作文「意外な素顔」当事者編
その人のことは覚えてた。
サンダルにスウェットという、目立たない服装が昼間には逆に目立っていた。
年は私より上だろうけど、こんな昼間から、若い女の人がジャージ着てフラフラしているのだ。よく見かけるから、この近所に住んでいるのだろうけど、一体何で生計を立てているんだろう。すれ違いざまチラッと見たけど、清々しいほどノーメイクなその顔はこちらが化粧をしてやりたくなるほどだ。
悩みとか無さそう。
昼間から、すっぴんでジャージでフラフラ…。苦労とか、無縁そうでムカつく。追い越しざま、思いっきり見下してやった。
だからこそ、見られたくなかった。私が必死になって夕刊を配る姿を。相変わらずの、サンダルにスウェット姿は、見間違える筈がなく、ポカンとしてこちらを見ているのが分かった。
苦労とは無縁そうな彼女が、私の事を苦労人と思うかと思うと、胃が焼けるくらい腹が立った。
他人からの同情ほど、腹の立つことはない。
私はヘルメットをまぶかに被り直し、足早にその場をあとにした。
だがしかし、今度は私が見てしまった。街角にある、無料の求人情報誌置き場で悩む彼女の姿を。彼女は何をとるのか悩んだ末に、結局全ての求人情報誌を抜き取り、歩き出した。歩きながら既にもう読み始めている。私は何となく彼女の後をつける形で歩き出した。ほどなくして彼女は私の家の近所にある木造アパートに吸い込まれていった。ここなら私も新聞配達で良く通る。やはり彼女は私の家の近所に住んでいたのだ。私は色褪せたポストに触れてから、改めてアパートを見た。
古い。
正直な感想だった。若い女性が住むには治安が悪すぎる。これまで、あんなに彼女から同情される事を嫌がっていた私が、今度は彼女に同情している。おかしな話だった。こんな事に気づかないなんて。
悩みのない人などいないのだ。
私は勝手に作り上げた妄想で、勝手に彼女を敵視していた自分を恥じた。
その人にはその人の事情があるのだ。
そう、私が新聞配達をしなくてはいけないように。
私は木造アパートから歩き出した。これ以上いると怪しまれる。
見なきゃ良かった。小石を蹴飛ばしながらそう思った。
辛い現実など、自分一人で充分だ。そう思った。
この世界の理不尽さに涙が出てきて、小石がにじんだ。