ゴールデンカムイ考察(ほぼ尾形上等兵関連)※妄想、個人的希望あり【本誌ネタバレ注意】
あまりにもゴールデンカムイが好きすぎて、寝ても覚めても金カムのことばかりかんがえています(笑)
作中では描かれていない部分で、自分の中でふと疑問に感じたことがあり、一部こういうことかな?と思ったことを書いてあります!
尾形上等兵が初めて鶴見中尉に出会ったのはいつか?
月島軍曹や、宇佐美上等兵、鯉登少尉と違い、尾形上等兵がどのように鶴見中尉に口説かれたのか、はあまり書かれていない。父上暗殺後の馬車の中での膝ナデナデが唯一と言っても良いのではないか。しかもその際には尾形上等兵は心の中で「たらしめが」と言っている。【注1】この時点で既に尾形上等兵は中央のスパイとなっており、鶴見中尉の野望と甘言であることは知っていた。しかし最終章で明らかになった尾形上等兵の自分を見て!の鶴見中尉へのクソデカの愛は、どこかで培われていないとおかしい。つまり作中に書かれていない所で、口説かれているはずなのだ。
あくまで想像の域を出ないが、入隊前には茨城で出会っているのではないか。鶴見中尉は情報将校として、花沢幸次郎に隠し子がいることは知っていたはずだ。(というか勇作も知っていたし、軍では有名だった?)そこで自分の駒となるようスカウトに行ったのではないか。それこそ甘い嘘で軍に入るよう説き、お膳立てしたのではないだろうか。本人も母からの「立派な将校さんになりなさいね」の呪縛から、恐らく入隊するつもりであっただろうから、鶴見中尉の甘い嘘を、本気にしたのではなかろうか。
そして鶴見中尉が「百之助」と呼び捨てにしているのも、あえて父性を感じさせる呼び名なのかもしれないが(鯉登パパの「音之進~!」は愛にあふれていた)、幼少期から知り合いの「時重くん」の名前呼びに通ずるものがある。そうなるとやはり10代半ばころまでに出会っていた可能性は高い気がする。
さらに祖父母が入隊前に行方不明、という【注2】情報からも、何らかの工作があったとも読み取れるのではないか。
トメさんと幸次郎の関係は?
同郷の親友であった花沢幸次郎と鯉登平二について考えると、鯉登家の長男、鯉登平之丞と花沢家の嫡男、勇作の年齢が離れている。(約10歳差)二人の結婚したタイミングは鯉登パパが多少早かったとしても、当時は結婚が早かったと思われるので、花沢家はなかなか子宝に恵まれなかったのではないだろうか。また勇作が一人っ子であり、母のヒロさんが醜態を晒すことになっても【注3】一人息子の勇作を守ろうとしていたことからも、あり得ると思う。
仮にそうだとするならば、なおさら幸次郎にお妾さんがいたのは半ば公然の秘密だったであろう。何なら養子にして嫡男として育てることも、今ほどの抵抗感はなかったのではないだろうか。
さて、その前提で考えれば、浅草芸者だったトメさんを見初めて身請けして、手作りあんこう鍋を振る舞えるような、別宅に囲っていたのではないだろうか。そしてトメさんが先に懐妊、そして長男として百之助が生まれたのは、おめでたいことだったと思う。いや、そう信じたい。きっと親子三人対面し、家族である時間があったはずである。だからこそ、死に際に「出来損ないの倅じゃ」【注1】発言があったのではないだろうか。一度も会ったこともない男に、できそこないの倅というだろうか。
しかし話を戻すと、尾形上等兵が「まだ赤ん坊の俺を茨城の実家に連れ戻した」【注1】と幸次郎に話していたことから、一歳~二歳前後の年齢差で、本妻のヒロさんとの間に待望の男子である勇作が生まれたのだろう。そして幸次郎はトメさんと百之助に会いに来なくなったし、たぶん縁を切ってしまった。軍部での立場的なものもあったのだろう。想像するに最後に「また来る」とでも言ったのではないだろうか。それをトメさんは心の拠り所にしてしまったのかもしれない。尾形家あるある…
しかし一つだけ希望的観測を述べるなら、嫡男の勇作が「勇一郎」や「勇太郎」という名前でも、幸次郎のネーミングにあわせるならおかしくはなかった。それなのに長男感のある名前でないのが、先に百之助がいたからさすがに付けられなかったのでは、と考えてしまう。
幸次郎が殺される前に、「貴様も頭のおかしくなった母親が哀れで疎ましかったのだろう?私と同じじゃっ」と言っていることから、幸次郎もトメさんを疎ましく思うきっかけがあったと思われる。【注1】これは想像でしかないが、幸次郎は本妻が懐妊してから徐々に別宅へ足が遠のき始め、いよいよ男児が生まれてから来なくったのだと思う。もしかすると仕事場や本宅まで押しかけた(から周知の事実になってしまった?)り、恋文のような手紙を何度も何度も送ったりしたのではないだろうか。段々とその狂うほどの気持ちが重かった=うとましかった、のではないだろうか。
最初にこのエピソードを聞いたときは、当時なら妾は珍しくなかっただろうし、息子を将校にさせたい、なんて夢のまた夢だよ、トメさんたら身の程を弁えてたらいいのにとすら思った。でも尾形上等兵の闇の深さを知るにつけ、トメさんはそんな打算的な人じゃなかったんだろうな、と思うようになった。単に愛されたかったから、話が複雑になってしまったのだろう。むしろ打算的でズルさがあれば、百之助をチラつかせたり、養育費的なものをがっぽりもらうなど、もっと逞しく生き続けたはずなのである。身の程を弁えられない愛の深さ、これこそが尾形母子の愛のカタチなのかもしれない。
尾形上等兵と祖父母の関係は?
