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スナイパー・スナイパー

 朽ちかけたビルの屋上に二人は立っていた。一人は心許なげに、一人は自信に満ち溢れて。
「おまえのせいで何回職質を受けたと思ってるんだ? そもそもなんでそんな格好で来た?」
「キャットスーツの何が問題なのよ、叔父さん。それに胸元のファスナーをちょっと開けたらみんなすぐに解放してくれたじゃない」
「造りもんなのにか」
 女が男を一瞥すると、男は黙ってしゃがみ込み置かれていたベース用ギグバッグのファスナーに手をかけた。
「こんなオンボロビルから狙うなんてどうかしてるわ」
「仕方ないだろ。他のカッコいいビルは警備の奴らでいっぱいなんだからな。そもそも狙撃にビルが古いかどうかなんて関係ないだろ」
「好みの問題よ」
 そのビルからは式典セレモニー会場のステージがやっと見える程度だった。男はそれには答えずスナイパーライフルの設置を始めた。
「そんなので本当に狙えるのかしら」
「ふざけんな。おまえが重いのは嫌だっていうからわざわざ軽いのにしたんだぞ! 本当ならM82にしたかったのに」
「おもちゃみたい」
「SAKO TRG42とフィンランド軍に謝れ」
 女はふんと鼻を鳴らすとステージ上を眺めた。式典が始まった。司会はでっぷりとした中年女性で、真紅のドレスを身にまとっていた。これでもかという厚化粧がオンナとしてまだ諦めていないというギラつきを物語っていた。
「センス無さすぎ」女は呆れたように呟くと手入れの行き届いた長い髪をかき上げた。長身と凹凸のあるグラマラスなボディにキャットスーツはよく映えた。
「こんなところから大統領を狙おうだなんてマジでセンスない」
「センス関係ないからな。結果が全てだ」
「なんで大統領を狙うわけ? 政治的な思想の問題?」
「そんなのどうでもいいわ。高額な依頼だっただけだ」
「誰からの依頼?」
斑目まだらめ総一郎」
「その人だったら大統領と一緒に壇上にいるけど」
「は?」
 男は慌てて壇上に目を向けた。大統領とは反対側に座る斑目を見つけた。斑目はどこをどう辿ったのか男に大統領の暗殺を依頼してきた。高額の報酬だったのもあるが引き受けたのはそれだけではなかった。
「斑目総一郎って斑目興業のトップじゃないの?」
 男は「まあ」と曖昧に答えて弾倉をセットしてスコープを覗いた。斑目の意味深な言葉を思い出していた。高額の報酬と共にここにいる姪の名前を告げてきたことに。だがそれ以上のことは分からなかった。斑目は表向きは大きな会社の代表だ。裏の顔があることは明確には掴めていなかった。
「──斑目ってSSSファミリーのトップだって。なるほどねえ」
「はあ?」
「しかも裏では若い子を拉致して海外に売り飛ばしてだいぶ稼いでるって」
 男は慌てて顔をあげた。隣では姪がスマホの画面を凝視していた。
「そんな怪しげなネットの情報を鵜呑みにしてるのか?」
「怪しげじゃないわよ、7年以上服役した人じゃないと入れないコミュニティサイトの情報」
「なんでおまえがそんなとこに出入りできるんだよ、服役したこともないくせに」
「元彼から教えてもらったの。服役中は自由にログインしていいって」
「どんな奴と付き合ってるんだよ!」
 大きく沸く会場の拍手が風に乗って聞こえてきた。男は慌てて会場に目を向けた。壇上では斑目のスピーチが始まっていた。
「──あ、変な趣味もあるみたい。飼ってたハムスターを丸焼きにして食べたって」
「はあ!?」
 男の指に力が入り引き金が引かれた。
「ハムスターって俺のユメとヒメの仲間じゃねえかっ!」
 引き金を引く指の力が緩むことはなかった。鈍い音が響いたが会場まで届くことはないだろう。
「叔父さんの家族ペットとは種類が違うみたいだけど。見て! まるでダンスしてるみたい!」
 弾丸は斑目の足元に狙いを定めるように落ち続けた。
「あはは。ヘンテコダンスをご覧くださいってかんじ!」姪は声をあげて笑った。斑目は操り人形のように不恰好に跳ね続けた。司会の中年女性が顔を顰めた。舞台袖からはスーツ姿のSPらしき男達が姿をあらわした。会場がざわめき始めた。
 ふいに轟音が響き渡った。次の瞬間、斑目の頭が吹き飛んだ。脳漿が飛び散り、中年女性の顔にべっとりと張り付いた。雄叫びが響き渡る。
 二人はすぐに音のした方角に目を向けた。その先は最先端のデザインが施された洒落たビルだった。そこに立っていたのはトレンチコートの背の高い男だった。
 トレンチコートの男は優雅にスナイパーライフルをアルミのライフルケースに仕舞った。そしてゆっくり二人に目を向けた。
「──ジョージ南原」それはかつて一度だけ見た顔だった。
 南原は二人に投げキッスを送ると颯爽とその場を去って行った。

「……かっこいい」
「は?」
「ジョージ南原ってカッコいい! めっちゃイケおじ!」
「冗談だろ。ただの初老の狙撃手スナイパーだし、俺とそう変わらん。ちょっと腕がいいだけだ」
「ちょび髭のおじさんとくらべないで」
 いや、歳はそう変わらないし。仕事歴もそう変わらんぞ。ただちょっといいライフルを使ってたくらいで。
「俺だってM82A1を使えてればカッコいいっての」
 姪はさっさとライフルをベース用ギグバッグに詰め込んだ。
「もう行くよ! ぐずぐずしてるとライブに間に合わなくなっちゃう!」
 あのビルの警備体制は完璧だった。蟻んこ一匹漏らさないくらい隙がなかった。そこを易々と通り抜けたということは内通者がいたということだ。大統領は斑目の裏をかいたということか。
「行くよー!」
 姪が扉の前で叫んでいる。
 報酬は手に入らなかったがいいものを見せてもらったな。男はふと微笑んだ。

 fin


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