数を積分したような形で、列をなす集団のほとんどが僕を見ている。
その他一割は顔を地面に対面させている。一割は周りとお喋りをしていて、もう一割は僕に陰口を言っているように見えた。
僕から見て右手に、腕組をして立っている男性教師
偉そうに座る校長
優しいまなざしは二人の教頭
やはり目立つ、ジャージ姿の”偽善日焼け体育教師”
端に集まって座っているのは女性英語教師の塊
今僕は学校社会を展望している。
礼の後に5秒くらいためをつくった。
これ以上声を発しないと、”ため”とは認識されず、おかしい状況となる
さて、なんて言葉から始めようか
「
みなさんこんにちわ。
今回、生徒会長選挙に立候補しました。
立候補した理由はありません。
なぜなら僕は半強制的に立候補させられたからです。
」
こんなこといっていいのかわからないが
まあ、何も考えていないのだから自然に出てきた言葉で7分間を埋めるしかない。
「
おそらくほかの二人もそうだと思います。
僕ら三人は正直なところそこまで当選する気はありません
」
多少のざわざわ感と、顔を曇らせる教師陣。
「
といっても、学校生活にかかわる重要な選挙ですので、ほどほどには聞いてください。
そして、今の学校についても少しは考えてください。
」
なにか変わったものを面白がるように、みんなの圧を感じる
目が真剣になっているのを感じる
あと6分。
「
私たちは学校のどんなところを変えたいでしょうか。
例えば、朝会は意味がないからなくしたい。とか。
授業中のスマホ使用は認めてもいいなど。
おそらくですが、そんなにかわってほしいとは思っていないかと思われます。
たしかに、陰で先生や学校のルールに対して文句は言いますが、変えようとまでは思っていないはずです。
自分の心に聞いてみればわかるでしょう
そんなみんなのために生徒会長がやることもあまりありません。
やるのは形式上の役割だけです。
」
校長が”偽善日焼け体育教師”に耳打ちをしている
のこり5分。
今僕が普通じゃないことをやっているのは分かっている
そして、”偽善日焼け体育教師”が僕のほうに歩いてきているのも分かっている
僕のスピーチは止められる
でも、ここまできたら、いいたいことは言おう
「
そんな何となくの生活は楽で、あなたたちが望んでいることでもあります。
僕はあえて、それとは逆方向に走ってみたいと思います。なぜなら、日常がつまらないからです。
僕の政策は、学校組織をとにかく破壊することです。
それが良いか悪いかはあなたの判断です。
わくわくしたいのなら僕を応援してください
」
教師が止めに、壇上に上がってきた
あと4分も余っているが
体育教師に反抗などしない。
素直に舞台裏につれられた。
今右耳から、感情的な批判を浴びされているが気にしない。
そんなことより、初めて言いたいことが言えた。
とっても最高な気分だった。
生徒たちはざわついていたし、教師にも反応があった。
人はいつでも、心の奥では変わりたいと望んでいる。
破壊者を望んでいる。
新しいものが見たいんだ。
今までとは違う意外なものが人の心を震わせる。
もし、今回の件で僕の立候補が取り消しになったら、それはそれで成功だ。
生徒会長というめんどくさいことはもちろんやらなくていいし、スピーチでみんなに本質を問えた。
何といっても、さっきのあの3分間は今までの人生の中で一番気持ちよかった。
まとわりついていたすべての恐怖を剥ぎ捨てて、僕は言いたいことが言える人に変わった。
今後、僕は言いたいことを言ってもおかしいと思われなくなる。
体育教師に舞台裏で文句を浴びせられた以外は別に何もなかった。
舞台裏で、ひとりで、3番目のスピーチを聞いた
教科書どうりの語り口だった
が、聴衆のおしゃべりが止まらなかったことだけが、教科書では対応できなかったようにみえる
舞台裏でいろんなことが思考を促した。
次の時間は国語だ。
僕はどういう顔で教室に戻って、どういう姿勢で授業を受ければいいんだろ
もともと同じクラスに友達はいないから今までどうりでいくのか
ちらちら見られるはめになるのか
もしくは生徒指導部に連行されて教室にはもどらないのか
スピーチが終わり
校長の総括だ。
僕について触れることはなく、人の話は静かに聞きましょうという話と、ほとんど意味のない肉づけだけだった。
チャイムが鳴ってこの時間は終わった。
そもそもなんで僕が一人で舞台裏にいなければならないのか
冷静に考えてみるとおかしい
危険人物扱いなのか
でもそうではなかったようだ
教頭先生が歩いてきて、教室に戻っていいよと伝えにきた
言われなくても勝手に戻るわ
と思ったが、僕を見る教頭の顔がなんだかうれしそうだったので
そんな言葉も口には出なかった
できるだけ人がいなさそうなルートで教室に向かった
教室に入るといつもとかわらない感じだった
