人間きょうふ症(リメイク)1〜5話

 1話
 笑顔が溢れきった日々を送るようになった。
 そんな私の今の目的地はコンビニだ。そのためには、桜のトンネルで咲き乱れたあの道を久しぶりに歩かなければならない。私の歩いている向かい側の歩道では、荷物いっぱいのランドセルを大変そうに背負う子供たちが花びらを集めながら登校していた。そういえばもう、始業式か。そんなのすっかり忘れていた。私も本当は高校へ行くべきだよね。でもそんな気力は私にはもうない。
 とりあえずコンビニに入って、自分の好きなレモンのティーバッグを買った。んじゃ、家帰ってティータイムにしようか。今時、蓄音機だなんて第三者からすれば、古いと思うが、好きなレコードをかけ、読書するのは、清々しいものだ。学校という牢屋に縛られないで、リラックスタイム。
 このような日常を過ごして、数日経った頃だった。電話の着信音が部屋の中で響き渡る。私が通っていたとされる学校の電話番号だった。
 「お電話失礼します。そちら、佐藤さんでしょうか。」
 「はい、そうですが。ご用件はなんでしょうか。」
 「私、今年からあなたのクラス担任になった、です。佐藤さんが4月から学校に来ていなかったので連絡したのですが、大丈夫なのかなって。」
 「ちなみに、こなかった理由とかってありますか?」
 「特にありませんが、緊急時以外に電話かけてくるのはやめていただけませんか?こっちもやることあるので。」
 「あ、ごめんなさい、でも・・・」
 「すみません、切ります。」
 ぷーぷーぷー。担任の先生の話を遮り、電話を切ってしまった。先生はおそらく心配をしていただけなのかもしれないが、私にとってはお節介なことだ。

 2節
 先生からの電話から一ヶ月経った頃だった。私は相変わらず学校には行かないで、ティータイムでくつろいでいた。すると再び電話は鳴る。私はめんどくさがって着信拒否を続けていた。でも、何回も鳴って自分の時間に専念できないことから応答することにした。
 「、やっと繋がった、。もしもし、佐藤さんのお電話で間違いないでしょうか。」
 「はい、そうですが、どちら様でしょうか。」
 「あ、申し遅れました。副校長のKと申します。佐藤さんが学校にこないことで、担任のM先生が困っていたようで、電話したんだけど、、。」
 「そうですか。要するに、クラスに不登校がいると評判が悪くなるから、登校して授業に参加してほしい、と。」
 「あ、いえ、授業には参加しなくても大丈夫です。ただ、学校に来てもらって、課題や皆が書いているノートの部分をお渡ししようかと。やっぱり、ね、授業遅れていたら嫌なんじゃないかと思って。」
 「んじゃ、無理やり授業は受けさせないと。」
 「はい、そうすれば佐藤さんも勉強を遅れないでいていいんじゃないかと。」
 私は先生の話を受け入れないのも多少申し訳なく、素直に承諾した。
 「了解です。んじゃ、明日伺います。」
 「わかりました。では、放課後に来てくれればと思います。」

 3節
 次の日の放課後、私は学校へ向かった。久しぶりの学校は億劫な気持ちも混じっていた。ただ、学校側も配慮を考えてくれているから行かなければ、迷惑になるかもしれない。そんな思考が脳内で彷徨っていた。
 学校に近づくと、校門前には背丈の高い、長いフレアスカートに涼しそうなブラウスと歩きやすそうなコットンパンプスを履いている女性が立っていた。あの気がかりな視線からしたらきっとこの人がK先生なのだろう。私は咄嗟に目を逸らしながらも、挨拶した。
 「佐藤さんね。待っていたわ。」
 「、、ども。」
 「調子はどう?」
 「、、まぁ。」
 なんだ、この先生。あまりにも距離感が違う。なんというか、公平性のありそうな話し方で、不登校だからとかあまり気にしていないような。
 「んじゃ、準備室へ行きましょうか。そこに教材があるので。」
 私は少し頷き、K先生と一緒に準備室へ向かった。
 「どうぞ。どこでもいいから座って。」
 「、、ども。」
 「じゃあ、説明しますね。佐藤さんの課題はこのプリントを全てやることです。期限は再来週の金曜日なので、毎日コツコツやれば終わります。」
 「わかりました。」
 「何か質問はある?」
 「、、特に」
 「じゃあ、これで終わりましょう。」
 私は教材をすぐにカバンの中に入れ、学校を出て帰宅する。桜吹雪にやけ爛れた真っ赤な空の下で1人歩く道はなんだか寂しいような、そんな感じがした。