母に殺鼠剤入りあんこう鍋を食べさせて、亡き者にした尾形少年。その後も祖父母は行方不明になるまでずっと尾形少年を育ててくれていた。虐待などもしていないだろうし、邪険にもしてはいなかっただろう。そういう意味では愛があったが、その後の大人になってからの尾形上等兵を見ていると、その愛は尾形少年を満たすものではなかったようだ。その証拠に尾形上等兵は自分を「バアチャン子」と称しつつ【注4】、『御飯をくれる人』だから少しなついた」とある【注2】。猫ちゃんである。
祖父母の気持ちに立つと、複雑な心中は分からなくはない。可愛い娘を精神的におかしくし、死に追いやった憎い男の子供で、顔もその男に瓜二つ。憎い故に、祖母は孫に娘を捨てた恨み言を話していた。さらに娘は殺鼠剤を自分で混ぜ自殺した、と思う反面、苦しむ母のそばであまりにも冷静だった幼い孫に恐怖、もしくはまさか、と疑いをかけたことはなかっただろうか。祖父母は孫の面倒はよく見ていたにせよ、尾形少年とは距離があった気がしてならない。【注1】
祖父母が憎い男と同じ軍人になることもよく思っていなかったとすれば、入隊前に「消えた」のも話が通る。
トメさんが芸者になったいきさつは?
娘を花街に売るほど尾形家が貧しいようには見えない。これこそ想像の産物になってしまうが、当時は丁稚奉公や花嫁修業のような形で、10歳前後の子が他所で奉公することは多かったようである。トメさんは当時の最大の歓楽街であった浅草で、将校に見初められるほどの美人だったろうから、町で大店奉公などしていた娘時代に、「綺麗なおべべを着れるよ」と花街芸者に勧誘されたのではないだろうか。
※「綺麗なおべべが着れるよ」に関しては、私の祖母(90歳過ぎ)から聞いた実話である。義叔母(明治生まれ)が祇園で芸者を預かる仕事をしており、結婚していなかったため、家計が苦しかった姪っ子(祖父の妹)(当時5歳)を養女にしてしまった。その際に本人に「綺麗なおべべが着れるよ」と言い、本人もその気になってしまった、そうだ。(曾祖母は娘を養子に出すのを拒否していたが、夫が夭逝したので、致し方なかったそう)晩年の姿しか知らないが、その方は色白で大変所作が綺麗で、茶目っ気があった。幼少期から三味線、小唄、日本舞踊など毎日叩き込まれたそうである。
きっと、界隈でトップの売れっ子芸者であったろうトメさんは、もしかすると16歳~17歳くらいの若さで、花沢幸次郎に見初められた可能性が高い。そうならば初めての恋だったかもしれない・・・芸者だったなんて聞くと、百戦錬磨の手練れと思うけれど、10代のいたいけな少女が、愛する男(身分も高く家柄もよし)との子供が生まれ幸せの絶頂にいたのに、突如捨てられて、すべてを失った、と考えると・・・幸次郎こそ呪われろ!と叫びたくなるのである。
注1【11巻第103話】
注2【ファンブック】
注3【28巻277話】
注4【5巻第43話】