人間きょうふ症(リメイク)6〜10話
6節(5節)
帰宅した私は、早速、先生に貸してもらった本を2日かけて読んだ。哲学史の内容が書かれている本であった。読み進めていくにつれ、だんだんとこんがらがる。ただ、それが面白いし、なんだか今の時代を生きる人間たちを考えさせられる。意味のわからないことを話題とし、意味のわからない表現をよく使う。本には顔の表情は書かれていないが、なんとなく話している時の心情と私が本で解釈している心情とは全く異なっているように感じる。それが今の人間と似ているように感じる。
そしてもう一つ思ったのが、この世界は「都合の良いもの」で構成されていることだ。本に、「現代では地動説が唱えられているが、中世に至るまで、天動説が主流となった。天動説を採用してしまうと、計算に矛盾が起きてしまうからである。」と書かれていた。この世界は概念でしかないという見解に基づいてしまった。ものも存在しているように感じているが、きっとそれは人間の目がそのような構造をしているだけなのかもしれない。もしかしたら、今読んでいる本でさえ、塵のような見た目をしているのかもしれない。学校とか家という建物でさえ、本当は存在していないのかもしれない。ここまで深く考えさせられた。
気合いでこの本を一通り読んでみたものの、全く理解が追いつかなく、先生にどこから語り出せば良いのかがわからない。しかも、脳を鉛に変換させてしまうような感覚がある。本を読み進めれば進めるほど、様々なことに目を向けてしまうからだ。なんだか、あの息苦しい記憶が段々と脳裏に浮かんで焼きつかれてしまう感覚も現れてきたような気もする。
外はそこまで暗くはなかったので、私は一通り読んだ後、すぐに学校に行った。先生を探して本をすぐに返した。
「先生、、この本はもう返します!」
「どうしたの?以前と様子が違うけれど」
「その本を読んでいると、かなり呪われているかのようで。なんだか、フェルマーの最終定理みたいな。」
先生は私の表現を理解してくれたのか、本を戻してくるからと、その間に3階の少人数教室で待ち合わせするよう言われた。
7節(6節)
「お待たせ。」
先生の目の前に座って言った。珍しく私の顔をじっと見つめ、いつものように落ち着いた声で話そうとしていた。
「佐藤さんの目って、色々語るのよね。あなた、もしかして、去年クラスメイトとなんかあった?」
本を読んだ時の奇妙な気持ちの後に続いたこの発言。きっと先生は知っていて、何か企んでいるに違いない。そう考えると、余計怖くなって私のわなわなした唇は音を発することができなかった。
「佐藤さん。私はあなたの味方です。電話の時の性格はどこへ消えたのですか?あなたは思っている以上に強いですよ。ただ、それを人前では発揮できていない。なぜなら、人の気持ちがわからなくなったから。いや、あなた自身の気持ちを理解していないから。そして、あなたに起きたそn」
「黙ってください!」
「あなたに起きたその出来事があなた自身をありのままでいさせるこt」
「だから黙ってください!」
「…ことができない。それだといつまで経っても自立できないまま大人になると言われ」
「だから黙ってって言っているじゃないですか!!もういい加減にしてください。私が話してもどうせ他の人たちみたいに責めますよね。こんなだから学校にも行きたくないですし、人と関わりたくないんです!」
感情が爆発して叫んでしまった。息を切らしながら、大声で叫ぶ私。なんて最低な人なんだ。言われていることが自分を苦しめているからって、怒鳴ってしまった自分が醜くて、すぐに荷物を持って家まで逃げてしまった。内心ではわかっている。こんなことは人間の行動として悪いことだってことは。
家について私は、すぐに自分の部屋に入り、ドアに鍵をかけ、布団の中に篭って枕を強く抱きしめた。自分は酷い人間。自分は悪人。目から川のように涙が流れ始めた。これからこのことをずっと引きずったまま生きなければならないのかな...。
8節
涙が止まっても、気持ちがどんよりしていて、ずっと布団の中に蹲っていた。その時、一本の電話がうっすらと聞こえた。その音に気がつき、私は布団から起き上がった。いつの間にか寝ていたみたいだ。応答しようとした時、留守電が流れ始めた。
