![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170452627/rectangle_large_type_2_e9bfafced71ecba8ea4c31be15ffcd84.jpeg?width=1200)
BDSM及びその周辺の営みの学会を立ち上げたい
時間のないお忙しい方向けに、時間がない人向け!!バージョンもご用意しております。
が、誤解を避けるためにもできれば当記事をお読みください。
1.はじめに:学会を設立しようと思った経緯
私は、自身の嗜好として緊縛や被虐を好む人間です。緊縛や被虐に魅力を感じるほど、なぜそれらが私を惹きつけるのか、またそれらを実践する上でのリスクについてより深く知りたいという気持ちも大きくなりました。
しかし実際に調べようとすると、特に日本語でアクセス可能な情報は個人のブログ記事やオンサイトのコミュニティでの噂がほとんどで、私がなぜ緊縛や被虐で安心を得られるのか、そのメカニズムや実践中の事故防止の方法などについての科学的根拠のある情報は不足しているように感じました。
また、実践者が発信するノウハウや安全性の啓蒙といった情報も分散した状態で体系化がされておらず、特に初心者がまとまった情報にアクセスするのは困難です。
また、日本の緊縛やSMコミュニティで過ごす中で、くすぐりやフェティシズムを実践する方を始めとして、時には日常生活にも影響するほどのパラフィリアに悩む方など、多様な嗜好を持つ人々と関わってきました。
その中で感じたのが、彼らの営みは、共通した行為によって交流をしていたとしてもそれらを行う背景や文脈が実に多種多様であり、既存の分類だけでは十分に理解をすることができないということです。
例えば、私が好きなのは緊縛と被虐ですが、それらによる快楽は性的な快楽とは異なると感じています。痛みが快楽であるという点においては私も広義のマゾヒストに分類されるのかもしれませんが、厳密にはマゾヒズムは苦痛から性的な快感や興奮を得ることを指すため、私が分類される概念は何にあたるのか、その背景にはどういった要因があるのかといった疑問は未解決のままです。
緊縛や被虐に魅了され、それらの営みに関するコミュニティに生かされている。
その上で、BDSMをはじめとして、その周辺のくすぐりやフェティシズム、パラフィリアに関連する営みはどのようなものなのか。
それぞれの営みはなぜ私たちを惹きつけるのか、実践において安全性や倫理観を考慮する場合に必要なことは何か。
私たちが生きるこのコミュニティはどういうものなのか、実践者同士はどのような感覚や価値観を共有しているのか。
それらのメカニズムや実態をより深く包括的に知りたい。
その「知りたい」という気持ちがこの学会を設立しようと考えた動機です。
2.背景:なぜ今、学会が必要なのか
実践者と研究者の双方の視点から
現在、BDSM及びその周辺の営みには、実践者と研究者の双方の視点から多くの課題と機会が存在します。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602266-GigODlbtudmEQIfJqYzseNS4.png?width=1200)
まず、実践者の視点から挙げられるのは、科学的根拠に基づいた情報の不足です。近年のインターネットやSNSの普及、及び性に対するオープンな議論の増加によって、BDSMやくすぐり、フェティシズム、パラフィリアなど(以後BDSM及びその周辺の営み)のコミュニティが拡大しています[1]。かつて一部の愛好家のものであったBDSM及びその周辺の営みがより広範な支持を得る文化へと変化しつつある中、安全性や倫理観への関心も高まっています。
全ての実践者が安全性や倫理的実践を求めるわけではありませんが、特に「Safe, sane and consensual(SSC; 安全かつ正気で合意があること、BDSMの実践を倫理的かつ安全に行うための基本原則)」というスローガンの元に活動する場合には、身体的・精神的な安全を確保するための知識やスキルが不可欠です。しかし現在、これらは実践者間での体験談の共有など、狭く閉じられた情報共有に頼っている状況です[2]。
学会は研究者間での知見の共有、体系化だけでなく、実践者への情報提供も推進します。実践者がより体系化された科学的根拠を伴う情報にアクセスできるようになることで、より倫理的な実践や安全性の向上が見込まれます。
