未掲載エピソード#05「火のある暮らしにすすむ」
このお話は現在発売中の「都会を出て田舎で0円生活はじめました/田村余一・田村ゆに」を出版するにあたって田村ゆにが執筆したエピソードです。本には掲載されず、書いてから約1年経ってみると現在の心境は少し変化しているのですが、せっかくなので公開します。
本の方は、田村余一のポップでわかりやすいエピソード満載です!
まだ読まれていない方はぜひお手にとってご覧ください♪
未掲載エピソード#05「火のある暮らしにすすむ」
まず朝起きて最初に、火をつけるところから1日は始まる。
「シュボ」っとマッチが着火する音とともに、パキパキと火が燃える音と煙の香り。どちらが担当という決まりはなく、早く起きた方が先に朝の支度をすることになっている。
冬は薪ストーブ、暖かい季節はロケットストーブでコーヒーのお湯を沸かして子どものご飯を炊くのが毎朝のしごとだ。
使う木の種類や長さはまちまちなので同じようで日々違う火加減を生み出す。考えなくともできるようになってきたけど何回やっても飽きないから不思議。
電気がなくともそれなりには生きられるけど、火のない暮らしは青森のような雪国では考えられない。
もっと広く考えれば、地球は太陽の火があるからこそ命があるもの。
うちでは一般家庭のIHやガスが、薪を使う火のある暮らしに置き換えられる。電気を使わないことで、少し前の暮らしに戻るわけだ。
とはいえ、かまどを使った直火から一工夫加えられた、燃焼効率の高いロケットストーブやぬか釜を使っている。
これらは作るのに捨てられるオイル缶など廃材を利用できる手軽さや、運んで場所を変えられる利点もある。
電気が当たり前になると感じにくいけど、火は電気よりもエネルギー効率がいい。忘れがちだけど電気は、元を辿れば火からできているのだから。
日本の7割以上が火力発電で、石油でも石炭でも燃やした時に出る熱を電気エネルギーに換えている。
本来ならその場で火を焚いて、その火力を使えば済むことを、一度燃やしたエネルギーを電気にして火でできることにも使っているからもったいない。
さらに電気はつかんで持ち運びできるような物とは違い不安定な物質。発電所でたくさん作っても各家庭に配る途中で、火力発電所7基分(全体の3~4%)にあたる電気は届く前に漏れ出て、ただロスしている現状がある。
必要なコストと言えばそれまでだけど、有限な資源をムダにしないように考えたいところでもある。
電気でなければできないことは、自家発電に切り替えて最小限のパネルで電気をつかう。電気でなくともできることは、火や手仕事で賄いたい。それがオフグリッドに切り替え、火のある暮らしを選ぶ理由だ。
火を使うアイテムにはロケットストーブ、ぬか釜、薪ストーブがある。
毎日の料理でつかう調理器具(夏がメインのロケットストーブ、土鍋でご飯を炊くぬか釜)と冬に暖を取る役割(薪ストーブで冬はこれで調理)がある。慣れない火の扱いと火力の調整で、感覚を掴むのに苦労し何度か失敗もした。
それからロケットストーブや直火を使うと、あらゆる鍋が一瞬でススに塗れて真っ黒になるのはカルチャーショックだった。
お気に入りのガラス鍋にヒビが入って壊れたとき、中途半端にレトロな柄だとテンションが上がらず何件もリサイクルショップを探した時もある。
今考えるとすぐに黒くなるから、柄は無意味なこだわりだったなと笑える。
野菜を種から育て、自家製の調味料をつくることで、食事には満足していたけれど、最近やっと仕上げの火加減へまで関心をもてる余裕が出てきた。
これまでは強火の時短調理が多かったけど、じっくり時間をかけて火を通した野菜はやっぱり味が全然違う。
胃袋に入れば同じと考える人もいるけど、同じ材料でも発酵させたり、火加減を過不足なく加えることでおいしさと栄養をギュッと込められる。
さらに食べる人が「美味しい!」と感じるほど、カロリーは同じでもエネルギーには変わる気がして、美味しいものを美味しく食べたい。
やることだらけで腰が落ち着かない日々だけど、ひと手間を加えた食卓からはスローライフさを感じ取れることもあり、そんな時には誰よりも作っている本人が一番癒されている。
火のある暮らしには、旦那さんの存在も欠かせない。
こうやってお料理ができるのは、自由に使える薪があるからこそ。
燃料になる薪の調達から、使える長さに切って・割り、用途や木の種類に分けて薪棚やりんご箱にストックしておく。
薪を乾燥する小屋のDIYは旦那さんにとっては朝飯前。ロケットストーブが壊れれば雨の日に補修して作り替え、薪ストーブの天板が広く使えるように金属の枠を取り付けたり、食器の乾燥場所もこさえてくれた。
私のざっくりな指示と図太い神経が、彼の繊細な感覚と配慮に傷をつけながら(笑)言わずとも丁寧にこなす器用さに毎回感心する。
普通薪は購入するか、山を買って管理をしながら手に入れるのが一般的だ。
ここも旦那さんの知恵があり、うちでは基本廃材を薪にしている。
最初からうまい流れで進んできたわけじゃないけど、最近ではエコな循環が生み出されている。
小屋の解体で旦那さんのお仕事が収入になり、そこから出る廃材はうちの燃料になるか、建築材として再利用。燃やした灰は畑に撒き、野菜を育てる土壌になる。
普通は廃材をゴミとして処理場に運び、燃やすために有限な燃料をつかい、埋められて終わってしまうけど、廃材がうちに来ればゴミが資源であるという視点になる。
この暮らしに身を置かなければ気づけなかったことだけど、前々から廃材に着目し暮らしに取り入れている旦那さんを尊敬する。
火のある暮らしで豊かさを取り戻すのは一つの家庭だけじゃない。
これまでは人の手で自然環境を壊しながらも生きてきたけど、これからは人が生活することで再び生きた場所へと変えていける。
そんな古くて新しいライフスタイルなんだと気がついた。
戻るわけじゃない。火のある暮らしへ進む時代がやってきた。