PFAS汚染を追って〜大阪府・摂津市〜
PFASとは何か?
一言で言えば、「永遠の化学物質(フォーエバーケミカル)」。
一度体内に蓄積すると、半減期が4〜5年と比較的長く、血中濃度内で高まると、発がんリスクが高まると言われている。
私たちの生活の身近にあり、誰でも一度は曝露しているだろう。今国内では、水道水・土壌、ひいては、地域住民の血液から高値での検出が明らかになっている。
PFASをめぐり何が起きているのか?健康被害の恐れは?対策は?
今回は、大阪への視察(ヒアリング)と国会審議について。
PFASとは何か
PFAS(Per- and PolyFluoroAlkyl Substances;パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、有機フッ素化合物。頭文字をとって、“PFAS”。
PFOS、PFOA、PFHxS(PFOS等の代替品)などがよく報道で目にされるが、その数は、4700種以上に上る。
PFASは1950年代から欧米を中心に商業的使用が広まり、日本国内でも同時期から様々な用途に用いられ、〝Everywhere Chemical〟とまで称された。
PFASの特徴は、撥水効果(水と油をはじく)だ。その特性を活かし様々な日常品が作られ、最も当時話題になったのは、フライパンだそう。
PFAS加工をした商品例は下記の通り。一度は手にしているのではないだろうか。
一方、同時期には、米デュポン社と3M社が動物実験で毒性を認識していた。また、1960年代初頭には、昨今沖縄や東京多摩地域の基地周辺で漏洩が問題となっているPFASを含む泡消化剤を3M社と米海軍が共同開発に着手したとのこと。
こうしてみると、当時は上述した撥水効果等の“便利”な点が注目されていたが、現代に至ってはその毒性へと焦点が移ったということだ。
後述する“企業の環境と社会への責任”という点では、米デュポン社の責任が問われた事案が、現代のPFAS問題への警鐘とその対策への契機といえよう。
どのようなことが起こったのか?映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」をぜひご覧いただきたい。(※邦訳実話もあり;毒の水PFAS汚染に立ち向かったある弁護士の20年)
便利な点から、人体への健康被害へ。
人間が自ら作り出した化学物質は、具体的にどのような影響をもたらしうるのか。詳細は割愛するが、その発がん性やホルモンへの影響など様々に挙げられる。
国内での曝露は、1975年頃から。当時はそこまで毒性が認識されることはなかった。ではなぜ、高濃度検出が今になって判明し始めたのか。
それが、「永遠の化学物質(フォー エバーケミカル)」と言われる根拠にある。
規制・基準値の状況他
規制・基準値についてはどうか。
はじめに、世界ではその毒性等から、残留性のある有機汚染物質(POPs;Persistent Organic Pollutants)を規制する国連のストックホルム条約会議で製造や使用が原則禁止。
国内では、化学物質審査規制法(化審法)で製造や使用・輸入が原則禁止さされている。
・PFOS(2010年)
・PFOA(2021年)
次に、水道における基準値について。諸外国と日本の比較を下記図の通り。日本は、「暫定値」であることに注目されたい。WHOの基準が、100ng/Lとなっているので、“追従”すればいいのではないか?との声も(批判も)あったところだが、健康被害を食い止めるには、曝露させないことが重要だ。そのために基準値を厳格化すべできだ。
一方米国では、バイデン政権になってから、2021年10月には「規制ロードマップ」を。2022年6月には、「水道水についてのガイドライン」を策定。2024年をめどに対策は更に加速していくとみられる。今年2月には米国EPAが(環境保護庁)対策予算規模が20億ドルの拠出するとも発表。さらに、3月には飲み水に含まれるPFAS/PFOA濃度の基準値の案を公表、基準値をいずれも4ng/Lとした。これについては、パブコメや公聴会を経て最終案をとりまとめるとのこと。
この規制案が決定した段階で、PFAS規制は急速になるのではと推測する。
では日本国内での対策・審議状況等はどうなっているのか。
