夢歌6 銀の粉
読みかけの文庫本を手に、廊下を歩いている。
壁の色はアイボリー。廊下も同じ色で、右端にこげ茶のラインが二本走っている。
両側の大きな窓からは、昼過ぎの日が差し込んでいた。
明るく清潔な建物だ。
窓には樹々のてっぺんの濃い緑が見える。その下には小さな中庭。あの樹の下には、草枯れの芝生と小さなベンチがある。木陰のベンチで読みかけの本を読んでしまおう。
そんなことを考えながら、突き当たりの階段へ向かった。
空中を旋回するような透明なガラスにおおわれた螺旋階段を下りていくうち、今、自分が何階にいるのかわからなくなった。
壁にはなんの表示もない。
光の差し込み具合を見るとここは一階のはずだが、階段はまだ続いている。
地下?
階下は薄暗く、あまりいい感じはしない。
そのまま廊下をゆけば外に出られるかもしれないのに、気が向かないまま、足が動くのにまかせて更に階段を下りてゆく。
地下にあったのはチャペルだった。
十数人の人たちが腰掛けて聖書をひらき、朗読に耳を傾けている。
私は自分が聖書も賛美歌集も持っていないことを後ろめたく感じた。
そのチャペルの両側には、仏寺のお堂のように細い板の間がついていて、そこに山伏の格好をした男が二人、駅のベンチで眠る酔っぱらいのようにひっくり返っている。
チャペルは薄暗いが、ステンドグラスの向こうには光がみえる。
この壁の向こう側は外に繋がっているのだろうか。
朗読を終えた牧師が、坐禅を組むよう言った。
なるほど。この両側の板の間はそのためのものなのか。
人々は板の間にあがり指示に従おうとするが、なかなか坐禅を組むことができない。できた人は牧師から小さな洋梨を与えられた。
小ぶりの洋梨は銀色の細かな光がまぶされていて、とても綺麗にみえた。
私はどうしてもそれを食べてみたい衝動にかられた。足首がおかしくなりそうだったが、どうにかこうにか坐禅を組んだ。しかし牧師は私には洋梨をくれない。
そのうちに礼拝は終わり、私は洋梨をもらえないまま外に出た。
私の頭は洋梨にとらわれている。
洋梨、ようなし。
少し悲しくなった。
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