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夢歌8 ちりゆくひとの
じじじと音がして目の前がほの明るくなる。
スクリーンに茶色い革の表紙の本が映し出される。誰もいないのに表紙とページがめくられる。
手書きだ。
私には文字が読めない。何語だろう。日記だろうか。
黄味がかったページが遠ざかり、空が映し出される。地上から見上げる空ではない。飛んでいる。
やがて空の向こうから点のような小さな物が近づいてきて、その姿を見せる。プロペラ機だ。古い。
私は飛行機には詳しくない。
けれど操縦士がつけている耳当て付きの帽子や飛行用の眼鏡は、昔の様子を描いた映像で見たことがある。
若い操縦士だ。険しい表情で遠くを見つめている。
彼の友の顔が浮かぶ。
そして若い女性の声がする。ここは空の上だから、女性がそこにいるわけではない。語りかける優しく切々とした声。続いて若い男性の声。これは手紙のやり取りだ。男性はこの操縦士。そして女性は恋人だろう。
友も女性を愛していた。しかし女性は操縦士を選んだ、それなのに。
この操縦士はおそらく帰ってこない。
何故だろう。でもそう思った。
彼はどうして愛する人を置いていかねばならないのだろう。
大切な人を守るためにたたかうというのは、植えつけられた詭弁だ。ともに生きのびる以上のことが本当にあるだろうか。
やられたらやり返したい。自分のものを蹂躙されるのを黙って見過ごすことができない。あぁ、そうだ。そうやって人は昔から同じ過ちを繰り返すのだ。人は歴史から学べない。自分で体験するまで止まることができないのだ。
大地は自分のものか。海も空も。
死んでしまえば誰のものになるか知ることもない。約束の果てを見ることなどできないのだ。儚いじゃないか。
行くのはいつも自分ではない。
若者をたきつけて、もしくは無理やり引っ張り出す者がいる。何故だ、なぜだ。卑怯者め。
彼はどこへゆくのだろう。
目の前には空しかない。
陸も見えず海も見えず。
本当は誰のために、なんのために。