さらに、BDSM及びその周辺の営みに対する社会的スティグマ(偏見)も依然として存在しています。伝統的な道徳観との衝突や実践者のステレオタイプ化によって、病理的にはパラフィリア障害ではない嗜好も「異常」として扱われることが多く、実践者が嗜好を開示することは依然としてリスクを伴います。
学会を通じてBDSM及びその周辺の営みの実態の理解、正確な情報発信が進むことで、社会的スティグマの軽減が期待されます。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602300-fCOEIh934PKuAcvXlij6JQTn.png?width=1200)
研究者の視点から見ると、BDSMやフェティシズムは依然として未開拓な研究領域であり、BDSM及びその周辺の営みは魅力的なテーマであると言えます。
セクシュアリティ研究が進展し、これらの文化が学術的テーマとして注目を集める一方で、BDSM及びその周辺の営みに関する知見は、現状では断片的であり、学術的に体系化されていません。特に日本における実態は十分に明らかでないため、新たな研究テーマの創出や営みの意義の再評価のためにも、学術的な知識体系を構築する必要があります。
さらに、このテーマは社会学、文化人類学、法学、歴史学、理学、工学など多様な学問領域に関わりを持つため、分野間の連携を促進する場として学会の存在は重要です。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602318-qAQxiIXO2B7CeF4crHkjYtJG.png?width=1200)
加えて、実践者と研究者の交流も双方にとって貴重な機会となります。
実践者が現場で培った経験やノウハウは、研究者にとって貴重な一次情報となります。一方で、研究者が提供する科学的知見は、実践者にとって貴重な科学的根拠のある情報です。
学会はこのような双方向の知識共有を可能にする場を提供します。
日本で学会を設立する意義
緊縛文化など、一部の営みは日本を本場とするものとしてBDSMの文脈にとどまらず世界的に評価されています[3]。
このため、日本におけるBDSM及びその周辺の営みを再評価し、その文化を多角的視点から分析、体系化することは重要であると考えられます。
また、日本は性的コンテンツに対して比較的寛容な社会的土壌を持つ[4]ため、性的嗜好と関連するテーマを扱う学会の活動であっても十分に機能することが期待されます。
既存の取り組みとの違い
![](https://assets.st-note.com/img/1736602378-bEglfOzoHnMw1i2AG4Xcu5T8.png?width=1200)
BDSM及びその周辺の営みを扱うイベントは数多く存在します。
しかし、これらのイベントは、実践者同士の交流や技術の共有、パフォーマンスの場であることが多く、学術的な分析や研究成果の発表を目的とした場はほとんど存在しません。
また、知識の共有を目的とする取り組みであっても、科学的な裏付けが十分でない場合が多いのが現状です。経験者の体験談や知識は実践に役立つことが多いものの、これらが科学的な基盤に基づいていない場合、誤解やリスクにつながる可能性もあります。
本学会は、経験に基づく知識と学術的な知見を統合し、科学的根拠のある情報を提供する場を目指します。
また、既存の学会でも、BDSMやパラフィリア、フェティシズムが取り上げられることがあります。
しかし多くの場合、それらは心理学や文化研究、性科学といった広範なテーマの一部として扱われ、BDSM及びその周辺の営みに特化して議論されているとは言えません。
加えて、既存の学会では特定の学術領域に絞った研究が行われる傾向にあり、学術領域を横断する議論が可能な場は限られています。
本学会は、心理学、社会学、文化人類学、法学、歴史学、医学、理学、工学といった多様な分野の研究者が連携し、包括的な議論を可能にする場を提供します。
さらに、本学会は研究者だけでなく、実践者や興味を持つ一般の参加者も含めた多層的なコミュニケーションを促進します。
このように、多様な視点を取り入れた横断的な研究・実践の融合は、既存の学会では見られない特徴です。
3.学会のミッション
本学会のミッションは、以下の通りです。
多様な人間の営みとしてのBDSM及びその周辺の営みを、学術的・実践的の両側面から深く理解し、その価値を実践者と研究者の双方に還元すること
BDSM及びその周辺の営みは、実態が明らかでないまましばしば誤解され、スティグマの対象となっています。研究領域としてBDSM及びその周辺の営みは未開拓であり、学術的な知識体系を構築する必要があります。
