人間きょうふ症(リメイク)11〜15話

 11節
 先生が会議終わるのを待った。その間は、先生の読心術についてずっと考えていた。多くの人が持っているわけではないことは、感情が読み取れない自分でもわかっていた。だから、どうしたら読めるようになるのかは私には全くわからなかった。
 悩みに悩んでいたところで、ドアが開く音がした。優しいオーラを放つK先生だった。
 「お待たせ。今日はなんで学校にこようと思ったの?」
 「なんでって、、先生のことが気になっていたからですよ。」
 「ん?どういうことかな?」
 「、、昨日、先生は目から涙が溢れていました。その時の心情が読み取れなかったんです。泣いている理由がわからなかったんです。それが気になって気になって、最終的に先生に聞こうかと思って、学校に来ました。」
 「そうだったのね。あれはね、単に佐藤さんの話に既視感を感じたというか、なんというか。」
 しばらく無言が続いたあと、先生は息を深く吸って言う。
 「実は昔、私も学校に行くのが嫌でしょっちゅう学校を休んでいたの。でもね、休んでいたことで多少後悔している部分もあった。もしかしたら、この思いはあなたが将来に持つものと異なるかもしれないけれど、後悔してほしくないと思っている。今を大切に生きてほしい。授業は受けなくてもいい。でも、学校に来て勉強すること、課題を出すこと、コミュニケーションを取ることを忘れないでほしい。あと、苦手科目もきちんと勉強して、立派に卒業してほしいと思った。課題ではもちろん頑張りは見えたけれど、それだけだと足りないからね。」
 「あ、、はーい。」
 目を机から窓へゆっくりとそらしながら返事した。
 「苦手なのはわかるけれど、現代文は他の科目でも必需なんだからね。今は現代文の先生ではないけれど、数年前までは担当していたから教えるよ。そんな顔はしない。苦手な人でも絶対に理解してもらえる自信しかないんだから。」
 先生は微笑みながら言った。

 12節
 後日、私は先生に現代文の学習方法を教えてもらうことになった。先生は分厚い3冊の参考書とプリントがたくさん入っているファイルと机に置いた。
 「勉強すること、こんなに多いんですね、、」
 「これくらいやらないと大学受験間に合わないから。はいこれ、レジュメ。」
 手渡された紙に一度、目を通してみる。
 「直喩と隠喩の違いについて、、」
 今までみてきたプリントの中で、文字の操り方が他のものとは異なっていて、字も間隔が開いていて、スラスラ読みたくなるような気持ちになる。
 「これらを一通り読み終えてから、実戦問題を解いてもらいます。おそらく佐藤さんなら解けるはず。」
 「問題が解けたら、現代文は得意ってことになりますか?」
 「まぁ、得意の一歩手前って言ってもいいんじゃないかな。これから勉強は教えるから、読み終わったら、理解できなかったところを私に見せること。教えてあげますので、成績は上がると思います。まだ高校2年の春ですから、時間はたっぷりあります。ただ、1日に20ページは読み進めること。そうすれば一週間程度で読み終わります。読み終わったら、改めて学校に来てくださいね。ここまで聞いて何か聞きたいことはあります?」
 「、、えっと、家じゃなくて学校で読んでおくのはありですか?」
 「あ、え、あ、うん!もちろん。あなたが望むのであれば。教室は準備しておきますね。」
 「ありがとうございます!」
 なぜかわからないが、顔が熱くなり、勝手に頬の筋肉が上がってきた。そんな顔に、先生はじっと見つめて言う。
 「なんか、顔が赤くなってきたけど、気分でも悪いの?」
 「え、?そんなことないですけど。」
 「あら、そう。でも熱っぽいんじゃない?ちょっとおでこ触らせて?」
 生ぬるい先生の手のひらが額と接した。どういうわけか、顔がさらに熱くなってきた気がする。動機も、し始めているのかもしれない...。
 「ん、、。熱、ありそうね。一旦、家帰ったほうが良さそうね。お母さん呼ぶ?」
 「あ、いえ!?私は本当に大丈夫ですので!一人でも全然帰れますよ!」
 「そう?じゃあ、帰ってきてから、私のメールの方に無事に帰れたこと知らせてくれる?心配しちゃうから。」
 「わかりましたよ、、んじゃ、もう帰りますから。」

