人間きょうふ症(リメイク)41〜45話
41章
状況が飲み込めなかった。私の容態も少しずつだが、回復はしてきて数時間経った頃だった。
「さっき、喫茶店のおじさんがとか言っていたよね。」
「あ、えっと。おそらくですが、私がとても幼い頃に話したことのあるお爺さんだと思います。今まで、あったことのない感覚でしたが、よくよく考えると、あったことがありました。そのお爺さんは、実家にある蓄音機と一緒のものを持っていて、私の好きなクラシック曲をかけてくれたんです。まあでも、多分自分の中の妄想だと思うので、語っても無意味だと思います。そういえば、私って、どこで車に撥ねられたんですか?」
「それは後に話すから、そのお爺さんの話をしてくれない?」
私が話題を変えようとするとき、どうしても先生はお爺さんの話を聞きたがる。先生は何か心当たりがあるのだろうか。私にはそこまで予測することができなかった。
42章
数週間して身体も動かせるようになり、退院できた。その後のことをいうと、以前に住むのを嫌がった、先生が友達から借りていたタワマンに居候することになった。初めて入るタワマンは、迫力がすごく、今までになかった感情を味わうことに。
先生はカードキーを使い、部屋を開ける。
「ここが部屋よ。今週はゆっくりしてね。」
二人で部屋に入る。とても大きい空間に本がずらりと並べられていた。いずれ憧れていた海外の図書館のような場所。私はこんな場所に来ることをなぜ嫌がっていたのか、不思議で不思議で仕方なかった。私が本に目を輝かしていた時、先生はいう。
「ここの本、読んでいいからね。」
先生のこの言葉で読む気力がさらに高まり、あまりの感情の昂りに早速読み始めた。
ページをペラペラとめくってゆく。知識が脳内に収納され、一冊読み終えるごとに一種の快感を味わう。こうして本をたくさん読んでいき、本のタワーができるのであった。
43章
ある日、いつも通り本を読んでいる私を先生は呼んだ。
「佐藤さん、見せたいものがあります。本当だったら、ここにきた初日から見せようかなと思ったのですが、あまりにも疲れてそうだったし、あまりにも本に没頭していたので、今日が良いかなと。」
すると先生は重そうにそこそこ大きい箱を運んできた。カッターを持ってきて、テープを切り、箱から蓄音機を出した。見覚えのある蓄音機だった。
「先生、これって...。」
「はい。そうです。佐藤さんが学校で話してくれた蓄音機です。」
「でもこれって...世界に二つしかないモデルのはず。なんで...」
「持っている理由ですよね。入院していた時、佐藤さんが幼いときにお爺さんにあったことがあると言っていましたよね。喫茶店のお爺さんは私の恩人なのです。だからというわけでもないですが、ちょうど彼の蓄音機を流そうかなと。」
先生はそう言って、蓄音機にレコードを置いた。
「懐かしいのよね。お爺さんがモーツァルトの曲をかけてくれたあの日のことが。」
私はこの一言でハッとした。私が見た夢はまさか...。
44章
私は先生の経験を見た。そう思ってしまった。きっと、先生も倒れたのかもしれない。単なるこじ付けなのかもしれないけれど。それでも良い。とにかく先生と話をしたい。
とある日の朝食。先生はコーヒーを片手にニュースを見ていた。そんな先生をじっと見つめた。
「どうしたの?顔に何かついてる?」
「いえ、先生って倒れたことがあるのかなって。」
「私?まあ、狭心症だったこともあって、倒れることは多かった方だと思うわ。」
「ちなみに先生の誕生日って1月27日ですか?」
「あ、えぇ、そうだけれど。どこで知ったの?」
「勘、ですかね。なんというか、狭心症だったら1月生まれとかの人がなりやすい病気として知られていますし。とはいえ、先生、今はその病気大丈夫なんですか?」
「なるほどね、勘が鋭いのね。そして病気のことだけれど、治療さえすれば治るから今は大丈夫よ。」
ここでほとんど確信した。にしても私、なんでここまで勘付いていたのだろう。直感には鈍い方であったはずなのに。
そこから、数日間は読書のふりをしながら、先生とあの例のお爺さんの関係について調査し始めるようになった。先生はきっと何かを隠しているに違いない。それはまるで、海の中の宝石なのかもしれない。知る価値は絶対にあるはず。
45章
数日後の夜だった。おやすにの一言を言うために、先生の寝室へ行った。
「...えぇ。佐藤さんも高瀬さんとお会いできたら、きっと喜びます。明日のお昼頃、伺いますね。」
私に聞かれないようにするためなのか、かなり掠れた声で先生は電話をしていた。そっと入るのも申し訳ないと思い、ドアから距離をとり、わざとドタドタと音を立てながら再び向かった。
先生はその音に察したのか、携帯電話を彼女の後ろに隠した。
「せんせー、おやすみー。」
「佐藤さん、今日はちょっとラフな感じなのね。」
「多分アドレナリンを使わなかったからそれが疲れに変化したのだと思います。」
「そう、。今夜はしっかり睡眠を摂るのよ。お昼はどこかに行くから。」
「どっかー...?」わざとあくびをしながら言った。
「眠そうだから、明日言うわね。」
「えー、まあおやすみ。」
寝室から出ながら言った。何か企んでいるはず、そう思った会話であった。