ショート恋愛小説 | 野良猫男子。
■このミニ小説は、2022/05/26にTwitter上で枝折さんと詠み合った連歌をモチーフに、ゆにおが書いた短い小説です。連歌と見比べてお楽しみください~。
ショート恋愛小説 | 野良猫男子。
満月の夜、渋谷。
井の頭線の駅に向かう途中で、野良猫みたいな男を拾った。
明らかに年下。
右耳のピアスに、ゆるくパーマの掛かった髪の毛。ラフな服装。
交差点のところの喫煙所で煙草をふかしていた時から、煙越しに私を見ていたのを知ってる。
男の視線はわかりやすい。
何度か目が合ったことも、
私のあとをふらふらついて来ていることも気付いていたけれど。
期待されるのは嫌い。
男から声を掛けてくるまで、私は振り向いてなんかあげない。
だから、ちゃんとそっちから話しかけてきた時は、きみ、えらいねって思った。
男は無視されなかったことに、心底ほっとしたように見えた。
きっと年上の女が好きなのだ。
そういう男って、いる。
そして、こういうふうに興味を持たれることも、
声を掛けられることも、初めてではない。
◇
男はそのまま私の部屋まで着いてきた。
はにかみ笑いの照れ屋だけど、人懐っこい男だった。
彼もきっと、こうして見知らぬ女に拾われてそのままベッドに入るのは、決して初めてではないのだ。
「ねえ、お姉さん。名前、何?」
「えー、それ、今聞く?」
「うん。むしろ今だから、知りたいし。イク時、呼ぶから」
「やだぁ、キモイ」
「嫌だ?」
「いいよ、お姉さんで。こういうの、名前、知らないからいいんじゃん」
「知らないほうが燃える?」
「燃える」
「わかった。じゃあ、聞くのやめた」
こういうことする相手に、あれこれ聞かれるのは好きじゃない。
お互いに心を開き合い、仲を深めていく恋愛と、
今夜みたいなインスタントな関係は、全然別物だと思うから。
たとえ「やること」は同じでも。
ただだまって、詮索せず、甘い息を弾ませ合う。それがいいんじゃない。面倒なことは抜きで。
女だってたまには、そういうことがしたいのだ。
それが今の私の気分。
じゃなきゃ、こんな素性の知らない男をいきなり部屋に招き入れたりはしない。
◇
翌朝、男は私のLINEも訊かず帰って行った。
とても早起きで、それがちょっと意外だった。
仕事中ふわっと昨夜の行いが胸の裡に蘇って、
あーほんとゆきずりだったなーなんて思った。
すると、夜、男が玄関に立っていた。
「スーツじゃん! きみ、働いてんの?」
「そりゃそうだよ」
「ヤバ。何歳? もっと若いかと思ってた。授業あるから早く帰ったんかなーって」
「まあ、よく下に見られるけど」
「仕事だったんだね。ねー、それピアス! 会社はそれあり?」
「仕事中は外してるよ」
砕けた会話。
妙に合うリズム。
――昨日、裸を見せ合ったからだろうか。
そして男は、当たり前みたいに私のあとから部屋に入って来て、
当たり前みたいに上着を脱いで、ネクタイを外した。
その仕草があまりに自然だったので、
私もそうするのが当たり前のような気がして、部屋の灯りを消した。
すると、ただちに身体の芯から昨日の熱が蘇り、速やかに全身へと広がった。
気付けば、私は闇の中で彼とベッドになだれ込み、昨夜以上に激しく求め合った。
◇
「名前は?」
「うざ」
「いいじゃん」
「……こういう関係の人には、素性知られたくないの。
きみのことも、あれこれおしゃべりしないから気に入ったのよ」
「会社名とかは、聞かないから。SNSも絶対探さないし。
下の名前ないとさ、雰囲気出ないじゃん」
「うーん……」
「俺は、ハヤトだよ。本名」
「ハヤト……」
「そうそう。お姉さんは?」
「……さおり……」
「本名?」
「…………」
「ねえ、俺どこ住んでるか知りたい? あと、俺の会社とか仕事とか」
「いいよ、言わないで。だってうちら、付き合うわけじゃないじゃん」
「……そっか」
「うん」
「さっちゃん」
「んー?」
「さおりだから。さっちゃんって呼ぼっと」
◇
それからハヤトは、私の部屋に通ってくるようになった。
通うというか、住み着くというか。
私はハヤトの彼女じゃないから、彼の食事の用意も洗濯物もやらない。
というか、私はもともと家庭的なタイプじゃない。
「晩ご飯ウーバー頼むけど、ハヤトも一緒に頼む?」
「何たのむー?」
「エスニック!」
「うん、じゃあさっちゃんと同じのする」
「ちょっと、ハヤト洗濯物ためすぎ。
私のと一緒にコインランドリー出してきて」
「うん。わかった」
「プリペイドカード、そこにあるから」
ハヤトはとにかく素直だし、セックスもいい。
このノンストレスな同居生活。
一時の関係のつもりだったけど、私はだんだんハヤトに心惹かれていった。
たぶん、そんなめちゃめちゃ稼ぎのいい仕事してるわけじゃないだろうな。
若い以外にそんな取り柄があるわけじゃないし。
でもなぜか、この子と一緒にいるのはすごくラク。
こういうの、「持続可能な関係」ってやつ?
