こたえなくていいコト
痴漢やナンパや嫌がらせ。ハラスメント。
名を付けると、「そんなことはしていない」とか、「そんなつもりはない」とか、「それには当たらない」とか、いろんなことを言ってくる人がいる。
でも、された方がそうだと思ったらそうなんだから、そういわせてほしい。黙って聞いてほしい。
ライブで私と友達がホールの入場列に並ぼうとしたところ、二人の中年男性に「ここって入場の列?」と聞かれた。それは、開演まであと15分という時間で、その周辺は入場するために集まっている人々でごった返していた。たしかに「列」というほど整然としたものではなかったから、今この場に来たばかりの人にはわかりづらい状況ではあった。そのすぐ横にはグッズ売り場があり、そこにも多くの人が並んでいたため、一見して状態を把握するのは難しかったのかもしれない。
しかし、「入場する方はこちら」というボードはあちこちにわかりやすく提示されていたけどな。
加えて、開演時間が迫っていることもあり、係の人が拡声器で何度も呼び掛け案内していたから、よもやわからないということはないだろう。であるからして、それが入場口に通じる人だかりであることはわかっていたはずだ。つまり、いちいち聞くなと言いたい。
それでも、聞かれたからにはと思い、私は「そうです」と答えた。すると、中年男性二人は私と友達が手に持っている買ったばかりのグッズを見て「グッズ買ったんですか?」だの何だの言ってくる。「俺も買いに行こうかな」「グッズ買うために来たんじゃないぞ」「○○に会いに来たんだ」云々。それらを、こちらをちらちら見つつ、時々「ね、お姉さん?」と言いながらやっている。
最初の問いに答えたことで、中年男性二人が調子に乗ったのがわかった。これならいけるとでも思われたのだろう。少なくとも、自分たちの相手をしてくれると思われたに違いなかった。
厄介なのは、その場が人でひしめき合っており、一度その中に入ってしまうと前方に進むのに任せる他、身動きが取れないということだった。つまり逃げ場がなかった。
この構図に気付いた瞬間、恐怖と苛立ちを覚えた。中年男性二人が、そうなると見越してその手のモードに入ったのかは知らないが、自分達の愚行が簡単に叶う状況が整っていることには気付いていただろう。つまり、声を上げられない女を好きなようにからかうことができる。
最初の問いに答えてしまったことに加え、自分の見た目が大人しそうに見えるのだろうということも、チラチラ寄越される不快な視線から痛いほど感じた。
そういうすべてが出揃ってすぐに、私は無視することに決めた。本当ははっきりと「話しかけるな」と言いたかったが、変に激昂されても困る。
激昂されても困る。……いや、なぜ先の想像までしてそのような危険に備えたり回避するための行動を取らなければならないのだろう。こちらが? こちらだけが? 被害者なのに? 女だから? ムカつく。
「話しかけるな」と言うことも、大声で「すみません! 係の人、来てください! 」と訴えることも、していいことだ。それでやつらがその行為をやめようが、騒ぎになろうがどうでもいいことだった。だってこれは痴漢だろう? ナンパという言葉は軽いし言葉自体にニヤつきが付きまとうから使いたくない。ハラスメント、嫌がらせ。何と言うのが適切か。やはり痴漢行為だ。
身体こそ触られてなどいないが、話したくもないのに話しかけられ、逃げられない。相手はこちらが逃げられないことを承知でやっている。これは痴漢。
緊急措置として、私は無視することに決めた。
しかしそれは、私が無視すると決めたからできることだった。
なぜかおかしなことに、この国では、「嫌な奴から話しかけられたとしても無視していい」とは教えられていない。「表面上不快な言葉でなければ、答えてあげなきゃ失礼」ということになっている。私たちは無視する方法を教わってないし、その訓練も受けてない。訓練しなければ、無視するのは案外難しいことだ。何なら愛想よく、あるいは親切に、応じてあげることが求められているから。
それは女だからか? 私はそうだと思う。とりわけ、この時間中ずっと感じていたのはそれだった。私たちは女だから話しかけられ、女だから応じることを求められ、女だから無視する選択肢を持たされていない。中年男性二人は経験上、それらをすべて見越してやっている。