下記、厚労省及び環境省資料の通り、水質についての基準が設けれられている。
水道水については、上述の通り50ng/Lという暫定値だ。
飲料水については、基準がない。
ここで一点留意されたいのは、水道行政はこれまで厚生労働省所管であったところ、今国会での審議を経て国土交通省と環境省へ移管する。
これまでPFASを含む水質影響等は、厚労省「水質基準逐次改正検討会」で審議されていたが、今後は環境省内で同様の会議体が持たれるとのこと。
厚労行政=“人の健康・命に関わる”から離れることで、健康影響を守れるかは今後の焦点であることは間違いない。
なお、PFAS等についての水道における法規制は現状図の通り、ない。こうした状況下での政府方針については後述を参照されたい。
【ご参考】国内におけるPFASについて、初めて知りたい方は、是非下記文献を。
・ジョン・ミッチェル『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(岩波書店、2020)
・諸永 裕司『消された水汚染「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角』(平凡社新書、2022)
沖縄、東京多摩地域へも
沖縄県では、基地周辺での水質・土壌でのPFAS汚染が前々から指摘されていた。基地内での泡消化剤の使用・漏洩によるところではあるが、健康被害対策について、国内では遥か前から国への要請・基地内への立入検査の必要性を訴えられてきている。ここでは、2つの記事を引用する。
詳細は割愛するが、考えてみてほしい
・PFASの毒性を知らない子どもたちが興味本位に泡に触れてしまったら(記事写真の通り)
・子どもたちの学び場で遊びや部活等の最中に無意識に曝露してしまったら
未来世代を守る義務は今の大人たちにある。
今月18日スイス・ジュネーブで開かれている国連の先住民族に関する専門家機構(EMRIP)で「宜野湾ちゅら水会」の皆さんが参加され、米軍基地を原因としたPFAS汚染の解決を求めて声明文を読み上げられたとのこと。日米地位協定の問題なども横たわるが、PFAS汚染は国境を超えた問題であることは間違いない。
東京多摩地域では、先に紹介した諸永裕司さん『消された水汚染「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角』(平凡社新書、2022)の取材や2003年の京都大学チームによる河川・水道の調査で汚染が明らかになった。同地域は、井戸が多いということもあり、農作物への影響、それを日常的に使用されていた方への健康被害も懸念されてきた。
そして、昨年11月から今年3月にかけ、市民団体「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」と京都大の原田浩二准教授(環境衛生学)が27自治体に住む650人分の血液検査を実施。これは、国や自治体主導で実施されたわけではない。
詳報は、下記記事を参照されたいが、米国やドイツでは、PFAS血中濃度の指標値がある。米国では学術機関の「全米アカデミーズ」、ドイツでは政府諮問機関「ヒトバイオモニタリング委員会」が設定している。
検査をされた原田先生はこう指摘する。
そして5月17日には、同血液検査の参加者を対象に健康相談を受け付ける「PFAS採血結果相談外来」を立川相互ふれあいクリニックが開設された。検査を受けていない人については、当面は対象外とのことだが、PFAS汚染で相談外来が設置されるのは初めて。
また、東京都も5月1日から電話相談窓口を設置。市民の動きが少しずつ自治体を動かそうとしているが、国はどうか…。
(参考記事)
・NHK「PFAS 東京 多摩地域の住民に血液検査 “約2.4倍の血中濃度”」(2023年6月8日)
・東京新聞『国分寺の検査受けた94%が「健康被害の恐れ」の指標超え PFAS汚染の血液検査 立川も74%と高く』(2023年6月8日)
“大阪・摂津”で起きていたこと
今回は、大阪府と摂津市へ。
摂津市では、2007年頃にダイキン工業によるPFOA汚染が発覚したが、時を遡ると、1953年頃からその兆候が出ていたという。
