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【短編小説】 シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム #同じテーマで小説を書こう

「はぁ。やっと終わった」

 荷解きと掃除を済ませた僕は新居でひとりごちる。

「結局来ないじゃん。手伝ってって言ったのに」

 僕がここにいるはずの人に文句を吐いていると、タイミングを見計らったかのようにドアホンが鳴った。きっと彼だ。
 玄関へ向かいそっとドアを開けると茶色い大きな袋を抱えた男性が立っていた。
 光輝く金に染められた短髪。左右の耳につけられた黒く丸いピアス。無愛想な顔で僕を見下ろしながら彼は言った。

「終わったか?」

「終わったかじゃないよ!手伝いに来てって言ったじゃんか!」

「引っ越しの手伝いとかダルいしいいわ。代わりに飯作ってやるから許せ」

「元晴はいつもそうだ」

 文句を言いながらも彼を家に招き入れ、お茶を入れる僕。

「店上手くいってるの?」

 僕が尋ねると彼は袋の中身を取り出しながら答えた。

「あたりめぇだろ。俺を誰だと思ってんだよ」

「はいはい。そうだね。元晴は天才だもんね。失礼しました」

「お前。バカにしてんだろ」

 僕と彼は料理の専門学校で出会った。
 内気な性格の僕は他の生徒とまったく交流がもてなかった。
 そんな僕に唯一声をかけてくれたのが彼だ。
「真面目に料理してるやつはお前くらいだ」と言われたのが最初の会話だった。
 それから僕と彼は毎日のようにどちらかの家へ集まり料理の研究をするようになった。
 でも卒業間際になって僕は料理人の道を諦めようと思うようになった。
 元晴と料理の道を突き詰めていくにつれて、僕の心は細く小さくなっていった。
 僕は元晴のように才能のある人間ではなかったし、努力するのも苦手だった。
 これから進もうとしている道が恐ろしくなって、僕は逃げ出した。
 僕が元晴に料理人の道を諦めると告げたあの日。人一倍、料理と向き合ってきた彼とはここでお別れだろうと思っていた。
 だけど、彼から思わぬ言葉が返ってきた。

「おい直緒。食器どこだよ」

 物思いにふけっていた僕は元晴の声で現実に戻された。

「……ないよ。これから買おうと思ってたし」

「は?これから?」

「引っ越しついでに木製の食器に変えようと思ってたんだよ」

「……お前といい、親父といい。なんでわざわざ管理のめんどくせぇもんにすんだよ」

「わかってないね元晴は。センスがない」

「は?」

 元晴の怒気の孕んだ声を華麗にスルーし、僕は何を作るのか彼に尋ねた。

「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム」

 ※

「僕の家だぞ。なんで追い出されなきゃいけないんだ」

 頬を膨らめながら歩みを進める僕。食器を買いに行かなきゃいけないので外に出るつもりではいた。
 だが、元晴に追い出されたのは不服だった。

「ここか。親父さんの工房」

 僕が向かったのは元晴の親父さんがやっている工房だ。
 元シェフの親父さんは元晴に店を譲った後、この工房を開いて木製の食器を作っている。

「こんにちわ」

「おぉ!直緒君やんか!元気しとったか?」

 快活に笑う親父さんは頭に鉢巻きをして、緑色の作業着を着ていた。

「あ!それスプーンですか?」

「そうや!ええできやろ?」

「はい!金属製にはない柔らかで滑らか感じがとても好きです!」

「そうやろ!そうやろ!さすが直緒君や!」

 そう言って親父さんは豪快にガハハと笑った。

 ※

 僕と親父さんはしばらく『木製食器談議』で盛り上がった。
 普段は見られない制作途中の食器を眺めながら永遠と語っていたかったのだが、元晴から「はやく帰ってこい!」と電話がきて止むなくその場はお開きとなってしまった。
 工房の隣には完成した食器を販売するお店が併設されていて、僕は目を輝かせながら隅々まで食器を漁り大量に購入した。
 購入したと言っても「全部元晴に払わせるから」と親父さんが言ったので、僕は1円も払っていない。
 僕が「食器談議楽しかったです!」と言って立ち去ろうとした時、

「直緒君。元晴と友達になってくれてありがとうな。アイツ小さい頃から料理しかしてこんかったから、友達なんていなかったんよ。だからこれからもアイツのこと支えてやってくれや」

「はい。任せてください!」

 僕は胸を張ってそう言った。

 ※

「ただいま」

「おせぇ。はやく食器よこせ」

 帰宅するなり僕にそう言ってくる元晴。部屋には僕のお腹を刺激するいい匂いが漂っていた。

「ねぇ元晴。僕本当に……」

「話は後だ。とりあえず座っとけ」

 大人しく席についた僕は元晴が作った長ったらしい名前の料理を眺めながら、さっきの続きを口にした。

「本当に元晴の店で働いていいの?」

「いまさらなんだよ。嫌なのか?」

 料理人を辞めると告げたあの日。
 元晴から言われた言葉。それは、

「俺が店引き継いだらお前、雇うから」

 だった。

「とりあえず食え」

「うん」

 僕が一口目を頬張った瞬間、

「……お前がいねぇと物足りねぇんだよ」

 元晴がボソリとそう言った。
 僕の口の中に知らない味が広がった。


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