届かない未来と過去へ捧ぐ。(後編)
1日目
この日は主人公のパートナーの撮影だ。
例によって家ロケは予算の都合上用意できないので、マサの家を借りた(何回目?笑)。
12月に入って2週目だったと思う。
朝9時ごろだったか。
現地に集合し撮影を開始する。
この時マサは作曲による疲れから別室でずっと寝ていた。
だいぶ撮影でごちゃごちゃしていたのに
撮影が終わる15時くらいまで一度も起きてこなかったので、
相当疲れてたのだろう。すまんな毎回。
前回お伝えした通り、このMVは結末から始まる逆再生作品なので、中身も全部逆で考えなければならない。
ただMV制作の都合上、音合わせで撮らなければならない部分もあり、
映像を逆再生にしたらどうなるかを想定しながら撮影しなければならなかった。
これが大変難しい。
当たり前だが、実時間は順行に進むので、
芝居や演技も順行でやってもらう必要がある。
その為事前にカメラマンの福田さんとかなり打ち合わせをしたが、
当日も頭を抱えながら撮影する事は必至だった。
「Yunoさんー、これ逆再生にするとどうなるんでしたっけ??」
「えっとー、右から左に動くようにしたいからカメラ自体の動きは左から右へ振ってください」
このような会話が延々と続く。
彼女が電話に出るシーン。
本編を見ていただいた方にはお分かりいただけるだろうが、こちらは主人公が砂漠で電話するシーンの電話相手となっている。
「もう街には戻れない」と突如伝えられてしまう彼女の戸惑いをここでは表現した。
リアリティを増すために実際の電話相手が必要だと言うことで、実は僕が電話相手をしている。
大根役者とも呼べないくらいの演技なのは間違いないが、なんとか乗り切った。
撮影は午後2時ごろには終わり、
いつもの辛い撮影現場とは変わってすごく健康的な1日でしたね、と撮影チームで話したのを覚えてる。
(本当にこの時は何度も言うが撮影日を分けた事が正しいと思っていた。しわ寄せが来ることもつゆ知らず。笑)
諸々撤収作業を終え、永眠していたマサを現世に呼び戻し、近くのインドカレー屋で昼食を取った。
インドカレーといえば鉄板はナンで、カレーはもちろんキーマカレーだろう。
何気なく入ったお店はとてもよく、
「今日は本当にいい日だ」とみんなが思っていた。
僕と木部くんはナンのおかわりをした。
最後に、次の撮影で使用する車の内装を確認するために、テストランを行なった。
これは主人公が都会の街から郊外へ逃げるための足で使われるものだ。
レンタルするだけの予算もなかったので、
木部くんのご実家の車をお借りした。
そこで登場した車は真っ白なBMWだった。
「夢半ば倒れた青年ってこんないい車乗るっけ?笑」
「きっと実家が太いんですよ。」
「そんなバカな笑」
「あー、確かに木部くん実家太いね」
「え、僕がですか!?」
と他愛もない会話。
年末に押し寄せる地獄の撮影に向かっていることも知らず足取りは軽く、解散した。
二日目
ついにDannie Mayの撮影史上一番過酷な(多分この先もない)撮影が幕を開ける。
この日は主人公パートを撮り切る日だ。
撮影地は都内某所から、千葉の館山へと変わる。
夜都内で撮影し、明け方千葉で撮影し解散。
当初のスケジュールだと撮影時間的にはそんなに長くならないため、あまりキツくないだろうとみんな思っていた。
"みんな、思っていた。"
事前にロケハンした千葉館山では、
こんな場所にこんな砂漠が??
