人間きょうふ症(リメイク)20〜25話

 21章
 テスト2日目。今日は得意である理系科目もあった。数学と地学の場合、制限時間は30分ずつとはいえども、すぐに解き終わらせた。大体15分くらいだったと思う。
 最終科目はK先生が担当している倫理であった。教科書に書かれているものと同じものばかりだから、かなり簡単だったといえる。とはいえ、中には新聞に記載されていた内容もあり、思い出すのに時間はかかった。
 テストの制限時間が終わると、先生は合図をする。
 「二日間、お疲れさま。」
 「ありがとうございます。どの教科も時ごたえがありました。でも、実際に解けたかといえば、ところどころ解き方を忘れてしまっていたところがあり、難しく感じた問題もいくつかありました。」
 「どの科目も定期テストよりは難しめだから、解けなくても仕方ないね。んじゃ、これから採点しますね。」
 丸つけをしている間は、先生の真剣な顔を覗いていた。視線をずっと感じていたのか、目を私の方に向けることが何度かあった。その時は目を逸らそうとしていた。まだ目を合わせることは苦手なのです。
 長い時間の祭典が終わると、先生は少し驚いた様子で言う。
 「佐藤さん、ほとんどの科目は9割でした。中には満点もありました。現代文もすごく成長しましたね。」
 「本当ですか...!」
 「本当よ。あなたの場合は知識の吸収力が高く、思考力もずば抜けているのね。難しいと言っていた箇所もほとんどあっていたし、そこまで心配はしなくても良いと思う。これからは受験勉強に集中しているだけでも良さそうなくらい。教科書の全範囲からたくさん問題出して、短時間でスラスラ書いているくらいなんだから。」
 顔が熱くなった。今まで、何かで褒められることは滅多になかった。そのため、なんだが身体もくすぐるような気もした。先生は安心しながらも少し考え込んだ顔をして話し始める。
 「そこで提案なのだけれど、一旦学校の授業を受け直してみない?」
 え。先生は何を考えているのだろうか。自分の意識が身体から遠のいてゆくように、頭が真っ白になった。

 22章
 「何でですか...」
 「出席日数が足りないと留年するからよ。大体60日を超えるとほぼ確定でまた2年生をやらないといけない。でも、佐藤さんは地頭良いし、1年やり直すのはもったいないよ。だから授業には出て欲しい。」
 「...無理です。」
 「理由はクラスメイト?」
 少し頭を傾げた。
 「大丈夫。私がいるのだから。もし何かあれば言って。その時は方法を探すから。これは約束する。」
 「先生、本当に助けてくれるのですか...?」
 「助けます。私が一度でも助けられなかったことはありますか?」
 「ないですね。勉強に追いつくように課題を出してくれたり、苦手な現代文を教えてくれたり...。」
 「そうでしょう。だから安心してほしい。実際に、佐藤さんは自覚していないのかもしれないけれど、思っている以上に強いし、思いやりのある人でもある。あなたが身に付けたかった例のスキルも今はあるから。」
 確かに...。確かに先生は、学校が始まってから今までずっと救ってくれた。見捨てられることは一切なかった。以前、先生が言っていたように、一度は信じてみても良いのかな...。一度だけでも良いから。
 「わかりました。登校します。」
 「考え直してくれてありがとう。では、明日待っていますからね。」
 先生はそう言って、いつもの安心するような笑みで手を振ってくれた。

