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【短編小説】 本の演奏者
僕は幼い頃から人見知りで、人と仲良くなるのが苦手だった。
小学校の時、体育の授業で組む相手はいつも先生だし、遠足の時も手を繋いで歩いた相手は先生だった。
そんな僕は休み時間になると、誰よりも早く教室を出て、図書室に入り浸っていた。
遊びたい盛りの他の生徒は外で遊んだり、教室でお喋りしたり。図書室に来る生徒は少なく、いつも図書室にいたのは僕を含めても両手で足りるくらいの人数しかいなかった。
僕も内心では友達と遊んだり、喋ったりしたい気持ちはあった。でも、僕がいると邪魔なんじゃないかと思ってしまい、その輪に入るのが怖くてできなかった。
そんな僕がひとりで居ても気にならない場所が図書室であり、学校で唯一の癒しの場だった。
高校生になると放課後は最寄りの図書館にも通うようになった。さすがに学校の図書室とは違ってたくさんの人がいたけれど、少し緊張するくらいだった。
僕は本を選ぶ時、棚に刺さった本の背表紙に人差し指の腹を当てて、隣の本へ滑らせながら選ぶのが好きだった。それは大人になった今でも変わらない。
ピアノみたいに奇麗な音はならないが、背表紙をなぞっている時のスサササササという音はいつまでも聞いていられる自信がある。
ある日。僕はいつものように下校途中に図書館へ寄った。借りていた本を受け付けで返却し、本棚の立ち並ぶ通路を歩き、ライトノベルの置いてある棚で足を止めた。
今日はどれにしようかと、本の背表紙に指を当てて滑らせ始めた。静寂な図書館にスサササササと小さく音がなった。
でも僕はその音が、僕の指とは別の方から鳴っているのに気づいた。棚の反対側、僕の正面からだった。
それに気づいたのは僕だけじゃなく、反対側にいた人も気づいたのか、同じタイミングで滑らせていた指を止めた。
僕は棚の隙間からそっと向こう側を覗いた。
そこにいたのは、他の学校の制服を着た女子だった。僕は思わず目を逸らし、その日は何も借りずに図書館を出た。
次の日も図書館に行った。昨日の事はきっと偶然だし、今日はきっと彼女はいないだろうと思いながらもどこかで期待していた自分がいた。こんな気持ちは初めてだった。
僕はまたあの棚で本を選び始めた。スサササササ。その音は今日も重なった。
僕がそっと覗くと、彼女がからかうように微笑んでいた。
それからというもの僕は本を借りるだけでなく、彼女に逢うために図書館に通った。
当然僕から彼女に声をかけることなんてなかったし、彼女も本の演奏を終えると、すぐにどこかへ行ってしまう。
終ぞ僕らが言葉を交わすことはなく、高校を卒業し、僕は県外の大学へ進学した。
数年後、僕は地元へ帰って来て、今は小さな本屋さんを営んでいる。
お客さんの入りは少ないけれど、毎週、小学生くらいの子供たちが来て、最新号の週刊誌を買っていく様子を見ているだけで嬉しい。
僕はその日、本棚の整理をしていた。作者名順に並べているのに、それがバラバラになっていると気になってしまうのだ。
いい加減なお客さんもいたもんだと心の中で思いながら、背表紙を奏でながら作者の名前を確認していく。
すると、あの日のように僕の隣でスサササササと音が重なった。
僕はからかうように笑う彼女を見て言った。
「お久しぶりです」と。