人間きょうふ症(リメイク)46〜49話最終回
46章
朝となり、いつもはリビングでコーヒーを片手に持って飲んでいた先生の姿がなかった。
「せんせー、どこにいますかー」
遠くから先生の声が聞こえた。
「ちょっと今、手が離せないのー。15分だけ待っていて。」
一体どうしたものか。気になった私は、声の方面に向かって行った。どうやら倉庫の中で何かを探していたようだった。
「せんせー、手伝いましょうか?」
「いいわ。」
なんだか、氷のように冷たい返事をした。先生は、私がここに来ることを予想もしていなかったのだろう。
「んじゃ、朝ごはん食べてきます。」
それだけ言って、急いでその場から離れた。
47章
ちょうど正午にもなり、出かける時間となった。
タワマンから5分程度のいかにも古そうな住宅地を通った。その建物にはなんとなくだが、見覚えがあった。
「佐藤さん、どうかしましたか?」
「なんか、きたことがあるような気がして。幼かった時の記憶かもしれない。でも、デジャヴなのかもしれない。よくわかりませんが。」
先生は話を聞き流していたように思われた。普通なら、返答するはずの発言なのに。
沈黙の中、たどり着いたのは、あの夢で見た“喫茶店”だった。先生は堂々とドアを開いた。
「御免ください。高瀬さんはいらっしゃいますか。」
48章
「...はーい」遠いところから声がかすかに聞こえた。
「さあ、座りましょう。すぐに来ると思いますので。」
先生はそういうと、カウンター席に座った。数分後には高瀬さんと言われるお爺さんが表に出てきた。
「にしても、久しぶりだのぉ。二人とも。元気にしていたかい?」
「久しぶり?」
「なんだ、覚えておらんのかね。あんたぶっ倒れたんじゃぞ。」
「あ、高瀬さん!」
「あ、すまんすまん。」
状況が飲み込めなかった。そもそもぶっ倒れた、というのはなんなのか。もしかして、あの夢のこと...?だとしたら、先生は嘘をついていた?見たことがありそうなお爺さん。何が...。
また力が抜けるような、意識が遠のくような...。
バタッ。
「佐藤さん、しっかりして...!」
何かが聞こえる。でも認識できない。なーんだ。また、前と同じ...。
49章
ぴー。ぴー。ぴー。
ん。ここは...。ループしている。どういうことなのだろうか。カーテン越しに声が聞こえる。
「あなたの娘さまはまた狭心症で倒れてしまったようです。過度のストレスが原因なのではないでしょうか。」
「そんな...。私のあかりには、どうすることもできないのでしょうか。」
「今のところ、現状維持のみになります。ただし、彼女には正直に病気を持っていることを伝えるべきです。これから、彼女の方でも自覚して、コントロールさせるべきです。」
“私のあかり”?これはどういうことなのか。しかもお医者さんと思われる人物もどうして私を娘と称しているのだろうか。さらに混乱へ導いてく。
先生が先生ではなく、実は私の親で、その親は狭心症を患ってはおらず、むしろ私がその病気を持っていた。先生、いや、“お母さん“は嘘つき。全て計画通りのことだったのだろうか。私がお母さんに好意を持っていたのは、恋愛面ではなく、おそらく親子愛のようなものだったのだろう。
しばらく目を閉じたまま考えこんだ。すぐそこでお話をしている“お母さん”に意識が戻ったことがバレないように。
彼女がいなくなる頃には、横のテーブルに置かれている紙とペンを取り、メモを残した。
お母さんへ
私は人間不信になったため、旅立ちます。
探さないでください。
そして、さようなら。
これだけ病棟の机に残して、身体に付けられていた吸盤を外して、点滴の針を抜いて傷口にはそこら辺にあった絆創膏を貼り付けて、裸足のまま、その病院の部屋の窓から木へと身体を移した。
私はなんだったのだろうか。そんなことばかり考えながら、病院近くの森林へと走っていった。足はもちろん傷だらけで、痛みを感じていたけれど、そんなことはもうどうでも良かった。森の中をゼーゼー言いながら駆ける。もう、人間という存在と合わないことを願って。
人間はこわい。いつなにを考えているのかがわからないからだ。私はもう私でもないし、先生は先生ではなくなった。みんなもみんなではなくなるのかな。こわいな、人間は。