20分前が想像できないくらい、いつもと同じ教室
何もなかったのかと錯覚してしまうほどだ
多分僕が普段から強がりで、高派気どりしているから関わりずらいのだろう
今の僕は自意識過剰なのか、と一瞬思ったのだけれど、
でもそうじゃない。
あんなに予定調和じゃないスピーチはみんなの頭に残るだろうし、おしゃべりの話題にも出したいだろう。
やはり、僕の前で僕の話をするのがはばかられるのだ。
よって、いつもどうり国語の授業が始まった。
古文は苦手だから、たって音読しなきゃいけない時間いがいは、適当な思索にふける。
ましてや今はそれ以外の選択肢はない。
と思ったのだが、
何もしなくてもいろいろなことを考えてしまう自分に嫌気がさして
意識を古文の読解に集中させることにした
しばらくそうした
真剣に読んでみると、僕にとっても面白いものなのかもしれないと思った。
注釈を見るためにページをめくるのがめんどくさいと思っていたのが、平安時代にはこんな概念を読者は共有していたのかと考えると面白い。
決して得意ではない。
わからないものも、真剣に取り組んでみるもんだなと思った
チャイムが鳴り
意識が思考に戻り、ひと時の休みができてよかったなと思った
しかし、今日はもう考えないと決めた
数学の課題を残ってやらなくちゃいけないし、そもそも立候補が取り下げられるのかどうかを知ってから考えるしかない
同じことをぐるぐる悩んでも仕方ない
深める思考に意味があるんだ
みんなが帰っていくのを横目に
数学のプリントに取り組む。
提出は今日の5時半まで。
教官室前のボックスに提出だ。
学年で成績トップの僕だが、提出物には疎い。
でもやる気になれば8枚の数学プリントなんてすぐ終わる。
できるだけはやく終わらせたいから集中した
気が付くと教室に一人になっていた。
窓の外から夕日が差し込んでいる。
廊下から足音が聞こえてきた。
その足音はだんだん大きくなってくる
やはり幽霊は怖い
小学生のようだが、学校の怪談とか学校の幽霊はなんだありそうな話でもある
すたすた
明らかに幽霊ではなく
ローファーと廊下がすれる音なのに心臓がどきどきする
前の扉がゆっくり空いた
美鈴だ
ぱっと目線をそらすと、右隣の机の上に弁当袋があった
忘れ物を取りに来たのだろう
とても気まずい状況だとおもった
あわてて僕は数学のプリントに目線を落とした
すたすたと足音は近づいてくる
コミュ障の僕にとっては幽霊より怖い音が耳を撫でる
この状況で僕が一切反応しないのも不自然かと思って
ある程度、足音が近づいたのを観測して、
とっさに
隣の机の上にある弁当箱をつかんで美鈴に突き出した
目線を合わせた
夕日に照らされている
「ありがとう。(笑)
今日のスピーチ、私は好きだよ。」
心臓が狂気を帯びながら脈を打った
美鈴は弁当箱を手に取って後ろの扉から出て行った。
スローモーションだった
女子に嫌われるには十分なくらいかわいかった。
このクラスで唯一、事案に触れてくれた。
本当に純粋なんだな。と思った。
部活の終わりを告げる、哀愁漂う校内放送が流れた。
ちょうど6時だ。
教官室の前まで行ったが、やはり提出ボックスはなかった。
教室に戻り、荷物をまとめて、教室を出た。
夕日はもう沈んでいた
部活生の集団がママチャリに乗って僕を追い越した
イヤホンを耳にさして学校の前を歩く。
今日は人生が進んだ気がした
生きている心地がした日だった
こう聞き飽きた曲をまた求めてしまうのはなぜなんだろう
別に高揚するわけでもない
またか、と思うだけなのに
もう夕日など見ても美しいと思わない
薄汚れた下校道と車の音
もっと爽快な自分は存在しえないのだろうか
いつものスニーカーに、いつものブレザー、
何度も何度も繰り返す日々
将来は見えない
不確実だ
橋下にいるホームレスも、スーツを着たあの人も、ストレスをためてそうな夫人も、ちょっとした決断の違いで今に至る
確固とした意志をもって時間を過ごしている人はほんの一握りだ
夢は見つからないことの方が多い
なんとなく時間に乗って、その場の判断で不確実性に身をさらす
こんなことを考えてもしょうがないのだが
どっかで現状を否定したくなる
もっといい時間があるのではないかと思ってしまう
ほとんどの人はそうなのだろう
今の現状で最大に楽しもうとすることが無理に思えてきて、諦めているようで、環境が悪いんだとケチをつけて、もっと努力すべきなんだと自分を鼓舞したりする
自分を鼓舞しても情熱はそう長くは続かず
また怠惰な自分を認めてしまって
なんでこうもっと自由でいられないのだろう
やはり鈍い人間だけが幸せなのかもしれない
こんなことを考えてもしょうがないのだが…
ーーーーーーーーーーーーーつづく
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