本件について長く丹念に取材されている中川七海さん(探査報道メディアTansa)によれば、先の米国デュポン社の事案のように、当時工場近隣地域で、牛が不審死をしていたことや用水路には死んだ魚が浮いていたことを現地の方から聞き取られている。また、工場近くの池にも、“化学物質”を含んだ排水が流されており、「(水路に足を入れたら)腐ってしまう!」と大人から注意されたという声もあったとのこと。そして、2000年代から汚染が明らかになり、現在に至る。
中川さんはこの取材を通じ、ダイキンによる汚染対策が現状どうなっているか、企業の社会責任を追求、社長にも直撃取材をされている。中川さんの取材がある種PFOA(PFAS)問題を世論の俎上に載せたことは間違いない。
過去に放出されたPFOAとはいえ、その量は異常。汚染は川(水)だけでなく、土壌や大気にまで及んでいる。(国内には、PFASの土壌と大気の基準値はない。)
ダイキンは、会社HP「PFOAに関する当社の取り組み」で、今後の対策を掲載している。直近では、今秋頃めどに遮水壁の設置をするとのことだが、汚染をどこで食い止め、市民が安心した暮らしをできるかが問われる。
・参考;中川七海「大阪・摂津市で日本一のPFOA水質汚染 原因はダイキンの工場」(2023,6,14)
PFOA汚染問題を考える会
連日猛暑が続く中、新大阪駅構内のレストランでPFOA汚染問題を考える会事務局長・摂津市民の谷口武さんにお会いした。
谷口さんは、今年3月8日に2万3788名分の署名提出とともに環境省へ土壌の調査や対策を行うよう申し入れをされた方だ。筆者はこの時以来の再会だ。
その後、ダイキンに対しても同24日に2万4498筆の署名を提出し、「汚染被害の調査と対策」を継続して求めておられる。
この時、“保護者の声”も合わせてお届けされたとのこと。
繰り返し述べるが、PFASは“永遠”の化学物質だ。体内蓄積量が増え続けると、子どもの場合、破傷風及びジフテリアのワクチン抗体価を下げるという結果や、胎児への影響も指摘されている。
谷口さんらは、2022年1月から同会を発足させたが、「まだ摂津市内でもこの問題と活動が十分に広まっていない」とのこと。
「(東京多摩地域のように)母数を増やした大規模血液検査を実施すべきだと思うが、費用がかかる」
「ダイキンにも協力してもらい、健康被害対策をしてほしい」と強く仰っていた。今後は医療関係者とも連携・協力し健康調査をしていく。
そして、農地をも守ることで、安心した暮らしが摂津でできるよう今後も働きがけていかれたいとのことであった。
谷口さん、ありがとうございました。
大阪府
続いては、大阪府咲洲庁舎へ。大阪と港が一望できるそこに、担当の環境農林水産部環境管理室事業指導課の方がおられる。
大阪府調査「有機フッ素化合物(PFOA 等)に係る水質調査結果(令和4年8月)について」によれば、ダイキン工場付近の地下水から、令和2年はPFOA22,000ng/L、4年には21,000ng/Lと国の暫定目標値の420倍もの数値が検出された。
ダイキンは対策を講じているとこの間も言ってはいるものの数値は異常だ。
要は、今対策しても昔の排出水などが地下水に入り、時間を経て染み渡ってしまっているということだ。
府としては、この現状を把握し今後も企業への働きがけはしていくとのこと。
筆者はこれに関連し、大阪府・摂津市・ダイキンによる3者会議「神崎川水域PFOA対策連絡会議」が平成21年から実施されている旨、情報提供を受けたので、本件について尋ねた。
直近は、今年5月に開催された第24回。会議では、ダイキンの対策(先述した遮水壁についての市民説明会の報告など)や国の規制動向などを共有・協議する場とのこと。会議日程は定期的ではなく、都度随時とのこと。
また、「水質汚濁防止法」の一部が改定(今年2月1日施行)され、PFOS・PFOAが「指定物質」に追加されたことを受け、その見解を伺ったが、「過去の事例(事故)に適用はされず、現在で問題が生じた際に適用しうる」とのこと。
法令然り、水質基準(人の健康の保護の観点から設定された項目と、生活利用上障害が生ずるおそれの有無の観点から設定された項目)に定められない限り、府も規制等対策に動けないということである。
そして、次の水質調査は8月とのこと。結果次第では、ダイキンの取り組みが見えてくるだろう。とはいえ、地下水は長年に染み渡っていくもの。実際の結果を待ちたい。
摂津市
摂津市といえば、何をイメージするだろうか?
