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4月の質問


4月の質問🏫

現代文の時間です。

失敗するとわかっているが、「陶酔する」あまり行い、失敗したエピソードについて書いてください。
「陶酔」、「陶然」、「恍惚」のいずれかの言葉を使って理由を説明すること。

という質問をしてみた。

なんつー難しい問い!

もともとは、教科書に載っている平出隆という詩人の『はじめての失敗』というエッセイが発端だった。

前夜誰かにもらったばかりのおもちゃの木の船を、流されるとわかっていて小川に浮かべ、案の定流されてしまったという、筆者の子ども時代の記憶。どうなるかは全身でわかっていたが、「陶然として」やってしまった。というエピソードだった。
とくに教訓も強い後悔も書かれておらず、失敗話なのに悲壮感も漂わず、ただ今も時々思い出す、これが人生最初の失敗であり、最初の記憶でもある、という書き方が個人的には気に入った。

そこで、授業では、「陶然」という言葉を使いがてらエピソードを書く、というのを生徒に募集(強制ですが)してみたのだった。

未来派の私としては、いよいよデジタルに挑戦してみようという気になり、従来の伝統的スタイルである紙に書いてもらう形式を思い切ってやめてみて、iPadで募集した。
生徒は回答を考えて書き、iPadかスマホで私宛てに送信する。未来~!
さんざん自分のことを「未来人です」と言っておきながら、使う道具はアナログで止まっていたので、未来世界でできることの多さにおののいている。
いろいろ、本当にいろいろあるのだが、私が一番感動しているのは、回答のクオリティーが格段に上がったことーー!

試しに、というわけでもないのだが、自己紹介シートはいつも通りに紙を作って配り、生徒に書いてもらって回収した。
しかし、そこに書いてあることは何だか薄いのだ。文字も薄いし。誰が誰なのかわかりたくて書いてもらったのに誰が誰かわからない。そもそもあまり書いてない。(たくさん書いていたり、絵や色を付けて返してくれる子もいます。)
それに比べて、この「質問」の難易度ってなかなか高いんじゃないかなって思ったし、そりゃあ回答の完成度は人それぞれなのだが、使っている言葉や文章ににじむ、何とかして答えなくっちゃな感じが、手書きシートの様子とは違う気がするのだ。
いや、もうみんな手書きってしないんだね! そういう世代に、何年か前からきっと突入していたんだね! ……ってことをついに認めざるを得ない。

別に手書きを否定するわけじゃない。手書きでもパソコンでも、両方できたらいいとは思う。でも。大人だってもう手書きしないじゃん。小論文とか手書きだけどさ、あんな長い文章を手書きで強いてるけど、一体手書きって今誰がするんだよって感じじゃん。簡単に書き直せないし。間違えたら全部消して書き直すって修行かよ。
……って声が何か聞こえてきました笑。
あ、私自身が、履歴書を手書きするのが世界で一番嫌いな行動だからなのかも。
それだってもうアプリで入力するスタイルに移行したけどな!

私は手紙が好きだからたびたび手書きするけど、これはきっと特殊ケースなんだろうな~。

そして、私は人に関してはどっちでもいいらしかった。
中身がよければいい。それがすべて。
手慣れたiPadかスマホ入力することによって、自分至上最高濃度の回答に到達できるのならそれでいい。
大体、漢字は難しい。一から書くのはできないけど、「候補」から正しく選択して「変換」できるのならそれでいいような気がする。勇気をもって、どんどん新しい言葉を使うことに挑戦してくれたらいい。
そして私の役割は、それをめちゃくちゃに褒めることー!

道具によって伸びていけることがあるのかもしれない。疎外されていたことも。王道の、地道にコツコツ、漢字も書けて、手でも文章が書ける、基礎をおさえたオールマイティー・・・・・・ってのがそりゃあもっともいいのだとは思う。だからみんなそれを目指してやってきた。でも、それができる人たちもいれば、そうでない人たちもいる。今までは、「コツコツ」ができなければそれはイコール「ゼロ」だった。でも、たぶん時代がもう変わってる。「補助の道具を使えばできる」のなら、使えばいいのだと思う。「基礎」や「コツコツ」にこだわりすぎて、どうしても最後までやり抜けない相手を「それまでだ」と判断したり、なおそれをやり抜くことを強いるのはもう間違っている(というかもったいない)のかも。そっちが頑固すぎるというか。「基礎」と「コツコツ」にこだわりすぎ? そんな予感がしている。
音楽とかもそんなようなふうに変遷してイマココなんじゃないかな?!
予感だけど。あってるといいな~。

🥳すばらしい回答例🎉

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