「佐藤さん、先ほども言った通り、私はあなたの味方です。私の言葉を信じるのは難しいかもしれません。でも、騙されたと思って少し信じても良いんじゃないですか?まずは先日、課題を出しにきたような感覚で学校に来てみませんか。本のことは当分話しませんので、ご安心ください。なので、少しだけお話ししましょう。私のことが嫌でなければですが。メールでも電話でも良いのでお返事ください。」
この瞬間、私は電話をでた。
「もしもし、K先生、」
「出ましたね。」
「先ほどは本当にごめんなさい。ついカッとなってしまって。」
「それくらいのことは想定していたわ。でも、学校から出てってしまうことは確かに予想外だったけれども。」
「先生、私、、変わりたいです。皆に嫌われるのも、自分に自信がないのも嫌です。むしろ好かれたいです。また人の心を元気づけたいです。学校で授業も受けたい。でも、やっぱり怖い。周りの視線が怖いです。しかも、ここずっと人と関わることがなかったし、多分先生も知っていると思いますが、1年だった頃、空気が読めなくて皆に避けられるようになったんです。私はあの態度を取られても学校には行こうと頑張ったんです。1人でいることは嫌いではないのですが、とにかくあの空間が地獄のようで耐えられなくて...。」
話している時にはまた涙がポロリポロリと溢れ、声も掠れてしまった。でも、少しだけ気が晴れたような気もした。
「よく言えました。えらいです。佐藤さんは、優しく努力家だから時間の経過とともに、好かれる人となります。私にはわかります。あなたが頑張っている姿を見ましたから。前に渡したあの課題、あなたはほとんどの課題が完璧にできていた。現代文は少し苦手なのかな、という印象はありましたが、基本的には頭の良い回答をしましたね。」
「現代文、、。」
「大丈夫ですよ。作文に関しても、個人的には気に入っていて、とても文学的で現代の森鴎外って感じがしたわ。にしても、私が先ほど言った言葉に少し引っ掛かっているところがありそうな顔をしていますね。」
はい、そうですね、って顔に表情出ているの?私はそこまで表情を変えているつもりはなかったのに。でも、答えないとよねと瞬発的に考えていた。
「あ、はい。でもなんでわかるんですか。」
「先生という職業は、実際に教室にいなくてその子を見ていなくても、課題やテストの字などを見ればわかるものです。その人がどのような人なのか。あなたの回答用紙には何回も書き消した跡がいくつかの場所で残っていな。人は普段、苦手なことをしたがらないことが多い。でもあなたは、苦手な科目に対しても答えよう、答えようと熱心になっていたのじゃないですか?そこはもっと自信を持つべきところよね。」
「自信ですか。」
「まぁこのことは今度学校来る時に話しましょう。くるのいつ頃が良いですか?」
「、、んじゃ、明日の朝で。」
無意識にそう答えた。K先生と話していると、やっぱり心が落ち着く。
9節
私は朝早く学校へ行き、準備室で待機した。朝のホームルームが始まる時のチャイムが鳴り終わった頃に、K先生も入ってきた。
「おはよう。ちゃんと寝られた?」
「、、まぁまぁ。、、先生、先生のこと、少しだけだけど信じますからね?」
「えぇ。ちゃんと話を聞いて、できる限り助けるから安心して。」
俯いた顔で恐る恐る自分の身に起きた経緯について語り始めた。
元々留学をしていて、高校一年生となって帰国したこと。初期は帰国子女だからと皆からの評判は良く、成績もうう週だったことから当てにされることは多かったこと。人に頼りにされることはとても嬉しく、そのためにもっと頑張ろうと思ったが、精神的に不安定になったこと。それが原因で勉強を教えることだったり、課題を写させてあげられなくなったりして、クラスメイトに避けられるようになって、授業中、具合が悪くなって助けを求めても無視されること。先生側からの軽蔑的発言のことも全て話した。
「だからこれはもう無理だと思い始めました。なので、1年生の間だけはなんとしてでも我慢してきました。でも、2年生になってからも同じようなことがあるって考えると、やっぱり自分の気持ちを落ち着かせて、自分のペースで勉強とかした方が良いと思いました。私の親には本当に申し訳ないとは思うんです。でも、精神状態が不安定になるよりは、こうやっていたほうが気楽なんです。先生、これって頑固でわがままなんでしょうか。」