と担当の生活環境部環境政策課の方とお話した。
新幹線の鳥飼車両基地かな?と余談はさておき、市の状況を伺った。
市としては、上述の3者会議をはじめ、ダイキンとも意見を重ねているが、市民からの要望も多いという。多いのが、
・水道水は飲めるか
・血液検査をできるところはあるか
また、
・ダイキンが遮水壁を作り、今後も対策を講じていくとのことであるが、住民の不安を取り除くには、国がさまざまに方針を示していくこと。
・PFAS対策に係るQAを国が作成しているが、これが完成・公表されれば、安心される方も増えるのではないか?
・自治体もそれを踏まえて安心して子どもを産める環境づくりをされたいと強く仰っられていた。
摂津市は、本件では一番現場に近く、様々な要望・要請を聞いておられる。
議会からも令和4年3月29日 に「PFOA等による健康影響の解明及び指針等の整備を求める意見書 」が提出されている。
ここで示されるように、国と市町村との対話こそ、解決(対策)における最重要点でないかと言えないだろうか。
ご参考)摂津市HP 「有機フッ素化合物(PFOA、PFOSなど)について」
政府見解はどうか、バイオモニタリングは?
今国会で政府はどのような見解を示したか。
これまでは沖縄県内の基地周辺での汚染発覚から、基地内への立ち入り調査が求められてきたものの、地位協定の関係から容易に実現できていない。
そうした点で、衆議院安全保障委員会での審議が多かったが、今国会では、厚生労働委員会や環境委員会で審議された。
しかしながら、加藤厚労大臣は各事例を把握しておらず、国主導の血液検査も現状実施予定はないとのこと。厚労所管から水道行政が外れた現在、ますますバイオモニタリング検査の実施が遠のいてしまわないだろうか。
参考)中川七海『加藤厚労大臣、全国一のPFOA汚染地もバイデン大統領の政策も知らず/立憲議員「第二の水俣になるのでは」』Tansa(2023年05月10日)
環境省は、PFASに対する総合戦略検討専門家会議を今年1月に立ち上げ、現在まで3回開催。専門家会議が立ち上がったことは評価できるものの、基準値の見直しは急務、科学的知見の十分な集積を経てやはり国主導のバイオモニタリング(血液)検査も求められる。
そのためには、検出技術を高度化すること、それに見合う予算の確保、ひいては、人材育成も重要だ。
さらに、今後はPFAS除去に用いられる活性炭フィルターの使用後の最終処分方法もより検討されるべきだ。
水は、私たち人間はもちろん全ての動植物に欠かせないもの。
〝令和の、第2の水俣〟にしてはならない。
命の水を守るため、PFAS問題を引き続き注視していきたいと思う。
※今回の取材にあたり、Tansa中川様、市民の会谷口様、各行政職員の皆様に感謝申し上げます。
【ご参考】
・ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議『「PFAS(有機フッ素化合物)汚染 環境と人体を蝕む「永遠の化学物質」の規制に向けて」』(2023年6月28日一部改訂)
・中川七海「大阪・摂津市で日本一のPFOA水質汚染 原因はダイキンの工場」(2023/6/14)
・環境省、PFASに対する総合戦略検討専門家会議
・朝日新聞『【そもそも解説】「永遠の化学物質」PFAS 危険性は?対策は?」』(2023/1/30)