夢歌9ある日、言葉の意味が変わったら
「fever」
教室の後ろにある書類の引き出しの前で私が言うと、その女性は不愉快そうに顔をしかめた。教室は講義の最中で、私たち以外は静かに講師の声に耳を傾けている。
「それ、どういうつもりで言ってるの?」
思いがけない反応に私は戸惑った。
「…え、ね、熱」
すると女性は苛立ちを隠しもせずに言った。
「どこにそんなことが書いてあるのよ」
私は急に不安になり動悸がしてきた。
「あの、マドンナの歌で…。確かそんな歌があったと…」
緊張のあまり、言葉の途中で私はない唾を飲んだ。口の中はからからだ。
「あの…思うんですけど…」
「ふうん、じゃあ証拠を見せてよ。もし嘘だったら」
女性は引き出しの中を乱暴に探しはじめた。
もし証拠が見つからなかったら。もし嘘だと思われたら。私は目の前が暗くなったり明るくなったりして、目眩がしてきた。
引き出しの中には、小さく折りたたまれた説明書のような紙がたくさん入っている。さながらくじ引きの抽選箱のように。
私もそろそろと一枚の紙に手を伸ばした。
何かいけないことを言っただろうか。不安で手に取った紙に書かれている文字が頭に入ってこない。
「だいたい恥ずかしくないの?そんな言葉を使って」
女性は侮べつの表情で私を見た。
「feverっていうのは、傷がふさがらずに膿んでじゅくじゅくしていることをいうのよ。そんなことも知らないの?」
え?えええええ?!そうなの?
私はあらゆることに自信がない。こんなふうに強気に迫られると、途端に自分の存在までもが不確かなものに思えてくる。私は混乱した。
傷が膿んで…?恥ずかしくないのってどういう意味?
feverという言葉が恥ずかしいのか、それとも傷があることが?
「それに熱というのは火をつけることをいうのよ。全然関係ないでしょ」
それは当たらずとも遠からずのような。
私はどうしてfeverなどと口走ってしまったのだろう。この女性は一体何に腹を立てているのだろう。すべてが謎だった。
そのとき、女性が耳を疑うような言葉を発した。
「えっ?」
思わず聞き返す私。教室にいる講師も学生も、今はもう、皆聞かぬふりをして耳をそばだてている。
とうとう女性は声を荒らげた。
「らにぬにねって、うぃよのにな!」
最後だけ聞き取れた。
「宇宙人なの!?」
……いや、それはこっちの台詞。
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