先生はずっと無言でいた。もしかしたら、私の相談に乗っていることを後悔しているのだろう。きっとそう。私が我慢すれば容易だけなのにも関わらず、言ってしまった。自分は醜い人間だ。そんなことばかり頭の中で考えていた時、泣き始める声がした。頭を少し上に傾けると、先生がハンカチを持ち、むせ返っていた。
「、、ごめんなさいね。なき沈んでいるところを見せるのははしたないよね。ここまで色々考えていたのね。頑張ったのよね。本当に、本当に偉い。」
先生の慰めと涙につられたのか、目から大きい涙が何粒も零れ落ちた。
「佐藤さん、本当にごめんね。優しくて努力家。そんな佐藤さんはもっと幸せを感じるべき。一旦、あなたのために何かできないか、考えてみます。」
涙を何度も何度も拭いながら、言っていた。
10節
次の日、私は久々に勉強をした。内容を理解していたとしても、その知識をどう使うのかを考える力を養わないといけないと思ったから。苦手な現代文は相変わらず手を出すことはなかった。
数時間たち、倫理の問題集を十数ページ解いた時だった。ふと、K先生が涙を流していた場面を思い出した。あの時、どう声をかけたら良かったのか。そんな思考がやめられなくなり、勉強はやめた。
昼ごはんをサッと食べ、制服を着て、家から出た。自分から行くにはかなりの自信が必要だったと思う。でも、それより先生のの表情が気になり、行くという選択肢しかなかった。
学校に入り、先生と会えないかなと考えながら、準備室に行こうと廊下を歩いていた時だった。すると、不図押し殺すような怒鳴り声が聞こえた。
「何ウロウロしてんだ!!授業中だろ!」
人が怒鳴るところを聞くのは久方ぶりで驚きのあまりに走ってしまった。
「止まりなさい!」
声を響かせ、足音も段々と大きくなってきた。私は恐怖心を抱え、必死に少人数用の教室に逃げ隠れた。しかし、事もなく、居場所がバレてしまい、腕を掴まれ、引き摺られた。私はあわてふためて逃げようとしたが、握る力が強すぎてできなかった。その時、ドアをガラガラと開く。
「Y先生、どうしたんですか?」
聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「こいつ授業中なのに廊下で散歩してたんで、教育させようと、逃げてったのを捕まえに。」
「あれ、佐藤さん?今日は自分の意思で来たのね。」
でも、私は男の先生がどうしても怖くて、声が出なかった。
「Y先生。連れてくのであれば、腕を強く握らないでください。そして、追いかけるってどういうことですか。このまま続くようだと、Y先生、あなた、問題になりますよ。」
K先生は鋭く言った。全て察していたようだった。
「あ、。すみませんでした。以後気をつけます。」
「その反省の言葉だけでは信頼はなくなります。きちんと行動にも移せるようにしてください。私は今、この子と用があり、お話ししますので、Y先生はもう大丈夫です。」
「佐藤さん、ごめんなさい。このことは親御さんに内密していただけるとありがたいです。」
Y先生はそう言って、どこかへ行った。
「佐藤さん、なぜ走ったのですか?もし、何かにぶつかったり滑ったりしたら、思わぬ事故に遭うことだって考えられたんですよ?」
「、、ごめんなさい。」
「今回だけよ。まぁそれはそうと、今日は勇気を出して学校に来たのね。」
さっきの鋭い口調から、すぐにいつもの優しい声に直して言った。
「え、えっと、、。先生、元気かなって、思って。」
「私は見ての通り元気よ。でも、他に何かあるんじゃないの?」
先生には敵わないんだと感じ、私は半笑いしていた。
「、、やっぱり先生はなんでもわかるんですね。なんか、読心術でも習得したんですか?」
「佐藤さんにとっては、そんなところかもしれませんね。まぁ話をしたいのであれば、準備室の方で少し待っていてもらえないかな。あと少しで20分ほどの教員会議が始まるから。」
「わかりました。待っていますね。」
私は微笑んで言った。