と思うほど素敵なところで、こんなに広々と撮影できるのは今まで空間が狭くしか使えなかったDannie MayのMVにとってはまた新しいものになると思った。
中でもススキで作られた道は光の入り方がとても綺麗で、絶対使えると思った。
ただ、この場所はかなり砂漠が急勾配になっており、ススキ側から砂漠の撮影地に向かうにはかなりの距離を上がらねばならず、最後は崖を登らねばならなかったため、
こちら側から機材を運ぶ事はできないなと思った。
ススキ側から見た砂漠。画像左上に向かって上がっていくのだが、写真では伝わりづらいが相当な距離がある。徒歩10分くらいか。
よって、反対側から上がろうと言うことになった。
しかし反対側は反対側で、近道の代わりに傾斜が80度くらいあるんじゃないか?と言うくらいの急な坂を登らねばならなかった。しかも砂山の。
あまり伝わらないかな、とにかくこの砂山の坂がきつい。
ここを機材を持って上るのはきつくなるだろうとはこのロケハンの際も思っていた。
しかし本当にロケーションは非の打ち所がないほど良かった。
スケジュール的にも夜から明け方だし、時間的にはそんなに大変ではなかったから、
撮影が待ち遠しかった。"はずだった。"
忘れてはならないのが、
以前にもお伝えした通り
僕が雨を呼び寄せる男だと言う事。
撮影日当日、千葉館山市のみ局地的な豪雨の予報がしっかり出ていた。
こんな呑気にロケハンしていたのが懐かしい。
18時。
都内某所にて集合した木部、福田、僕の3人は機材をピックアップしたのち、
演者である珠理くん、協力してくれるジャンゴ、タリラ、
主人公が捨てたCDを拾う役のマサと合流し、
撮影を開始。
21時。
最初の撮影は車中のシーン。
主人公が夢の街東京から抜け出すシーンだ。
撮影は順調に終了。次の撮影地に向かう。
0時。
このシーンでは自身のデモCDを捨てた主人公が
走り去る。そのCDをマサが拾う場面を撮影する。
この辺りから正直雲行きが怪しい。
若干撮影時間が押し始めた。
本来終電でマサとタリラを帰すはずだったが、
機材の調整で時間がかかり、タリラは先に帰したが
マサは電車が間に合わなかった。
毎度すみません。笑
このシーンでは、橋の上を走り去る為カメラもそれについて行かなければならない。
もちろん車で並走させる等と言うのは僕たちの規模感的に無理なので、自分たちの体に初期装備されてる脚に頼るしかない。
重たいカメラを抱え、走る福田さん。
何度かテイクを重ねるともちろん腕がキツくなる。
その為途中から木部くんが代わりにカメラを抱え走った。
この時点で福田さんの腕はパンパンになり、
何故か知らないがテンションがハイになり、
12月末と言う極寒の中福田さんは「暑い」といい出しインナー1枚になり始めた。
ジャンゴが怪訝そうに「大丈夫ですかそれ!?」と聞く。
福田さんは動悸がすると言って、Apple Watchで呼吸を整えていた。
大変申し訳ないが、ちょっとだけその光景が面白かった。
さて、無事に撮影が終わり館山に向かう。
午前4時。
次のロケ地へ着き、日の出が出るまで待機する。
早寝早起きが基本の僕からしたらこんな夜中なのか明け方なのか分からない時間に目を開けているのは
辛すぎた。
日の出までしばしの仮眠を取ることに。
6時。
ついに天気が牙を剥きはじめる。
都会から逃げてきた主人公が車を乗り捨て、
ここから闇雲に歩き始めるシーン。
本来であれば朝焼けがとてもきれいに撮れるはずの場所で、幻想的になるはずだった。
ロケハンの時には見たこともないような朝焼けが一面に広がっていたのに。。
しっかり曇ってしまった。
ただまあこれはこれで主人公の晴れない気持ちを表しているかのようで良いシーンにはなった。
海辺のシーンを撮り終えた直後、遂に雨が降り始める。
8時。
ぽつぽつと降り始めた雨は次第にけたたましい音と共に豪雨に変わり、車から出れるわけないほどの雨が僕らを囲う。
本来であれば、この時間から砂漠のシーンを撮って終わるはずだったのだが、流石にこれでは撮影出来ないので近くの駐車場で2時間待機することに。
もうこの時点で皆疲れ始めており、止むのか止まないのか分からない雨に不安を抱えながらただ待つことしかできなかった。
10時。
雨が止む。
「今だ!!」と機材を手にあの砂の傾斜駆け上がる。
