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SMJC#1 "Acute Radial Compressive Neuropathy: The Most Common Injury Induced by Japanese Rope Bondage"
SMJC、第一回を始めたいと思います。
企画概要はこちら(更新の可能性があります)
全くのど素人なので、変だなと思ったら原文を当たってくださいね。
今回の論文
今回の論文はこれ!
"Acute Radial Compressive Neuropathy: The Most Common Injury Induced by Japanese Rope Bondage"
日本語に訳すと、
"急性橈骨圧迫神経障害:緊縛による最も一般的な傷害"
といった感じでしょうか。
この論文を選んだ理由
緊縛(japanese rope bondage)がタイトルに入っているということで、緊縛がどういう扱われ方をしているのか?どうやって研究を進めていったのか?を知りたいと思って選びました。
橈骨神経の障害が最も一般的だというタイトルだったので、どうやってそれを示しているのかも気になります。
掲載誌の情報
論文が掲載されているのは、CUREUS JOURNAL OF MEDICAL SCIENCE、
インパクトファクターは1(2023)です。
1というと、信憑性が高いのかどうかも気になります。
どのような雑誌なのか調べてみると、少し前ですが、好意的にみる記事が見つかりました。
Cureusのコンセプトは、医師個人の臨床経験を症例報告という形で気軽に投稿できるような環境を用意し、論文としての体裁を安価に整えて、インターネット上に「知の蓄積」をしようということのようです。
コンセプトは納得。慎重さを持ちつつ、読んでいきたいと思います。
どんな論文?
緊縛(rope bondage)による神経損傷の症例を報告する論文。
緊縛による末梢神経損傷のリスクは知られているが、神経損傷の性質や頻度に関する科学文献の情報は十分でないという課題があった。
その現状を改善するために、緊縛による神経損傷の症例報告を含む詳細な報告を行うこと、緊縛事故の予防に役立つ情報を提供することが目的。
橈骨神経、腋窩神経、大腿神経が障害された症例を示したが、最も頻度が高いのは橈骨神経であった。
そこから、三角筋結節の遠位部(the distal deltoid tuberosity、deltoid tuberosityは三角筋が張り付く上膊骨の外側の隆起)を触って橈骨神経の位置を推測することを予防策として提示している。
また、緊縛の当事者間で十分なコミュニケーションを取ることの重要性も強調した。
何をした?(主にmaterial and methods)
緊縛をしていて起こった怪我(運動障害につながる末梢神経損傷)についてSNSなどを通じて調査を実施し、そのうち16例について詳細なデータを集めた。(怪我としては16例で、繰り返し怪我をした人がいるので人数は10人分)
また、そのうちの1人について、神経の損傷と回復の状態を評価するために行なった神経伝導検査と超音波検査の結果を示した。
神経伝導検査では、橈骨神経に沿った6つの点を刺激し、どの位置で神経の伝導が阻害されている(伝導ブロック)のか、また伝導速度の低下を測定した。
評価には、CMAP(複合筋活動電位)を用い、怪我をしていない側と比較した。
結果は?(主にresults)
調査結果
手指の一時的なしびれや知覚障害は頻繁に報告されたが、持続的な感覚障害や運動障害にはならず、調査の対象者にとって大きな怪我と認識されなかった。
詳細なデータを集めた16例のうちでは、上腕の橈骨神経が、怪我の大部分(患者の90.0%、損傷の81.3%)を占めるという結果になった。また、16例中15例が全吊りでの怪我だった。
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症例1:
画像のような箱結び?(box-tie)の形で縛られることが多かった。(図1A)
手指の外側背部の感覚麻痺、また程度に違いはあるが筋力の低下が複数回起こった。
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症例4:大腿神経と橈骨神経が同時に損傷した例
