お弁当は、愛。

「あ、そうだ、ママ。
3週間、お弁当を作ってくれてありがとう」

先日、幼稚園から帰宅する道すがら
娘が背後からいきなりこう言ってきた。


私の頭は高速で、3週間前にさかのぼる。

ん?3週間前…
2月の半ば、くらい…?

いやいや、これは
娘の強烈な言い間違い。

正確には「3年間」と言いたかったのだろう。

しっかりしているように見えて
どこか抜けている娘。
強烈なボケをかましてくるのは日常茶飯事。

今回も、
はいはい、3年間ね、とすぐに理解した。

その日は、
クラスのみんなで食べる最後のお弁当の日だった。
次の日からは午前保育となり、
お弁当を持ってくるのが最後のお友達もいたので、
担任の先生が「お父さん、お母さんに感謝しようね」と
子どもたちに伝えたらしい。

そこで娘は
ママにちゃんと言わなきゃ、と胸に刻みつけていたようで
お昼の時間からずいぶん経った夕方、
私と帰っている途中でそのことを思い出した、というわけだ。

「3年間、お弁当を作ってくれてありがとう」


よく目にする、ありふれた一言。

でも娘の口から、
その愛しい声でそう言われると、もう駄目だった。
その言葉を頭の中で反復し
自分でもびっくりするくらい、
涙で前が見えなくなってしまった。

これを読んで、理解できない人もいるだろう。

(つい先日も夫に、
「お前は最近すぐ泣きすぎてちょっと心配になる」と言われた。怒!)

母親というものは、
日々の家事育児を
当たり前のように行っていて

それが自分自身も「できて当然」
「何でもないこと」のように捉えているように思う。

毎日のお弁当作りだって、もう何年も繰り返していれば
コツも勘所も、なんとなくわかっている。
そこまで苦労した記憶は、ない。

しかし、そのいつの間にかの「慣れ」には
時間も、手間も、思いも、積み重なっているのだ。


年少のころは、時間内に食べきれないと悲しむだろう、と思って
一口サイズのおむすびを3つしか入れなかった。

いまでは大きなお弁当箱にご飯をもりもり詰めても大丈夫になった。

入園したてのころに大好きだったアナ雪の、
お箸、スプーン、フォークの3点セット。

真ん中のお箸だけが、キャラクターの塗装もはがれず
未使用のまま、何年も私と娘の間を往復していた。

いつかこのお箸を使う時が来るのだろうか、と
諦めに近い気持ちで毎日洗っていたが
いつのまにかお箸だけを持っていくようになった。
やたら幅を取った、3点セットの容器が懐かしい。


猫が好きな娘のために
みかんを持たせるときは、ペンで耳と顔を書いた。
あまり絵は得意じゃないが、それなりに
毎回表情を変えてみて
たまにひどい仕上がりになってしまったが
お教室での反応はどうだったんだろう?

苦手な課外授業の曜日には必ず、
彼女の好きなパンとチーズを入れて
午後から頑張りーよ、と母なりの応援をした。

緑の野菜がなくて
彼女があまり好きじゃない、ほうれん草のバター炒めを
ごめん~!と思いながらそっと入れたこともあったっけ。


その渦中にいる時は
そうしたちょっとした手間や思いに気づいていない。
しかし、終わりに気が付いたり、
子どもからの発言があったり、何らかのきっかけで
あんなこともこんなことも、一気に噴き出してくる。

世のお母さんが涙もろくなるのは、
周りの人は知らない
自分だって無意識の、でも大きな
愛情の積み重ねがあるからじゃないかな、と思っている。


後日、担任の先生にお会いした時に
娘に「お弁当、ありがとう」って言ってもらえたんですよ、と報告した。

「お弁当作りは大変だもんね」と先生。
勤続30年越えの、保護者からも信頼も厚い、頼れる先生。

親への配慮も完璧で、
娘の最終学年、小学校に向けての準備の期間に
担任を1年間、務めてくださって本当に感謝している。

「でも、柿戸さんとこはまだまだつづくじゃない?
あんまりさみしくないわよね」

いいえ、先生。
先生に反対するのはおこがましいですが、
それは違うんです。

下に弟妹がいても、
娘に、この子に、お弁当を作るのは、終わるんです。

小学校に入ってしまえば、お弁当がめっきり減るのは
知っています。
次に必要になるのは、塾弁でしょうか。

でも、エルサの小さなお弁当箱に
何とかご飯がはみ出ないように、おしゃもじを立てて詰めるのは、
終わるんです。

まだ暗い台所で
ペンを片手に、滑りやすいみかんと格闘する
ちょっと笑える状況は、もうなくなるんです。

大きくなってしまえば、そんな小手先の工夫など
喜ばないでしょうから。


そう思うと、楽しい時間を過ごさせてもらったな、と思う。
子どもが次のステージを迎えるたびに、
こんな思い出をくれてありがとう、と感謝したいのはこちらの方だ。


ここまで感傷的に書いてきたが
娘は、延長保育にお世話になっているので
まだあと1週間、お弁当を持参して登園する。

あと5回のチャンス。
楽しかった、娘への幼稚園弁当作り。
明日は何を入れようかな?




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