見出し画像

真冬の怪談  蹲る女 ②


神様!お願い!

霊感が人並み外れて強いTちゃんの所に、夜な夜な現れる白い服を着た長い髪の女と対決すべく、
私は彼女が間借りしている大家さんの離れに向かった。(ここまでの詳細は①で)
映画ならここでゴーストバスターズの曲がバックに流れる所だが、特に盛り上がることもなく裏木戸を開けて中庭に入った。

夜の9時を回った頃。

小さな玄関灯に照らされて、庭木の向こうに平屋が一軒黒く浮かんでいた。
鍵を開けて入ると、たった3日いなかっただけなのに空気が澱んでいる。もともと陽当たりが良くないせいか、湿った臭いが少し鼻腔をついた。

すぐに電気とテレビをつけて、冷えた部屋に日常を取り戻す。
「コーヒーでも飲む?」
「飲む飲む!」
重い空気を振り払うように2人ともあえて明るく喋る。あの女が出てくるまで、まだだいぶ時間はあったけれど。

コーヒーを飲んでから、順番に風呂に入り早めに布団を敷いた。
一つの布団で一緒に寝ようと思っていたが、一つだけだとなんか寒々しくて、2つの布団をピッタリくっつけて敷いた。
布団の上に座ってポテチを齧りながらテレビを見ていると、お腹がいっぱいになったせいか急に眠気が襲ってくる。
見ればTちゃんもあくびをしていた。

「やっぱり生きた人間の方が強いよ」
私がそう言うとTちゃんはキョトンとしている。
「だって、どんな時でもお腹は空くし、たくさん食べたら眠くなるし。食べたり寝たりしないあっちの世界の人より、本能で動く私たちの方が絶対強いって」
「そうか、そうだよね」
指を舐め舐めポテチを食べ続けていると、欠片がポロポロ布団の上に落ちた。かき集めゴミ箱に捨てているとその様子を見ていたTちゃんが突然


「まきびしとか、撒いたら良くない?」

ポテチの欠片から撒菱を連想したと思われる。
「まきびしを体の上に撒いたら、あの人、乗っかって来れないし、這い上がっても来れないよね」
「まきびしって、忍者の使うやつ?」
「そうそう」
Tちゃんが瞳を煌めかせながら頷く。
「まきびし、家にあるの?」
「あ・・・でも画鋲ならある!」
「まきびしでも画鋲でもTちゃんが寝返り打つ度にバラバラ落ちて、2人とも血だらけになるよ」

Tちゃんがシュンとしてしまったので私が新たな提案をする。
「だったらお清めに塩でも撒こうか?」
「アジ塩しかない」
味塩では多分ダメな気がする。

その後も余り効果的とは思えない作戦を練りながら、布団に入った。ピッタリ肩をくっつけて。
「Yちゃんの先祖ってずっと神職なんだよね?」
「ご先祖様はね」
「でも本家の血筋なら、なんか特別な神様パワーとかあるんじゃない?」
「無いね」
「でも少しはあるでしょ?」
「無いよ」
Tちゃんが黙ってしまったので、これはまずいと
「特別なパワーは無いけど、特別なパワーには守られてるみたいだよ」
と楽観的要素をあげてみる。
「それって守護霊的な?」
Tちゃんのテンションが明らかに上がった。

髪の長い這いずり女が出てくるまでまだ時間がありそうなので、私は昔伯母から聞いた話をした。


伯母から聞いた不思議な話


私には4歳下の妹がいる。もともと体が丈夫な方では無かったが、幼稚園に上がる前に高熱が何日も続いて下がらなかった。かかりつけのお医者さんが往診に来て薬を処方したが、良くなるどころか悪くなる一方だった。
夜中、母と伯母が布団に寝ている妹の枕元で声を潜め不安そうに話していた姿を今も覚えている。
結局都内の大きな病院に緊急入院。敗血症と診断され担当医からここ数日が峠だと言われた。
それを聞いて、母の姉つまり私の伯母はいてもたっても居られず、故郷の福島に有名な霊能者がいると聞きつけ、東京から日帰りで出かけたのだ。

伯母は福島に着いた後、更に3時間もかけてその有名な霊能者の元を訪ねた。
歳は80歳くらい。白髪を短く切り揃え作務衣の様な服を着た老女は、半紙に妹の名前と生年月日を伯母に書かせると、暫く目を閉じ何かを唱えていた。そして目を開けると伯母に
「心配いらない。姪御さんは良くなる」
とだけ言ったという。
半信半疑だった伯母もその言葉に心底ホッとしたそうだ。きっと藁にも縋る思いだったのだろう。
そして妹はその言葉通り一命をとりとめる。
その霊能者には本当に妹の未来が見えたのか、たまたま2分の1の確率で当たったのか、今となってはわからないけれど。
そして話はそれで終わらなかった。