損傷の結果、手首の伸展が弱くなり、大腿前面の感覚障害が起こり、膝周囲がぐらぐらするようになった。 大腿周囲を縛ると、いつも大腿前面の感覚が障害されるようになった。
症例10:腋窩神経の孤立性圧迫損傷が生じた例
吊られて30分後(図1B)、肩に軽い圧力がかかり、突然電気ショックのような痛みと失神性のめまいが起こった。すぐに下ろされたが、右腕を外転させることができなくなった。
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症例11:緊縛の数日後に両側近位(鎖骨上)腕神経叢症を発症した例
吊りの途中で、横方向の揺れと回転が起こって上肢に激痛が生じたが、数分後には治まった。
縄が体にうまく分散していなかったこと、展開がほとんどなかったこと、緊縛中に縄がずれたことなどがわかっている。
翌日、鎖骨部に痛みが生じ、両腕の近位部に力を入れづらくなった。数日後には外転、挙上、肘の屈伸ができなくなった。
患者は医師の診察を受けず、筋力は1ヵ月後に自然に回復した。
症例報告
緊縛の全吊りで橈骨神経の急性圧迫が繰り返し起こった患者に対して、神経伝導検査と超音波検査を行なった。
神経伝導検査の結果、損傷48日後では伝導ブロック(CB)が77.3%に達し、神経の伝達が著しく妨げられていることが分かった。さらに、怪我をした側のCMAP面積は、怪我をしていない側と完治後の同側と比較して減少していた。一方で、神経伝導速度に極端な低下は見られなかった。
また、橈骨神経の損傷による手の背面の感覚麻痺を訴えていたものの、感覚検査は正常な結果だった(データなし)。
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高分解能超音波検査を行なって、神経の断面積(cross-sectional area)を比較した結果、橈骨神経溝(上腕骨の中央付近)では、健常側と比べて神経の断面積がやや大きくなっていた。回外筋(肘関節付近)では差は見られなかった。
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何が考察できる?(主にdiscussion)
緊縛コミュニティ全体での神経損傷の発生率を推測することはできないが、調査対象者の有病率からも、緊縛による神経損傷のリスクを認識し対処することは重要である。
橈骨神経に関連して
調査の結果、緊縛による神経損傷で最も一般的だったのは橈骨神経溝(上腕骨の中央付近)で起こる橈骨神経の損傷だった。
橈骨神経の約6.3cmは三角筋結節遠位側を中心に上腕骨後面に直接接しており、その解剖学的特性が怪我のパターンと関係しているかもしれない。
一方で、本研究で詳細な調査の対象としなかった手指の一時的なしびれや知覚障害では、解剖学的に正中神経や尺骨神経、橈骨神経の表在感覚枝が特に損傷しやすい可能性がある。特に、橈骨神経の表在感覚枝は手首に近い橈骨の背外側にあり、手錠や縄、きつい時計のベルトなどの圧迫力に弱い。
局所性脱髄と軸索変性
急性圧迫性橈骨神経障害のメカニズムは、圧迫によって局所的な脱髄が起こることが基本である。しかし、動物実験レベルでは、低い圧力であっても微小血管流の減少を介して軸索輸送障害を引き起こし、神経構造や機能が変化することが報告されている。
例えば、坐骨神経に神経外圧迫を加えたラットでは、4.0キロパスカルの圧迫を受けた神経では脱髄が顕著であったが、10.7キロパスカルの圧迫を受けた神経では軸索変性が観察された。
圧迫によるシュワン細胞の損傷とミエリンの変性が起こると、運動軸索の局所的脱髄を反映して伝導ブロックが観察される。
軸索変性は、軸索数の減少によるCMAPの振幅と面積の減少をもたらす。
今回の症例報告において考えてみると、橈骨神経圧迫による局所性脱髄と軸索変性の両方を意味する症状が現れており、神経伝導検査の結果観察された伝導ブロックとCMAPの振幅と面積の減少も局所性脱髄と軸索変性を意味している。
(伝導速度が正常だったのは、腕神経叢刺激による正中神経と尺骨神経の活動に起因すると考えられる。)
通常、局所的脱髄による橈骨神経機能は症状発現後約8~12週間で回復するが、本症例では神経機能が回復するまで5ヵ月かかった。
回復を長引かせる要因としては、側副萌芽や軸索再成長による軸索損傷からの回復が起こる場合が挙げられる。
どれくらいの時間で圧迫性神経障害を発症するか?
