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医療ミスは何故なくならないのかー航空業界と医療業界から見る「失敗の科学」

ーーなぜ「パイロットガチャ」は無いのに「医師ガチャ」は存在するのか。

飛行機を予約するときに「このパイロットは操縦が下手だから避けよう…」と考える人はほとんどいない。それは、航空業界が高度に標準化された安全管理システムを持ち、パイロットのスキルが一定の基準を満たしていることを信頼できるからである。

一方で、病院を選ぶ際には「この医師は信頼に足るのか?」「手術が上手い名医はどこにいるのか?」と不安を抱えながら情報を集めるのが現実である。このような「医師ガチャ」の現状を変えることが、医療における本質的な課題解決の第一歩だと考える。

なぜ航空業界は安全を確立できたのか

航空業界には、事故の原因を徹底的に調査する独立した機関が存在し、その調査結果が民事訴訟で証拠として使用されることは法的に禁じられている。この仕組みにより、事故の当事者は率直に原因を語ることができ、事故の責任を「人」ではなく「システム」に求める文化が育まれている。結果として、事故原因を構造的に分析し、同じ過ちを繰り返さない仕組みが確立されている。

「クローズドループ」を抜け出せない医療業界

一方、医療業界では、医療事故の原因を医師個人の能力に求める風潮が依然として根強く残っている。医療行為は極めて複雑であり、避けられる医療事故と避けられない合併症を厳密に区別するのは困難である。また、現場の多忙さから、医療従事者が振り返りの時間を十分に確保できないという現実もある。しかし、振り返りを行わなければ、同じミスが繰り返される「クローズド・ループ」から抜け出すことはできない。

テクノロジーは医療事故を減らせるか

この課題を解決し、医療事故を減らすためには、テクノロジーの力が不可欠である。例えば、手術支援ロボット「DaVinci」には、手術時のアームの動きがすべて記録される。このデータを活用することで、経験の浅い医師とベテラン医師の技術差を定量的に把握し、若手医師が名医の動きをトレースして学ぶことが可能になる。これにより、手術後に事故の原因を分析し、次回以降の手術で同様のミスを防ぐことができる。

さらに、診療時の医師と患者のやり取りを要約するAIも、臨床現場で導入が進んでいる。これらのAIが、診断内容と患者の転帰を分析することで、より安全な治療方針を提案できる可能性がある。これらのテクノロジーが普及すれば、医療現場においてもシステム全体で事故を防ぐ文化が醸成され、「医師ガチャ」の問題を解消する大きな一歩となるだろう。

テクノロジーは医療事故を減らせるか

医療業界と航空業界の違いを分析した『失敗の科学』という本がある。その中で特に印象的な一文がある。

我々が身に付けたすべての航空知識、すべてのルール、すべての操作技術は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものばかりです。(中略)大きな犠牲を払って、文字通り血の代償として学んだ教訓を、我々は組織全体の知識として、絶やすことなく次の世代に伝えていかなければなりません。これらの教訓を忘れて一から学び直すのは、人道的に許されることではないのです。

マシュー・サイド. 『失敗の科学』


この言葉は、医療の未来を考える上で何度も思い返したい重要な教訓である。医療が「名医頼み」から脱却し、システム全体で患者の安全を守る仕組みを構築する。そのために、私たちは何をすべきか、何ができるのかを今一度考える時が来ていると思う。


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