私は無視すると決めたから、「ね、お姉さん?」と言われても無言で前方を見つめ、完全に無視した。マスクがあってよかったと普段からよく思うがこの時も思った。顔に執拗にまとわりついてくる視線が気持ち悪すぎた。無視すると決めたから、罪悪感どころか何の痛痒も感じなかったが、無視すると決めていなかったらできないことかもしれないと無視しながら思った。
ところが、中年男性二人は今度は友達に話しかけ始めた。正確には、元から中年男性二人は、私と友達の後方かその間に位置取り、何となく両方に話しかけていたのだった。それで、私が答えなくなったから矛先は友達に向かった。あるいは何かの力学的に、私が答えなくなったからもう一人が答えなくてはいけない構図になったのかもしれない。
その可能性に気付いて私は愕然とした。この場合、無視では足りなかった! 決して自分さえ助かればいいと思ったわけではないのだが、結果的にそうなってしまっている。一人だけ逃げるつもりはなかったけど、今そうなっている現状に私はすごく焦った。何とかしなければ。声に出して「無視しよう」と友達に言うにはリスクが大きすぎた。私はともかく、揉め事になる可能性のあることに友達をさらすのは嫌だった。かと言って、小声で友達に何かを言うのも無理な中年男性二人との距離感。
つくづくムカつくのは、この数分間ずっと、私も友達もそれぞれ一人で耐えたり冷や冷やしたり、この状況はもはや最悪ではあるのだが、どうかこれ以上決定的に嫌なことを発言しないでくれと祈ったりしなければならなかったことだ。それぞれ一人で。なんなんだこのクソな構図!なんでこっちが嫌な思いをしなきゃいけないんだよ!
中年男性二人は「俺ら名古屋から来たんですよ」というようなことをぐだぐだ言っていた。「○○に会いに来たんだから」と繰り返し言っている。
例えば、逃げるためにこの人波から抜けたら最も安全かもしれなかったがライブの開演に間に合わないかもしれず、なぜこちらがそんなことをしなくてはいけないのかわからなかった。
それならこのまま中年男性二人から離れるしかない。私は自分の右側にわずかに空間ができたのを見つけ、そちらに身体を入れた。同時に友達に目線で合図を送り友達もそのように動いたため、無事に中年男性二人から離れることに成功した。整然とした列ではなく、特に厳密に順番を守ることが求められるような場所ではなかったから運良く逃げ道を見付けることができた。
この直接的な怒りや理不尽さについて友達と話したかったが、直後はうまく言葉が出てこなくて、かろうじて「酔っぱらってたんじゃない?」と言った。音になって自分の耳に聞こえた瞬間、こんなことが言いたかったんじゃなかった、酔っぱらってたから何なんだ許されるわけでも納得するわけでも諦めるわけでもない…ということが虚しく頭の中をめぐった。
訪問セールスや、電話にかかってきたセールスに対して驚くほど冷たく接したりキツい言葉で断る人がいる。それは、セールスに対してはそうしていい、むしろそうしないとしつこくて迷惑だからそうすべきだ、というのが常識として通用しているからだと思う。
このことは別に学校とかで教わったわけではないが、親とか身近な人から教えられ、自然と身に付くというほどではないにせよそう振る舞うものだという、何か世間知のようになっている。
それとこの件は同じだと思う。この件、つまり痴漢やナンパのことだ。私は、ナンパは無視していいし、答えたくなければ無視していいということをフェミニズムの本で読んで知っていた。だから無視することに迷わなかった。でも、痴漢やナンパを無視していいことは学校で教わらないし、セールスのように周りが教えてくれるわけでもない。それどころか、話しかけられたら答えるべきだということになっている。そして、話しかけられやすいのは女性だ。性別に基づいて想定され期待されている性質と、男性との筋力の差と社会的ステイタスの差によって、女性は男性に話しかけられたら答えるべき、ということになっている。話しかけた方が圧倒的に変でも? 答えたくなくても? YES!
とても変だし腹が立つ。無視していい、を伝えたいし、自分の身に染みつかせたい。それ以前に、話しかけんなと言いたい。
ちなみに、「ここって入場の列?」というように、敬語でない言葉遣いで話しかけてきた相手には敬語で答えなくていい、というのもフェミニズムの本で学んだ。だよな。
言うまでもないがライブはすばらしかった。
ステージを、このような経験が濁したり汚したりはしない。
そんなことは許していないし、私たちは正しく強い。
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