送り火

昨夜は送り火2024
いつも思い出す光景は、とある大学病院の病室から見る大文字。

火が灯っていたわけではない。夕陽に映る大文字を見て、ベットに横たわるあのひとと、
「もうすぐ送り火ですね」
「綺麗でしょうね」
そんなやりとりをした、あの時間。

産婦人科医になって間もない頃、妊娠初期だったその人は緊急入院しました。数日前に苗字が変わったばかり。
病棟担当だった私にその人は
「つわりがひどくて、爽健美茶しか飲めないです」
と言いました。
入院時のバイタルサイン見て、つわり??なんで低酸素なんだ?と酸素投与や検査の指示出しをしつつ、爽健美茶を買いに走りました。ほっと笑顔になったのも束の間、その後急変。大学病院に搬送となりました。

精査の結果、ちょっと珍しい、呼吸器疾患とのこと。治療効果が見込める治療はどれも、赤ちゃんに影響があるお薬。
妊娠の中断(人工妊娠中絶)を勧めるも、本人が拒否していますとの連絡を受けました。いや、それ、危ないんじゃないか。

いつもより少し早く退勤できた夏の日、お見舞いに行ってみました。爽健美茶片手に病室に訪れてみたら、ちょっと良くなって人工呼吸器が外れていました。

「こんにちは。少し良くなったんですね、良かったですね。」

でも、とても話せる状態じゃない。息が早くて、もう、爽健美茶は飲めない。

何を話したか、あんまり覚えていないんです。ただ、彼女のベッドは窓際で、大きな窓に大きな大文字が見えていた。
もうすぐ大文字ですね。そう言った時、彼女が頷いたのか、待ち遠しいとお話したのか。

その数週間後、訃報の知らせがありました。
あれから、ずっと、送り火には彼女と彼女の赤ちゃんを、想うのです。


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