親孝行な子
流産手術の後に検体を染色体検査に出していた。
数週間後の7月の某日に染色体検査の結果は「トリソミー16」と告げられた。「母体のせいじゃなかったからね」と女性のドクターは極めて優しい表情と声色で伝えてくれた。
帰宅してから「トリソミー16」について検索をかけた。「トリソミー13は口唇口蓋裂、トリソミー18は多くの合併症、トリソミー21はダウン症…」。13,18、21は赤ちゃんの写真と情報が出てくるのに、「トリソミー16」についてはなかなか出てこない。
「知りたい。なんでだめだったのか。」
全く情報を得ることができない焦りからだんだん苛立ってきた。
翌日にもう一度ネットサーフィンを繰り返していると、あるクリニックの記事にたどり着いた。
「染色体異常による流産の原因の3分の1がトリソミー16」というデータを出していた。なぜあれだけ探してもデータを見つけることができなかったのか。それは、出生例すらない染色体異常だったからだ。
稽留流産のほとんどが16だったのであれば納得がいく。
「流産で亡くなった子たちのほとんどが、万が一生まれてくることができたとしても、健康でなかったり、やっぱりすぐに亡くなっちゃたり。だから、親孝行な赤ちゃんたちなんだよ。」ってアドバイスをする助産師の動画を妊娠中に見たことがあった。遺伝子に異常があれば健康にいきてはいけない。「そりゃそうだわな」と頭では理解していた。そしてお腹の我が子がそんな親孝行を働かないことだけを祈っていた。
我が子は親孝行を働いてしまった。
試験まであと3週間。しかも仕事はこれから期末整理になり繁忙期にさしかかる。
「もういっそのこと諦めてしまおうか」という考えが頭によぎった。だけど、「転職を真剣に悩み、昨年の4月末から始めた公認心理師試験の勉強をここで辞めていいものだろうか」「この1年どんなにきつくても続けてきた勉強を、試験を目前に諦めてもいいのだろうか」「Gルート受験は今年で最後。二度とないチャンス。もう来年は受けられない」と、流産の悲しみと一緒に、試験への迷いが頭の中で渦巻き始めた。
「術後のこの療養する時間は、あの子がくれた時間なのかもしれない」
自分のいいように解釈するしかなかった。布団で休んでいる時間以外は赤本の3週目を解き進めた。自宅療養中に3週目を解き終えた。復帰してからの週は、模試の結果の分析でわかった弱点分野と個人的に苦手だと感じてる分野の問題を時間の許す限り何度も解いた。
7月17日。不正出血はまだあった。忘れ形見のムーンストーンのピアスをつけて、午前2時間・午後2時間、計4時間の試験に臨んだ。
お昼休みに隣で受験していた女性に話しかけられた。
「なんか、異質ですよね。今年の問題。見たことない人の名前がたくさん出てきましたよね。」
年齢は私よりも上か下か。痩身で髪が長くてきれいな人だった。
「そうですよね。Gルートの受験、今年が最後なのに!焦りますよね。」
とそんなこと自分は言ったように記憶している。
「万が一ダメだったとしても、働きながら勉強に頑張った自分を褒めてあげないとですよね!」
と明るく言う彼女にその時はなんだか励まされた気がする。この人が隣の席でよかったなぁと、この偶然に感謝した。
福岡会場には4000人くらいいただろうか。
「この中には自分と同じように、働きながら勉強に頑張った人たちがたくさんいるんだよな。」と名前も顔も知らない同志たちに対して、激励の気持ちが湧いてきた。そして、今までの自分の苦労が報われたような気持ちになった。
私の席は会場の後方で、会場全体の様子を見渡すことができた。会場にいる人の年齢は本当にバラバラで、大学生みたいにどけない雰囲気の人から、60~70代かな?という人もいた。
正直、手ごたえがなかった。だけど、終わったあとは清々しい気持ちに満たされていた。やっぱり自分は勉強が好きだな、と。結果発表は8月26日。「長く待たされるなぁ」と溜息をつきながら会場をあとにした。
8月26日午後2時過ぎ。なんと自分の受験番号はあった。本当に自分の番号なのか自信がなくなり、職場の後輩にも一緒に番号を確認してもらった。
「先生!よかったですね。だって先生、あんなに勉強がんばってましたもんね」と労ってくれた。なんて優しい後輩なんだろう。
隣の席で受けたあの女性も合格していたようで、なおさら嬉しかった。(失礼を承知で彼女の受験番号を覚えていたのだ。)
退勤したあと、車の運転をしていると、目頭が熱くなってきた。あの子は私の目標達成を促すために先に逝ってしまったのではないかと。
不妊治療を始めたばかりの頃に、「あなたは不妊じゃない。大丈夫。」と言わんばかりにお腹に宿ってくれて。そして、フルタイム勤務と勉強、そしてつわりに苦しんでいる時に「自分のことは気にせず、夢のために精一杯頑張りなさい。」とい鼓動を止めてしまった。
「親孝行すぎるでしょ、さすがに…」
運転しながら涙が止まらなくなっていた。
後日合格証書と登録に必要な書類が送られてきた。
勉強できる環境に身を置くことができたことに心から感謝した。
旦那さんが、私のやりたいことに理解を示し、協力してくれたことにはいくら感謝してもしきれない。この資格を使うタイミングはまだ決めかねている。だけど、もし、次に子どもを授かることが出来て、子育てと今の仕事の両立が困難だと感じたときには、迷いなくこの資格を使いたいと考えている。