2ヶ月程入院していた妹が退院し、家族でささやかなお祝いをしていた時、伯母が私に言った。
「霊能者の方からお話を聞いて、帰ろうとした時呼び止められたの。今、私が見た子にお姉さんはいますか?って。Yちゃんの事は一言も言ってなかったから驚いちゃって。います、4歳上の姉がいますって言ったの。そしたら、その霊能者の方がね、そのお姉さんはとても強い運をもっていますって。



物凄い力を持った守護霊が何人もついてます

て言ったのよ」

その時小学校2年生くらいだった私は、それが有り難いのかどうかよくわからなくて
へえーそうなんだ。くらいのリアクションだったと思う。

この話をするとTちゃんは興味深々で
「やっぱりYちゃんにはアマテラスがついているんだね!」と良くわからない納得の仕方をした。
そして安心したのか、それからすぐ隣で寝息が聞こえた。置いてかれた私は、とにかく髪の長い女を現行犯で捕まえて、話合いに持ち込もうと小一時間寝ずの番をしていたのだが、気がつくと朝になっていた。


「トーストでいい?」
ひと足先に起きたのか、キッチンからTちゃんの声がする。その明るい声に昨日は来なかったんだなとわかった。

その次の夜も、そのまた次の夜も白い服を着た長い髪の女は来なかった。
人見知りの幽霊だったのか、それとも私の守護霊達に恐れをなしたのか。


それから長い髪の女はTちゃんの前に現れる事はなく、平穏な日々が続くと思われた。
が現実世界はもっとシビアであった。
私とTちゃんの勤めていた会社が倒産したのだ。
まさに寝耳に水、青天の霹靂。
長い髪の女事件の3ヶ月後の話だった。


その後、Tちゃんは群馬の実家に帰り、私は都内で再就職した。
群馬と東京に離れた後も,私たちは頻繁に連絡を取り合い、休みの日には2人で四万温泉に旅行に行ったりしていたある日、Tちゃんが久々には東京に遊びに来た。
渋谷の居酒屋で互いの近況を報告しあっていた時、牛すじの煮込みを食べながらTちゃんが呟いた。

「ついてきちゃったみたい」

「ん?誰が?どこに?」
「あの髪の長い女。うちまで」
「えええ?!どう言う事?」
「一昨日、部屋で書き物してたら、なんか後ろから視線感じて…振り返って見たら部屋の片隅だけが変に暗くて。電気ついてるのにそこだけ真っ暗なの。で、よく見ると小さな痩せたお婆さんが蹲ってて…そのお婆さん、顔が人ではないの」

「猿の顔したお婆さんなんだ」


猿の顔をした老婆⁈

「だったら、あの女の人とは別口でしょ」
「確かに顔も違うし、服も茶色いボロボロの着物だったし、背も子供みたいにちっちゃいし。でもね、私をみてこう言ったの」

「逃げたな」


Tちゃんはそのままお母さんの部屋に駆け込み、
今も寝起きはお母さんと一緒だという。
「やっぱりあの、蹲っていた女だと思う」

そうなのだろうか?
ならどうして姿が変わってるのだろう。
幽霊も老けるのか?
それとも猿の顔をした老婆は、あの女の知り合いなのだろうか?


「また泊まりに行こうか?」
私がそう言うとTちゃんはにっこり微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫。私結婚する事になったの。まだ少し先だけど、式には絶対来てね」
今度は違う意味でびっくりした。
そうか、今日は結婚の報告だったんだね。

新居も既に決まって、今2人でカーテンや家具を買い揃えているらしい。
何より喜ばしいのが,結婚相手の彼は霊感ゼロで、しかもお化けとか全く怖がらないタイプとの事。Tちゃんが髪の長い女のことや猿顔の老婆の事を話して新居に厄除けやお札を貼ろうと言ったら、「そんなもの必要ない。そいつらが来たら俺がつまみ出す」と言ったらしい。
どうやら私の出番はもう無さそうだ。
これからは彼がTちゃんの守護霊になる。


今まで、対幽霊に関しては
見えてしまい、かつ寄って来られてしまう人。
見えないし、寄り付かれもしない人。
の2種類だと思っていたが,どうやら3番目があるらしい。
見えないけど、見える人に寄って来られる人。

そしてこの仮説はそこそこ当たっていると思う。
何故なら


私の結婚相手となる人は霊感が強かった。
寝ていて落武者に覗き込まれるくらい。



それはまた別の話。



#ホラー
#怪談
#実話
#怖い話
#不思議体験
#幽霊
#霊感





いいなと思ったら応援しよう!