また、実践者コミュニティにおいて科学的根拠のある情報が不足しています。
この学会は、実践者と研究者が協働することや学術領域を横断する研究を行うことによって、こうした課題に取り組む場として設立されます。
4.学会のビジョン
![](https://assets.st-note.com/img/1736602449-nAbqf4vMO6Ix35XrJjuaQKZg.png?width=1200)
学会設立後の初期段階では、以下の目標を達成することを目指します。これらは、実践者と研究者の双方を含む学会のネットワークを構築し、学会の基盤を築くためのステップとして位置付けられます。
知識の体系化と共有
BDSM及びその周辺の営みについての実践者の経験やコミュニティの実態を科学的に調査し、それらを学術的知識として体系化します。
分散している情報や経験を統合することで、実践者と研究者が活用できるリソースを構築します。
日本におけるBDSM及びその周辺の営みの再定義
日本におけるBDSM及びその周辺の営みやコミュニティを調査し、その結果に基づいて日本におけるBDSM及びその周辺の営みの意義や特徴を再定義します。
これらの営みが、病理的な文脈ではなく、社会的、文化的、心理的な意義を持つ人間の営みとして位置づけられる可能性があります。
実践者への科学的根拠のある情報の提供
BDSM及びその周辺の営みが実践される中で発生する安全性や倫理的課題に対し、科学的根拠に基づいた情報を提供します。
学会の中長期的な展望として、以下の目標を掲げます。これらは、BDSM及びその周辺の営みに対する社会的理解を深め、学会の規模を拡大していくための指針です。
社会的スティグマの解消
科学的議論を通じてBDSM及びその周辺の営みの実態を明らかにすることで、誤解や偏見を解消します。
協力学術研究団体の認定
学会の発信力を高めるとともに、国内外の研究機関や学術団体と協力的な関係を構築します。
標準的な情報源としての確立
学会がBDSM及びその周辺の営みについての標準的で信頼できる情報源として認知されることを目指します。
5.構想:どのような学会を創るのか
研究対象
![](https://assets.st-note.com/img/1736602628-cKE7MJ8jCrNPx16W3zDSi9wg.png?width=1200)
本学会の研究対象となるのは、BDSM及びその周辺の営みを「行為」と「文脈」という2つの側面から捉えるアプローチを採用した際の、行為と文脈、そしてそれらの相互作用によって形成される営みの全体です。
行為とは、拘束や緊縛、感覚の操作(スパンキング、くすぐり、目隠しなど)、ロールプレイ、肉体の制御や拡張など、BDSM及びその周辺の営みの具体的な実践内容を指します。
一方、文脈は、それらの行為を取り巻く心理的、社会的、文化的背景を指します。たとえば、パラフィリアやkinkといった個々人の心理的要因に加え、芸術や肉体運動といった文化的影響も文脈に含まれます。
本学会がこのアプローチを採用するのは、非常に複雑で多様なBDSM及びその周辺の営みを解釈しやすくするためです。
行為と文脈はそれぞれ多様であり、それらが複雑に絡み合うことで個々の営みが生まれます。同じ行為であっても文脈によって解釈や意義が大きく異なることがあるため、行為と文脈の双方を分析することが必要となります。
このアプローチには、行為そのものを文脈と切り離して分析することで、科学的な比較や評価がしやすいといった利点もあります。
学術研究領域
このアプローチに従った場合の学術研究領域と研究テーマの例としては、次のようなものが挙げられます。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602662-Ra85mOoBTP7GpSkKjzC0Z1cF.png?width=1200)
「行為」に焦点を当てた研究の学術研究領域
医学(ex. BDSM行為が人体に与える物理的影響)、心理学(ex. 痛みと快楽の心理的相互作用)、工学(ex.安全かつ効果的なBDSM器具の開発と評価)など
「文脈」に焦点を当てた研究の学術研究領域
社会学(ex. BDSMコミュニティにおける規範や合意形成のメカニズム)、文化人類学(ex. 歴史的文脈における日本の緊縛文化の変遷)、法学(ex. BDSM行為と法的合意の範囲に関する分析、経済学(ex. コミュニティにおける経済的交換や価値観)など
「行為」と「文脈」の両方を組み合わせた研究の学術研究領域
芸術学(ex. 緊縛やその他のBDSM行為を用いた芸術表現の意義と影響)、哲学(ex. BDSMが人間の自由や主体性に与える影響)