 23章
 2年生となって初めての授業。薫風に吹かれる季節は何か新しい知らせを告げているような気がした。先生が助けに来てくれるという安心感を頭の片隅で理解していたからかもしれない。
 でも、またあの雰囲気になるのかもしれない。椅子に書かれたあの言葉、ロッカーの鍵の件...思い出すだけでも何か不吉な予感を意識してしまう。なるべく深く考えないようには心がけた。
 朝は早い時間、一番乗りで教室に入り、授業が始まるのを待った。その間にクラスメイトは次々と現れる。初めて見る生徒も一人。おそらく転入生かなんかだと思う。去年の前半は皆と話し、時間を過ごすことは多かったので、名前も顔も皆覚えている。担任の先生の顔も初めて学校に来た以来。
 「それでは出席を取ります。」
 ホームルームが始まり、担任は次々と名前を呼んでゆく。
 「...えっとー。まあいないと思うけど、佐藤。」
 「はい。」
 「あ。君が佐藤か。よろしくー」
 「あ、はい。」
 私の席は最前列の前だから存在感あるはずだけれど。むしろ、目立っているよね。なのに、あまりリアクションがないのか…。
 「はい、全員揃っていますね。今の時点では連絡は特にありませんので、ホームルームはここで終わりにしたいと思います。号令。」
 「起立。気をつけ、礼。」
 号令も終わり、授業の準備をする。1時限目は得意である世界史であった。準備も終え、イスにずっと腰をかけていたら、見覚えのある人物が目の前に立った。お嬢さま生活をしていると言われているA花さんだ。去年と同様に髪の毛はくるくるしていて、姿勢も綺麗だ。
 「佐藤さま。お久しぶりですわね。最近はどうお過ごしでいたのです?」
 相変わらず皮肉に聞こえる口調。それでも、気にしないふりをして話してみる。
 「そうね、最近は受験勉強ってところかな。」
 「授業をおサボりながらも、お勉強のなさるの。意外ですわ。」
 「A花さんはどう?」
 「わたくしですか?わたくしは、毎帰宅、«マリアージュ・フレールのマルコ・ポーロ»を淹れて、フランス語会話のレッスンをしていますわ。」
 「マリアージュ・フレールはミント風味で、マルコ・ポーロのサブレとマッチしているから、味わい深いもんね。」
 「あら、佐藤さまってティーにお詳しくて?」
 またまた。皮肉の笑顔が懲りない。以前はkのじょが悪いように言っているかどうかを感じ取ることは難しかったけれど、今の自分はあの術を持っている。去年は、おフランス製がドーのコーのだとか言っていて、感嘆していたけれど、今は嫌味を言っているようにしか感じられない。ここで一つ賭けてみようかな。
 「まあ、ティーに関しては、フランスと日本のものであれば多少わかるよ。」
 この一言でA花さんが豹変した。

 24章
 「あら、そうでしたのねえ。では、これはどうでしょう。«エディアールのアールグレイ・インペリアル»。このティーの特徴を語ってみてくださります?」
 「確か1854年からフランス老舗で売られている高級食材が扱われていると言われていて、黒い缶に入っているあの紅茶、ね...。インペリアルということもあるから、ベルガモットの香りに華やかな感覚を味わえる、色が多少暗めの紅茶よね。」
 「...そ、そうだわね。正解ですわ。よくご存知で。なら、«クスミティーのアナスタシア»はどうですの?」
 「簡単にいうと、100グラムで約3500円くらいする多少高価な紅茶で、ストレートすぎず、甘すぎず、というのが特徴的。同じくベルガモット、さらにはライム、レモン、オレンジフラワーの香りが芳ばしい、ってところかな。」
 こうやって語っていると、チャイムがなる。
 「今回は答えられたかもしれないけど、今度は答えられないようにしますわ!」
 A花さんは、少し悔しそうな顔をしつつも、傲慢な笑顔でこの場を去った。
 授業は始まる。2年生となって初めての授業はどんな感じなのだろうか。さっきからある不吉な予感は段々と大きくなりつつはある。

 25章
 「点呼を取ります。」
 世界史の先生はそう言って、教卓に高そうなシルバーの時計をそっとおき、名前を次々と呼び始める。
 私の名前にたどり着くと、
 「あなたが佐藤さんですね。はじめまして。」
 と一言放った。私は無言で頭を傾けた。あまり話したくない気分であったから。
 出席を取り終わり、すぐに話の本筋に入る先生は、立板に水の如く話しているだけで、去年の世界史の授業と比べると、クラス内は静かだった。だから落ち着いて授業を受けることができた。
 今日の授業はほとんどこんな感じで、何か嫌なことが起きることもなく終わった。帰りに、さっきの忌まわしい感覚は勘違いだったのかもしれないと考えながら、K先生と話に行くために少し駆け足で職員室へ向かった。
 「佐藤さま、そんなに急いでどうしたんですの?」
 「A花さん。特に何もないけれど。」
 「そうですか。では、わたくしもついて行っても良いですの?」
 「それは...。」
 「佐藤さん。ここで何しているのですか?」
 声をかけたのは、K先生だった。私が普段学校に来て一緒にはなう時よりも、背筋が凍りつくような声と目をしていた。これはきっと何かのサインだ。それを察して、これから怒られるかのように振る舞った。
 「百合園さん、これから佐藤さんと用があるので、後でいらしてくれますか?」
 A花さんは気を悪くしたような顔で先生にいう。
 「あら、先に一緒になったわたくしを合理的なことに徹していらっしゃること。」
 「すみませんね。大事なことなので。佐藤さん行きましょう。」
 A花さんがどんなことを言おうと、先生はブレることもなくその場から私を脱してくれることに成功した。
 「この教室なら、百合園さんが来ることもないかもね。」

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