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#小説
「洪おばさんと肉まんの夢」 須藤古都離
こちらにゆっくりと近づいてくる洪おばさんの両目が生き生きと輝いているのを見て、私は不思議な違和感を覚えずにいられなかった。こんなに嬉しそうな洪おばさんを見るのは彼女に孫が産まれた時以来だったし、なによりもここに来てからというもの、誰の笑顔も見た記憶がないのだ。もちろん望んでここに来た人などいないのだし、皆が同じ不安を抱え、緊張した日々を過ごしているのだから、洪おばさんの笑みは恐ろしく場違いなもの
もっとみる「一日一度の水やりと」 鴉丸 譲之介
不本意な転勤だった。本社勤務で出世街道まっしぐらだったはずの男は、仕事でミスをしたこともないのに、どういうわけか片田舎の埃っぽい支社に移ることになったのだ。転勤の理由については知らされていない。送別会などもなく、淡々とことは進んだ。
縁もゆかりも無い僻地での新生活。荷解きも済んでいない殺風景な部屋で男を慰めるのは、鉢に植えられた観葉植物だけだ。
『一日一度の水やりと、話しかけるのを忘れないで
「無限距離マイフレンズ」 猫隼
第二次地球暦(コンタクト暦)1774。
アマノガワ銀河系で〈仮想空間基盤〉の標準といえば、というか需要高いものといえば〈TPA(トリニティ・パターンA)〉。つまりは岩石配列(ナチュラル3)、量子配列(クウォンタム)、大気配列(ナチュラル2)の三重式だ。もっとも(例えば地球生物のヒトのような)物質知的生物が利用する場合は、たいてい外側扉の鍵として、電子配列(エレクトリック)のアクセスコントロー
「Snitch& Snatch」 須藤古都離
「逃げろ!」
首相官邸から飛び出したウェスは向かいの通りで待っているホックニーに指示を出したが、ホックニーの反応は鈍く、官邸前の階段を一気に飛び降りて駆け抜けたウェスが彼の背中を軽く叩くまで走り出そうとしなかった。夜の闇を照らすものは薄い月明かりのみで、街に人影はなかった。ウェスが後ろを振り向くと、開けっ放しの官邸玄関から一機の〈虎〉が恐ろしいスピードで二人を追いかけて来ている。トップスピードの
「アンダーグラウンド・ガールズ・ラフィング・エキセントリック・ジョーク」 両目洞窟人間
私が産まれたときには人工知能搭載ロボットが平気で漫才をやるどころか、どっかんどっかん笑いを取って、人間の出る幕無し。お笑いに限らずだけど。
だいぶ昔に地球は荒廃。人類はロボットと猫をつれて宇宙と地下に移住。
偉い人とお金持ちと高性能ロボットは宇宙へ。
貧乏人とおんぼろロボットと猫は地下へ。
超格差世界!
それでも人類は最初、地球を再建するんだ!と頑張ってたらしい。でも早々に心が折れ、宇
「もしも魔法が使えたなら」 橘省吾
5月の終わり。本格的な夏を控えた日曜日の午後二時。季節外れの陽気を避けて、僕は公園の大きな木の木陰で涼をとっていた。樹齢1000年を超えているといわれるその巨木は、まだ中学生の僕を直射日光から守るのに十分な木陰を提供してくれる。
サッと一陣の風が吹き抜け、僕の体表から水分が蒸発していった。とても心地がいい。
その日は慣れない早起きをしたものだから、昼食の後のこの時間、強い睡魔が襲ってきていた
「ユズル」 スナメリ
その暗い太陽、『プロキシマ』については、地球の近くにあって古くから知られているという以上に特に取り立てて言うべきことはなかった。僕が辺境惑星の文化を集めて回る研究者じゃなかったら、そこへ行こうとは思わなかったろう。
だからその小さく地味な恒星の惑星、『プロキシマb』について興味を持っている人間なんか、いまや誰もいなかった。僕はその星について資料をひっかきまわして調べたが、最新の記述ですら千年前の
「恐怖!巨大花!!」 両目洞窟人間
ねこの友達の宮本さんと道でばったり会ったら、彼女の腕の中には植木鉢が1つ。
「春にゃので花を買うことにしましたにゃ~」と宮本さんは言うので、私は「いいじゃんいいじゃん」と言って別れてから数週間後、超慌てた様子の宮本さんから電話。
「鈴木さん!助けてください!フリージやん!フリージやんが!!」
フリージやん、ってのがなんのことかわからなかったけども、とにかく超やばいって思った私は自転車でしゃーっ
「ブルガリでお茶を」 はまりー
合格祝いにご馳走するよ、何が食べたい、そう訊かれたので石、と答えた。電話の向こうで佐和子が爆笑する。あんた、石て、わかんねーよ、いや、わかるけれども。佐和子とは中学からの腐れ縁でつきあった男のホクロの位置まで知っている。互いのことが分かりすぎてもう喧嘩もしなくなった。案の定、次の日新宿のごちゃごちゃした通りに呼び出され居酒屋のテーブルに付くと、わたしの食べたかったものが運ばれてきた。安っぽい皿に
もっとみる「その種族の名は」 梶原一郎
これでもう150冊目か。日記もこれだけ書くと中々に立派な気がする。と言っても大したものじゃない。本当に趣味の範疇で、些細な日常の変化をアナログな方法で、確実に後世に残せる方法として書き綴っている。
趣味、と言ったのは本来の僕の仕事はこのドーム内に広がる、地球から採集した草や木や花……それらの植物をしっかりと枯らさない様に繁殖、培養し経過を記録する事だ。丁寧に育てて、愛で、どんな変化があるのか
「遺物(ゆいもつ)」 渋皮ヨロイ
「今年はちょっと辛口だったかね」
去り際にも同じようなことを言って義父は手を振った。先ほどまで義母お手製の梅酒を一緒に飲んでいた。とは言ってもガラス製のお猪口で一杯味見をしただけで、滞在時間は三十分にも満たない。
「今度、ぬか漬け持ってきます、最近、始めてみたんだよね」
義父は玄関先でまだ何か言い足りないように続ける。そうしながらも少しずつ後ろへ退いていく。私は礼を言って、玄関のドアをゆっくり
「来迎図」 若生竜夜
砂色の丘を廻り、かわいた小径のたどりつく先。冷たい湖の島に、あなたはたたずんでいる。灰色の幹のあなた。たくさんの枝を揺らすあなた。
あなたはいつも、枝先から走る火花にキラキラしている。陽光のようにも、月光のようにも、静かに降る星の光にも似た、電子の火花。わたしは今日も小径をたどり、きらめくあなたに会いにゆく。そうしてあなたと得る赦しを、迎えにくる船を、待ちわびて岸辺に立ちつくす。
ひとしきり
「セルロースの娘」 須藤古都離
私がマウリグ工業団地を一夜にして廃墟にしてしまったのは、十二歳になったばかりの頃だった。港湾近くにある交通の要衝として古くから栄えた都市の工業団地であり、私の両親も物流会社の倉庫で働いていた。なんでこんなことになってしまったのか、いまでも理由は分からない。工業団地は真夜中に突然現れたジャングルに飲み込まれてしまったのだ。まるで火山からマグマが噴出するように、大地を覆っていたコンクリートは生えてき
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