 13節
 気持ちがかなり昂っていたのか、この感情を抑えるのに必死だった。私らしくなかった。だから、自分の部屋の布団の中に潜ってそのくすぐったい感覚を抑えようとした。
 数十分経ってもその感性はなおらさなかった。もしかしたら、久しぶりに趣味に専念すればなんとかなるかもしれない。そう考えて、ミニコラージュをし始めた。数年前から女子の中で流行っているのをインターネットで見て、クオリティの割には作りやすいことに感銘し、一時期ハマっていた記憶が蘇ってくる。
 「当時は何かに縛られることもないで想像をいかせたよね...」
 そう言いながら一品完成させる。頭の中で何か物足りなさを感じてしまった。空虚な気分がずっと続いた。この穴を埋めなきゃ。方法は思いつかない。なにかがおかしい。下手したら、さっき先生が言ったとおり、熱なのかもしれない。一旦、熱を測らなければ...。先生...。先生...。
 「あ!!!メールしなきゃじゃん!忘れてた!!」
 体温計のことは忘れ、瞬時にスマートフォンを開き、メールを打ち始めた。

 "K先生、こんにちは。メール遅くなってすみません。1時間くらい前に帰宅しました。体調の方は学校にいた時と同じで熱っぽいみたいでした。でも一時的なものなんおで、明日治れば学校来ます。"

 「おっけー。」
 まだあの変な感覚の感情を持ったままお風呂に入ってすぐに寝た。明日は早起きするんです。感情も早く落ち着かせたいし。

 14節
 朝早く学校に行って、先生に準備してもらった教室で現代文のレジュメを読み始めた。20ページなんてあっという間に終わった。なので、次の日、そしてまた次の日のものを読み始めた。先生のプリントはわかりやすいから、その日のうちに全て読んでしまった。読み終わった140ページ全てが頭の中に入った気がしたので、職員室へ行き、先生を呼んだ。
 「わかりやすくて、次から次と読みたくなってしまい、全て終わらせちゃいました。全部理解できたと思うので、実践問題をやりたいです。」
 「早いのね。でも今日は問題を解かないよ。」
 「それはどうしてですか?」
 「忘却曲線って知ってる?」
 「確か、今100%理解していたら、次の日には70%に、その次は50%しか定着していないやつでしたっけ。」
 「そんな感じ。だから無闇に演習プリントをやるのも意味ないと思うの。今一通り読んでいるのであれば、明日もう一度読んでもらいます。その後にどう言ったことをするのか説明しますね。ちなみに、読むのがだるいとか言わせませんからね。急がば回れという言葉があるように、急いでいると後から苦労するだけだから。」
 「先生はなんでもわかるんですね。読心術でも持っているんじゃないですか?今度教えていただけませんか?」
 「読心術ね、。少なくとも、今のあなたにはまだ早いですね。まずは現代文の理屈を理解しないと。マスターできるようになる時期になったら教えなくもないけれど...。」

 15節
 改めて学校に行き、あのプリントをもう一周読破した。先日と同様に先生を呼びに行った。
 「きちんと読みましたか?」
 「はい。」
 「質問してもいい?」
 「はい。」
 「逆説はどういう時に判断できますか?」
 「...例えば...命題がある時、一見合っているように見せかけて、実は、そこには矛盾が起きているときに逆説があるって考えられます。一般的にはこれが正しいとされていますが、実際の意味は違うんじゃないかとか...。«しかし»とか«だが»といった接続詞が使われる時に判断できます。」
 「じゃあ、小論文とかで逆説の接続詞を使う時の注意点は?」
 「二重否定になって主張したいことがおかしくならないように気をつけること。使いすぎに注意すべき...とかですかね。」
 「ちゃんと理解しているのね。他にも質問したいところだけれど、今回はここで終わりにします。それらのプリントは返していただけますか?」
 私はスッと手渡した。先生は再び話し始める。
 「では、今度は演習問題を渡します。正答率が8割以上だったら、次のステップに進みます。出なければ、改めて精読してもらいます。」
 「え...。そんなの無理ですって。」
 「相変わらず自分に自信がないのね。」
 「それは当たり前ですよ。苦手な科目なんですから。」
 「でもさっきの質問に答えていたときの自信はどこに消えたのかしら。」
 黙り込んでしまった。
 「ハードルが変わる時に気持ちもすぐに変わる。演習問題をきちんと解ける自信がないのなら、また読む?」
 「...やります」
 「なんて?」
 「問題やります。」
 「そうでなくては。じゃあ、今渡します。もし解けなかったら...」
 「また読む。」
 「ちゃんとわかっていますね。期待していますね。」
 少し強気なところを見せながら実践問題集を受け取った。家帰ってやり始めよう。先生にはできるって証明しないといけない。じゃないと、前には進めないんだ。

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