【ショートショート】 ドアノブの付いた看板
「お腹すいたなぁ〜」
自宅まではあと少し。
だが、それまで我慢できそうにない。
なにより運転中だ。こんな状態で車を走らせるのはよろしくない。
ふと看板が目に入った。そこには美味しそうなハンバーガーが描かれていた。
こんがりと焼かれたバンズ。みずみずしいレタスとトマト。いかにも肉汁が溢れ出しそうなパテ。僕はすぐさまコインパーキングへと向かった。
駐車してすぐ、例の看板へと向かった。
看板の前に立ち、腰ほどの高さに備え付けられた『ドアノブ』を回した。
「いらっしゃいませ〜」
看板を開いた先は、ハンバーガーショップだった。後ろ手でドアを閉め、注文をした。
そのあとすぐに次のお客さんが来た。ドアを開けっ放しにしたので、夜風が吹き込み、ぶるりと震えた。
看板に『ドア』が付いてからというもの、それまで各地にあったコンビニはなくなった。
その代わりに、あらゆるお店が看板を建て始めた。出店側は、看板を建てるだけでいいので、店舗のための広い敷地を必要としない。
あらゆるお店が、手広くやってくれるおかげで、食費が増えた。あと体重も増えた。
「おまたせしました〜」
商品を受け取り、意気揚々と外に出た。
「……どこだ、ここ」
空腹のせいで肝心なことを失念していた。
このシステムには、致命的な欠点があった。
それは、看板のドアを一度閉めてしまうと、外界と店内を繋げていた通路が遮断されてしまい、元の場所に戻れない。
僕はしっかりとドアを閉じてしまった。
出た先は、次に入ってきたお客さんの入口だった。
結果、コインパーキングの料金に加え、ここまでの交通費も支払うはめになった。
自宅まで我慢しておけばよかった。
(了)