 4節
 課題はどの科目も解きごたえがあった。現代文だけは、少し難しくて一旦、諦めたけれど、休憩後に改めて解いた。一応、青ペンで添削したら終わりだ。早く出して、読書の時間を増やしたいから学校に電話をかけた。
 「もしもし、お電話失礼します。2年A組の佐藤と申します。K先生はいらっしゃいますでしょうか。」
 「少々お待ちください...」
 数秒後、。
 「お電話変わりました。Kです。」
 「佐藤です。先日課された課題が終わったのですが、出しに行ってもいいですか?」
 「もう終わったの?3日も経っていないよね?」
 「はい、本読んでひとときしたいので終わらせました。」
 「じゃあ、どうしようか。明日にでもくる?」
 「そうします。」
 「わかりました。明日は、大体午後3時に来てもらえればと思います。」
 「はい。」
 この日の会話はこんな感じで終わった。素早く時終わったからか、多少驚いていたようにも聞こえたが、やはり穏やかな話し方であった。

5節
 学校に着く頃、K先生は前回と同様に校門前で待っていた。
 「では、行きましょうか。」
 先生はそう言って、以前と同じように準備室へと向かった。
 「元気?」
 「まぁ、はい。」
 「そう、。本を読みたいとか言っていたけれど、普段はどんな本を読んでいるの?」
 「、、医療の本とか、哲学の本とか、、」
 「難しそうな本を読むのね。やっぱり好き?」
 「好き、というか、人間の思考とか身体の構造を理解したいから読んでいるだけです。」 
 「もう少し詳しく聞かせてくれる?」
 詳しくって言われても、どうやって言えばいいんだろう...。少し悩んでいた末、先生が改めて話し始めた。
 「じゃあ、質問を変えてみよっか。それらの本を読んで、何か学べましたか?」
 「、、少なくても医療は学べました。ただ、哲学は特に何も。読んでいても意味がわかりません。個人的にはおそらく何年経っても全てを理解することには無理があります。でも、もしかしたら何かわかるかもしれない、そんな気持ちで読んでいます。」
 先生は神経を慰撫するような声で言った。
 「哲学はそういうものです。知っているかはわかりませんが、あなたのクラスで倫理を教えています。私は大学で哲学を研究する学科に在学していました。いろんな人の哲学書や思想についての知識を深く調べました。しかし、完全に理解するところまでは辿り着くことはできませんでした。なので、佐藤さんの気持ちはわかりますし、それはいたって普通なのです。逆に、そこでベラベラ話し始めていれば、確かにきちんと理解しているのかもしれないけれども、今の私のように、ほとんどの場合はそこに書かれていることを丸ごと引用しているに過ぎないものです。」
 すると先生は立ち、すぐ隣の本棚を漁り始めた。数分すると、
 「人の何かについて知りたいのであれば、それは時間をかけて学ばなければならない。哲学の理解を向上させたいのだったら、まずはこれを読んでみるといいかな。佐藤さんは何について知りたいのかはわからないけれど、言う気になったら教えて。お勧めできる本を探しますから。あと、それが読み終わった時は、学校に来て、そのことについて話しましょう。ちなみに、登校する時は電話かけなくてもいいからね。」
 何が目的なのか。緒が見当たらない。ただ一つ言えるとすれば、学校にいても、この先生といると、こんなにも短期間なのに心を落ち着かせて自分の意見が言えるのです。


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