『角煮は知っている…』
シナリオ・センター本科 課題②「マッチ」
作・瀬下祐美
⭐️脚本を習い始めた頃の20枚シナリオです。
ホラーにするつもりは全くなかったにも関わらず
ホラーになってしまった作品です。笑
登場人物👤
木下幸男(60) 元刑事
佐藤明日香(33) 幸男の娘
佐藤萌(3) 幸男の孫
渡辺悦子(60) 小料理ともしびの女将
福田初江(20) スナック灯の元ホステス
◯木下家・外観(夜)
灯りが点っている郊外の一戸建ての家。
◯同・リビング(同)
ダイニングテーブルの上に、警察功績賞の
勲章と小ぶりな花束が無造作に置いてある。
◯同・寝室・ウオークインクローゼット・中(同)
ハンガーに掛かった沢山のスーツ。
一着づつポケットの中身を確認しながら
片付けている木下幸男(60)。
ヨレヨレの古ぼけた一着のスーツに視線が.
止まる幸男。
幸男「まだあったのか!!」
懐かしそうに撫でて、ポケットに手を入れ
て確認する様子の幸男。
手がぴたっと止まり、紫地に白抜きで 『スナック 灯』と表示されたマッチ
をゆっくり取り出す幸男。手のひらに
乗せ、じっと見つめる幸男。
明日香の声「こんばんは〜」
萌の声「じいじ〜」
我に返る様子の幸男。
幸男「お〜!!」
マッチをズボンのポケットに無造作に
しまい、出ていく幸男。
◯同・リビング・中(同)
ダイニングテーブルを挟んで佐藤明日香 (33)と佐藤萌(3)。
テーブルの上に和菓子屋の様な包装紙に包まれた土産。
萌が花束を持って遊んでいる。
萌を微笑み見つめる明日香。
萌、明日香に花束を差し出す。
萌「まま〜どうぞ〜」
明日香「ありがとう〜!!」
大袈裟なリアクションする明日香。
そっと入ってくる幸男。
幸男「それ、俺がもらったものだ…」
明日香、花束を萌に持たせて萌の耳元で囁く。
明日香「じいじに…ご苦労様って…」
萌、花束を幸男に渡しながら
萌「ごくろうさま!じいじのすきなどらやきかってきたからたべようね!」
萌を見つめて、満面の笑みの幸男。
幸男「ありがとう!!」
萌を抱き上げようとするがやめて、腰を摩る幸男。
テーブルの上の警察功績章を見る明日香。
明日香「お父さんって…凄い人だったんだね!…ご苦労様でした!!」
戯けた様子で敬礼する明日香。
幸男「…お前には…散々苦労かけたな…」
明日香「それを言うなら…お母さんに言えば?」
仏壇の中年女性の微笑む遺影をそっと見る明日香。
明日香「…でも…お母さんもご苦労様って喜んでいるみたい…」
幸男、仏壇の前に座りズボンのポケットからマッチを取り出す。
火を点けようとするが、ヤスリ部分が薄くなっていて点かない。
幸男「…やっぱり無理か…」
マッチを恨めしそうにみる幸男。
明日香、マッチに興味を示す。
明日香「何それ!!」
幸男「何って…見りゃ分かるだろう…マッチだ…」
明日香「初めて見た!どうしたの?それ…」
幸男「駆け出しの頃に着ていたスーツのポケットから出てきた…」
マッチを見つめる幸男。
幸男「その頃…ある殺人事件で被害者の勤務先だったこの店に
聞き込みに年中行っていた…結局…未解決のままになってしまったけどな…」
幸男を神妙な面持ちで見つめる明日香。
明日香「…刑事の顔になってる…?」
咳払いする幸男。
明日香「ねえ…明日からどうせ暇なんでしょう?行ってみれば?その店…」
幸男「何言ってんだ!もう30年以上前だぞ?あるわけないだろう…」
◯小料理 ともしび・前(夜)
紫地に白抜きで『小料理 ともしび』と描かれた暖簾がかかっている。
暖簾を見て、立ち尽くしている幸男。
幸男「…あった…」
◯同・店内(同)
7席程のカウンターと、3つ程の4人掛けテーブル席がある。
和服に割烹着姿でカウンター内にて仕込み中の渡辺悦子(60)。
恐る恐る入ってくる幸男。
幸男「…すみません…35年前にここにあったスナック灯って…」
幸男を訝し気に見つめるが、次第に表情が変わる悦子。
悦子「…幸男さん…?」
ギョッとする幸男。
クスッと笑う悦子。
悦子「母が亡くなって、改装して私が店を引き継いだんです!
いやだ〜すごく懐かしいわ〜」
幸男「…よく僕の事覚えて…」
悦子「だって…いい男だったもの!お互い歳はとりましたけど…
面影ですぐわかったわ!!」
照れる幸男。
神妙な様子になる悦子。
悦子「…なんでまた…突然…」
幸男、ポケットから紫地に白抜きで『スナック 灯』と印字されたマッチを
取り出し悦子に見せる。
幸男「…こんなものを見つけて…なんか懐かしくなってしまいましてね…」
悦子「…そう…何か…召し上がりますか?」
幸男「…では…角煮をいただきます…35年ぶりに…」
ハッとする様子の悦子。
悦子「…今…煮込んでいますから…もう少しだ け…お待ち下さいね…」
幸男「みなさん、お元気ですか?」
悦子「…ええ…孫がもう20才ですよ?時の流れを感じるわ…」
幸男「…そうですね…まさか自分が孫にメロメロになるとは
思わなかったですよ…」
悦子「あら!いいおじいちゃんしてらっしゃるのね?」
笑い合う幸男と悦子。
悦子「…今日はもうお店閉めちゃいますね…」
微笑みながらカウンター奥へ行き、いなくなる悦子。
カウンター内で角煮がコトコト煮えている。
カウンター奥から福田初江(20)が古めかしい着物姿、無表情で静かに
現れる。
幸男を見てにっこりし、角煮を静かに幸男の前に置く。
初江を見つめる幸男。
幸男「ありがとう!悦子さんのお孫さん?」
微笑みながら、カウンター奥へ去る初江。
角煮を見つめ、考え込む様子の幸男。
悦子がカウンター奥より現れる。
悦子「話好きなご近所さんにつかまってしまって…1人にさせてしまって
ごめんなさいね…」
幸男「いや…お孫さんが来て、角煮を出してくれましたよ…」
角煮が入った器を掲げて、悦子に見せる幸男。
悦子「えっ!?そんなはずないわ!今、アメリカにいるのよ!?」
考え込む様子の幸男。
幸男「じゃ…従業員の方かな…」
悦子「従業員なんていないわ!私がひとりで切り盛りしているのよ?」
角煮を見つめ、ますます考え込む幸男。
熱燗とお猪口をそっと差し出す悦子。
悦子「…さあ気を取り直して、呑んでくださいな…」
幸男、熱燗を呑みながら店内を見回す。
古い写真が貼ってある壁に目が止まり、写真を指差す幸男。
幸男「…あの写真って…」
悦子「ああ…スナック灯の時の写真ですよ…母も写っていて、私も若い!」
悦子、笑いながらカウンターより出て写真を取りに行き
幸男に見せる。
写真の20才位の着物を着た女性に目が止まり、驚く幸男。
幸男「…この女性ですよ!さっき角煮を出してくれたのは…」
真顔になる悦子。
悦子「…そんなはずありませんよ…警視庁元捜査一課の敏腕刑事さん…
35年前に…私が殺した女だもの…」
お猪口を持った手が止まり、悦子を凝視する幸男…
終