しかし、私はハヤトに本名を教えていなかった。
「付き合うわけじゃない」というガードも張ってしまっていた。
だから、この関係に名前をつけるとすれば……セフレということにしかならないだろう。
今から、二人の付き合いを真面目な関係にすることはできるのだろうか?
私からは……言えない。
私が真剣さを見せた途端に、ハヤトは逃げ出してしまいそうな気がする。
彼もきっと、この無責任で気楽な関係に癒されるから私の部屋に居着いてるんじゃないの。
それとも……?
もし、実は私と同じ気持ちになっていたら――?
まさか。私からは聞けない。
◇
「さっちゃん、さっちゃん」と呼ばれるたびに、もやもやする。
それは、私が教えたのは、嘘の名前だから。
そして、ハヤトだってそんなこととっくにわかっているくせに。
フェイクという枷――この枷があるせいで、二人はまともな恋人同士に、もう絶対なれないような気がした。胸が苦しかった。
私は一人で勝手にイライラして、ハヤトに辛く当たるようになった。
◇
それから――
残されたのは、ハヤトの白いワイシャツ。中身が3本残った煙草の空き箱。
ハヤトは、帰ってこなかった。
いつも通り「会社行くね」って出ていって、それから二度と。
当たり前みたいに、戻ってこなかった。
最近は、ハヤトのスマホがよく鳴っていた。
「誰?」
聞きたい。でも聞けない。耳を塞ぎたいほどの、捩じ切れそうな気持ち。
だって、私は「何でもお互い聞くのはやめよ?」って最初に言ってしまっていたから。
この、抜け殻みたいな一枚のシャツ。
それが、連日の着信音の答えの全てのような気がしていた。
私が知ってるのは、ハヤトって名前だけ。
苗字も知らない。
LINEも知らない。
会社も、住んでる場所も、年齢も、出身地も。
それなのに、一緒に暮らしていた。
昼も夜も、抱かれていた。
全部、幻みたいな関係だった。
でも今、私の頬には流れているのは紛れもない熱い涙。
一切の嘘偽りない、本物の感情。
私は、強い女なんかじゃなかった。
都合のいい関係を、愉しめるほど大人じゃなかった。タフじゃなかった。
私は、強くなれない、この先もきっとずっと。
自分が一番、それをわかっているはずなのに。
強がって自分を守ろうとしてた、それこそが、
私が弱い証拠じゃないの。
◇
今さら泣いても、無駄なのに。
ついこないだまで、私の部屋に響いていた褥(しとね)での二匹の甘い哭き声。
それが今では、ひとりぽっちの孤独な猫の、
悲しい泣き声に変わっていた。
fin
■連歌モチーフの詩集もあります。併せてお楽しみください!
小説家になろう掲載/「5つの夜の詩」
※この作品は、私設コンテストへの応募作品です。男女の色恋沙汰が題材でして、要項に記載のあった「性描写NG」に抵触するか自己判断がつきませんでした;
そぐわないようなら、そのままスルーしてください。
また、タグを外すこともできますので、主宰者さまは遠慮なくお申し付けを。
※先に応募していた「小粋さん〜」を取り下げて、こちらで出し直しです。ジャンルフリーになったのと、これのほうがnoteっぽいかな?おもいました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?