動物モデルでは、止血帯を1時間装着するだけで、後脛骨神経に持続的な損傷が生じることが示されている。
ヒトでは、腓骨神経圧迫時に足の麻痺がわずか25分程度で現れるという研究報告があることから、これはさらに短い可能性がある。
また、椅子の肘掛けに30分腕を掛けたままにしたことで手指伸筋麻痺が発症した症例も報告されている。
手錠による急性のしびれや脱力は最短15分で起こる。
症例1では、繰り返し受傷した患者の圧迫時間はそれぞれ25分、8分、5分であり、臨床的回復時間は5ヵ月、4週間、2分であった。
緊縛による神経損傷の予防策
圧力を均等に分散させ、橈骨神経などの特定の神経を過度に圧迫しないようにする。
また、神経を長時間圧迫しないよう、吊りの時間を制限する。時間制限を設け、受け手が過度の圧迫や不快感を感じていないことを定期的に確認する。
神経に過度の負担をかける極端な角度や姿勢を避ける。
神経圧迫の徴候や症状を速やかに把握できるよう、縛り手と受け手の間でオープンなコミュニケーションを確立する。
緊縛の当事者に対して、解剖学、神経経路、安全ガイドラインに関する包括的な教育とトレーニングを提供する。
感想(個人の感想)
まずは、緊縛(原文ではRope bondage)による神経損傷の予防に役立てることを目的の一つとしておいていて、かつ橈骨神経の位置を確認することの重要性という一定の結論を論文という形で発表したことがすごいと思いました。
臨床医学については全くの素人である自分からすると、Discussionが一番学びがあって読んでいて面白かったです。
特にヒトを対象とした研究では因果関係を証明するのが難しいと思いますが、ケースレポートを積み上げることで肌感覚のようなものを身につけることができるのかもしれません。
緊縛やSMにおいて起こる事故についても、ケースを積み上げて共有することが重要だと改めて思いました。
セクションと内容のずれ(resultsの一部にDiscussion的内容があったり…)、目的と結果、ディスカッションで内容がずれていたり、論理展開が綺麗でない部分が多かったのは気になりました(と言っても私には書けないが)。
手法について
インターネット上での情報収集から始めて、アクセプトされる論文(しかも原著論文)になるんだ…というのが率直な感想です。
original articleにはなっているが、症例報告を除くとアンケート調査なので、ほとんどケースレポート的なんではないでしょうか。
一方で、緊縛についての11例で論文になるのなら、私の身の回りで聞く緊縛事故の体験者はもっと多そうなので、データベースを整備することの価値は高そうだと思いました。
運動障害と感覚障害
運動障害に重点を置きがちなのは、それで良いんだろうか…と思いました。確かに日常生活を送る上では、できないことが増えてしまう運動障害の方が怪我をした人にとって大きく捉えられがちなのかもしれませんが、感覚障害も神経障害が起きている点では変わらないわけですし、、
些細な感覚障害も含めて、部位ごとの運動障害/感覚障害の発症率的なものを知りたいなと思いました。
また、運動神経がかなり障害を受け、本人も感覚障害を訴えている例で神経伝導検査の結果が正常だったのは、一般的によくあることなのか気になりました。
個人的な経験との比較
10数例の中で腋窩神経と大腿神経が含まれていることは意外に感じました。
橈骨神経麻痺がほとんどという部分も、discussionにも書いてありましたが些細な感覚障害を調査の対象としていないという部分で他の神経の障害が省かれてしまっている可能性もあると思います。
また、縛りの解像度が高い人が研究に従事したら、見えるものももっと違ってくるだろうと思いました。
緊縛についての記述
また、論文の本筋ではないですが、緊縛についての表現で断定するにはやや乱暴では、と思う部分もありました。
例えばintroductionの、
Rope bondage (RB), also known as Shibari, is a practice that has evolved over centuries in Japan, encompassing both combat and erotic techniques [1,2]. It involves one partner restricting the physical mobility and/or freedom of action of another partner to varying degrees for psychosexual and/or aesthetic gratification. Despite its growing popularity in recent years, RB remains marginalized due to negative connotations.
RB involves half-suspension and full-suspension, with the latter posing a higher risk for compression injuries to peripheral nerves.
など。もしかしたら引用する文献がそんなになかったのかも…?
緊縛自体に関する引用二つのうち片方が博士論文だったのには少しがっかりしました。(博士論文はすごいんだけど)
タイトルにJapanese Rope Bondageと書いてあるくらいですし、緊縛について扱いたい人が引用したくなるような論文を日本人がもっと書いてくれたらいいなと思いました。
まとめ
まとめと言いつつ、完全に力尽きてしまったので、、
とりあえずこれがSMジャーナルクラブの第一回です。
今回はかなり荒削りだと思うので、これから面白い論文を見つけたらもっと分かりやすく共有できたらいいなと思っています。
あと、余力がある時にちゃんと校正と補足もしていきます。