しかし、雨の後の水分を大量に含んだ砂漠は僕たちの足をなかなか掴んでは離してくれない。
余計に体が疲れる。
徹夜した最後にこの仕打ち。
坂を上がり切った時には撮る前からもう既に疲れ切っていた。
しかしこの日はこれだけでは終わらせてくれなかった。
豪雨が再度襲来。
機材を上に運んだのに、
既に何時間も押しているのに、
みんな疲れ切っているのに、
豪雨が再度襲来。
絶望以外の何者でもなかった。
今日みんなこれ生きて帰れるのだろうか。とさえ思った。
しかも今回は砂漠の上に機材を運んでしまった為、豪雨の中機材がダメにならないか見張りをつける必要があり、
その役の人は豪雨の中砂漠で立ってなければならない。
いつ止むのかも分からぬ雨の中で、、
交代で機材番をする。
そんな中、ジャンゴと木部くんは雨の中で楽しそうに作品撮りをしていた。
そんな元気ないよまったく、、、笑
そんなこんなで雨は止み、
遂に撮影開始。
もう今やるしかない。
今撮り切るしかない。
身も心も既に現世にある気はしなかったが、
幸い、カット数はそんなになかったので始まってしまえばすぐに終わった。
13時過ぎ。
ついに撮影終了。
もう本当に歓喜。逆に歓喜しか言えないくらい歓喜。
ただまあ、ここから再度この砂の斜面を重たい機材を運びながら降らないといけなかったのだけど。
もう靴も重いし砂がつくのもいい加減焦ったいので靴を脱ぎ裸足になった。
湿った砂の感触は幼少期の記憶を思い出させてくれた。
海の街で生まれ育ったあの頃の感覚を忘れていた。
無邪気に自然を感じられていたあの頃。
コンクリートジャングルに染まり大人になってしまった僕はなんだか哀しくなった。
目の前の事に必死になりすぎて、
大切なものを見失ってしまっていたから。
そうだ、本当に好きなものと向き合うってこういう事なんだ。
初めて砂浜に立った時の感触。
海の匂い。
下り坂を自転車で降りた夏。
テトラポットを見ながら食べたカレーパン。
鳶に持っていかれたこと。
目を追えば眩しかった日差し。
こんなにも世界は彩深いにも関わらず、
自分から無色のものにだけ目を当ててしまっていた。
そう思った瞬間。
「もうこんなつらい撮影は2度とやめよう」
と誓った。
もちろんみんなでやり切ったという達成感はあった。
協力してくれたみんなで啜った15時のラーメンは心と体を満たしてくれたし、
絆はより深くなったことは間違いない。
ただ、全く健全じゃないとも思った。
24時間ぶっ通しの撮影。
皆が無事に帰れたことは奇跡に近かったからだ。
ここではあえて多くは語らないことにする。
またきっと、伝える機会がちゃんとある。
全てが終わったのは18時ごろだっただろうか。
24時間フルで撮影し続けた年末が幕を閉じた。
三日目
1/6。
この日はタワレコ渋谷店で2nd EP「DUMELA」のリリースイベントがあった日。
最後のシーン。演奏パート。
ライブリハが走る前に会場入りし、撮影を開始。
もうあの24時間を過ごした僕達撮影チームには
何も怖いものはなかった。
始まってしまえば、「あ、もうこれで終わり?」と福田さん達と顔を見合わせるほどだった。
バンドシーンをただ普通に組み込みたくもなかったので、少しノイジーな質感でここだけ映像を順行で入れた。
ストーリー的には一番新しい時間軸になる。
夢半ば敗れた主人公の想いを引き継いだDannie Mayが、音楽によってその想いを未来へと繋ぐ重要なシーン。
くどいが、兼ねてから物語と並行してアーティストの演奏シーンが単に入るだけのMVだけは本当に作りたくなくて、アーティストを当時させるとしても必ずストーリー性に沿うような形でやるように決めていた。
アーティストもMVの世界感の一部となっている作品で僕が特に好きなのはビリージョエルのUptown Girl。
陽気な曲調にガソリンスタンドで働く男たちの演劇感がたまらなく好きなのだ。
もとい、上述した通りそんなこんなで今作はちゃんと我々Dannie Mayの演奏シーンを入れる為の理由があった。
ようやくMVに出れる事を彼らも喜んでいた事だろう。
そして遂に合計三日間にわたる撮影が終了した。
いつも1日に全てを詰め込みすぎて大変だったので、撮影日程を分けれるような作品にしてみたら過去一番辛い撮影になったという備忘録。
思い返しても、想い馳せても、どちらにも届かぬ
過去と未来へこの備忘録を捧げる事にする。