このように、BDSMおよびその周辺文化に関する学術研究は、自然科学から社会科学、さらには人文科学に至るまで多岐にわたる分野を含みます。本学会は、これら多様な領域を横断的に結びつけ、学際的な知見を生み出す場を提供します。
具体的な活動内容
本学会では、学術的な知見を実践者に、実践者の経験を研究者に還元し、BDSM及びその周辺の営みに関する学術的探究を推進するための仕組みを作ります。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602757-dxouMpY5J9T8iybHUh4LDQAk.png?width=1200)
具体的には、以下のような活動を展開していきます。
なお、学会イベントや機関誌の一部では研究ノートや実践レポートといった簡素な報告も歓迎するなど柔軟な受け入れ方針をとることで、研究者だけでなく、実践者も気軽に参加できる多様な視点が集まりやすい学会を構築します。
![](https://assets.st-note.com/img/1736602765-6zWV8XSHwNUcFb4IxkLuqCfj.png?width=1200)
学会イベントの開催
本学会では、定期的に学会イベントを開催し、参加者が知識を共有し、議論を深める場を提供します。学会イベントの内容としては、以下を想定しています。
研究報告セッション:
BDSM及びその周辺の営みに関する新しい研究成果を発表する場を設けます。初期段階では、研究ノートや未完成の研究も歓迎し、在野研究者を含む幅広い研究者が参加しやすい環境を整えます。
論文紹介セッション:
BDSMや関連分野の国内外の重要な論文を共有し、内容を議論するセッションです。これにより、最新の研究動向を学び、実践者や研究者の足並みを揃えます。
ワークショップ:
実践者と研究者が直接交流し、知識や経験を共有する場を設けます。安全性や倫理、心理的影響など、具体的なテーマを深掘りすることで、双方向的な学びを促進します。
機関誌の発行
BDSMおよびその周辺文化に関する研究成果を広く共有するため、学会機関誌を定期的に発行します。
機関誌の内容としては、学会員による論文や研究ノートの掲載、実践者や研究者の寄稿などを想定しています。
広報活動
本学会の存在意義や研究成果を広く周知し、BDSM及びその周辺の営みに対する適切な理解を促進するために広報活動を展開します。
具体的には、学会イベントや機関誌の内容、実践者向けの情報をSNSなどを通じて発信します。
まとめ:BDSM及びその周辺の営みの学会
本学会は、BDSM及びその周辺の営みをテーマとして、実践者、研究者、そして興味を持つすべての人々に開かれたプラットフォームです。
これまで十分に明らかにされていなかった日本におけるBDSM及びその周辺の営みについて互いに学び合い、知識を共有し、生まれた価値を相互に還元する場を築いていきたいと考えています。
注釈・参考文献
[1]BDSM及びその周辺の営みについて、その実態が明らかでないため、コミュニティが拡大していることを裏付ける定量的なデータを見つけることはできなかった。
ただし参考として、これらのプレイヤーを対象としたマッチングサイトのユーザー数はリリース当初(2022年7月)の約1万人から7万人以上まで増加している(2024年10月)https://note.com/keiji_goto/n/nad1bae23a631
[2]BDSM及びその周辺の営みの日本におけるコミュニティについての研究が少なく、コミュニティ内の情報共有についても先行研究を見つけることができなかった。
ただし参考として、"BDSM 安全性"でGoogle検索しても日本語のサイトはほとんど見つからない。
[3]Jones, Z. (2020). Pleasure, Community, and Marginalization in Rope Bondage: A qualitative investigation into a BDSM subculture (Doctoral dissertation, Carleton University).
[4]Abramson, P. R., & Hayashi, H. (1984). Pornography in Japan: Cross-cultural and theoretical considerations. In Pornography and sexual aggression (pp. 173-183). Academic Press.